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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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012. 公爵家、兄と弟

 イオレーヌさまとの穏やかな時間を過ごした吾輩たちは、その後、用意された部屋でしばらく休憩。

 まったりと満たされた時間が流れて、気づけば夕食の時刻に。


 ていねいな女中さんに案内されて訪れたのは、吾輩たちが使用させてもらっている客間以上に豪華絢爛な空間だ。


 金の燭台が辺りを灯し、石造りの壁を色づける。

 給仕係の方が複数名、あちらからこちらへと動いているのを確認できることからして、この部屋の広さがわかる。


 扉の手前から奥へと、木製の上質な長テーブルが真っ直ぐに伸び、そこにはすでに、二人の人物がついていた。


 一人はイオレーヌさま、もう一人はサンドロさん。


 部屋の最後尾にある一番の特等席は空いていて、そこから直角に曲がった席の左側に座っているのがイオレーヌさまだ。


「どうぞ、こちらです。ワガハイさん、クーリアさん、キューイさん」


 手を上げた彼女が、吾輩たちを招く。


 一方のサンドロさんは、イオレーヌさま側の一番手前、扉近くに腰を下ろしていた。


「私とサンドロの間にお一人、その向かいにお一人どうぞ……それで、キューイさんは――」

「あ、私といっしょで大丈夫ですよ――ね、キューイ?」

「キュイ」


 クーリアの腕の中のキューイが、了解の鳴き声。


「なら、吾輩が向かい側に座らせてもらうよ。クーリアは、イオレーヌさまたちの方へ」

「うん、わかった」


 クーリアと確認し合った吾輩は、右側の席に向かう。

 彼女の正面に当たり、両どなり左右二つが空いている場所だ。


「もう時間ですから、すぐにでもお兄さまたちが来るはずなんですけれど……あっ、うわさをすれば」


 つぶやいたイオレーヌさまが、部屋の扉へと視線を向ける。


 すると現れたのは、くせのある大胆な髪型の男性だ。

 身長は高く、どことなくワイルドな印象。

 着用している衣服は相当に派手なデザインで、ファッションにはこだわりのある様子だった。

 金や銀、宝石をあしらった装飾品も目立つ。

 種族は人間で、年齢は三十を超えているくらいだろう。


「お兄さま、こちらです」


 イオレーヌさまが、最後尾の特等席を示す。


 サンドロさんは立ち上がり、背筋を伸ばしてたたずんでいた。


 黙々と自らの仕事にいそしんでいた給仕係の方たちも、それぞれに頭を下げ、無言のまま礼を尽くしている。


「えっ、あ」


 周囲の流れに飲まれるようにして、クーリアも直立。


「キュイ?」


 そしてキューイは首をかしげた。


 なるほど、あの人が――状況をうかがいながら、吾輩も静かに立ち上がった。


「やぁ、よくぞ来てくれた、ワガハイくん」


 すでに話は伝わっていたのだろう。

 人間とハーフエルフがテーブルを囲んでいる部屋に、明らかに異質なゴーストが一人。

 白いドラゴンは除外できるだろうし、そう考えると、まさか吾輩を人違いする相手はいないだろうから。


「私はガウター、この国の主だ」


 堂々と歩いてきた男性――ガウター公は、吾輩に右手を差し出してきた。


「お目にかかれて光栄です、ガウター公」


 吾輩に目はないけれど――などという冗談は口にせず、吾輩はガレッツ公国の君主からの握手に応じた。


「私も光栄だ。何せ、ゴーストに触れるのは初めてだからね。人肌と違って違和感はあるが、ちゃんと握れるようだ。通り抜けてしまうかと、ちょっと心配してしまったよ」

「お、お兄さま!? ワガハイさんに失礼ですよっ」


 いささか差別的な発言をしてきたガウター公を、イオレーヌさまが咎める。


「ワガハイさんは誇り高き国境なき騎士団員であり、オーヌでの事件を――」

「いや、すまない、気に障ったのなら謝ろう。今のは、単純な感動と好奇心からの言葉だ。他意はない。許してくれ、ワガハイくん」


 妹の注意をさえぎるように、吾輩に謝罪したガウター公。


 おそらく本当に、吾輩を侮辱したかったわけではないのだろう。

 よくもわるくもこの方は、無邪気なところがあるらしい。


 まぁ、この程度のことを気にしていては、とてもゴーストとしては生きていけない。

 他種族ならば、ゴーストの『体』には触れられないかもしれないとの偏見を抱いていても、それは不思議ではないのだから。


「どうか、お気になさらず――ちなみにですが、敵意ある物理攻撃を除けば、吾輩たちゴーストの『体』に触れたり、腕や脚をつかんだりすることも可能ですよ。高貴なる身分であるガウター公の知識の一つとして、どうか覚えておいてください」

「ほう、それは素晴らしい。ならば後学のために、この場で君に銀の刃を突き立てても?」


 テーブルに置かれていたナイフを手にしたガウター公が、その先端を吾輩に向けてきた。


「お兄さまっ!!」


 さすがに、悪ふざけが過ぎるか。


 戸惑いよりも怒りの感情を込めるように、イオレーヌさまは叫んでいた。


「……ふっ、冗談だよ」


 ナイフを戻したガウター公は、そのまま自らに用意された特等席へと歩いていく。


「君の腕は買っているんだよ、ワガハイくん。私に隠れて私欲を肥やしていたオーヌの役人に、きつい制裁を与えてくれたのだから。もしよかったら、私の国で働かないかい? その気があるのなら、明日にでも、君に公国の騎士階級を授けよう」

「ありがたいお言葉ですが、あいにく吾輩は、流浪を好む旅人。ガウター公のお役には、とても立てないことでしょう」


 ある意味で自由な振る舞いの背中へ、吾輩が伝えると、


「それは残念だ」


 たいして残念でもないようにつぶやいて、彼は自らの席に着いた。


 やや空気が悪くなったところで、


「さぁ、今夜はワガハイさんたちをもてなす会。さらに、明日の祝賀祭に向けた宴でもあります。なごやかに楽しもうではありませんか」


 あえてだろう。

 サンドロさんが、努めて明るく声を上げた。


「……そう、ですね。そうですよ、お兄さま」


 念を押すように口にして、イオレーヌさまが席に腰を下ろす。


 それを確認してクーリアも座り、吾輩もまた、テーブルについた。


「ああ、もちろん、大いに楽しみたいところだが……しかし、主が席についているというのに、まだ二つも席が空いているとは、いったいどういうことだろうな」


 吐き捨てるような態度の、ガウター公。


 確かにこういう場合、目下の者が先に集まっているべきものだろう。


 ちらりと空席二つを見やったサンドロさん。

 いたたまれなくなったのか、テーブルから離れ、外へ向かおうとした。


 すると、そこで扉が開き、二人の男性が入ってきた。


 一人は、騎士団長のワーザスさん。


 その彼を従えるように現れたのが、


「兄を待たせるとは、いいご身分だな、コンラート」

「……申し訳ありません、兄さん」


 どうやら、イオレーヌさまのもう一人の兄であるコンラートさま――らしい。


 ガウター公とは違い、油で整えられたような髪型。

 服装も派手ではなく、シンプルながら上品だ。

 細身だけれど、ガウター公と同じくらいに身長もある。

 似ているようで似ていない、そんな兄弟だった。


「コンラートさま、どうぞあちらへ」


 サンドロさんが、公爵家もう一人の男子をエスコート。

 給仕係の方――ではなく、副騎士団長に椅子を引かれた彼は、吾輩の右横の席に座った。


「コンラートお兄さま――そちら、ワガハイさん。オーヌの件を解決してくれた、偉大なる騎士さまなんですよ。どうか、ごあいさつを」

「はじめまして、ワガハイさん――僕は、コンラート。ガレッツ公国公爵家の次男です。妹から、先日の一件を聞きましたよ。あなたには、感謝してもしきれない。本当に、お世話になりました」


 イオレーヌさまからの紹介を受けて、公爵家の次男――コンラートさまが声をかけてくれた。


 礼儀を尽くそうと、吾輩が立ち上がろうとすると、


「いいよ、ワガハイくん。そういうの、こいつにはいらないから」

「…………」


 ガウター公が、不機嫌そうに吾輩を制した。


「いいですよ、ワガハイさん。僕は、細かいことを気にしませんから」


 宴の主にへそを曲げられては困る。

 吾輩は、良心的なコンラートさまに甘えて、無礼ながらそのままの姿勢で伝える。


「はじめまして、コンラートさま――今夜はお招きいただき、まことに光栄です」

「楽しい夜にしてください」

「はい、ありがとうございます」


 吾輩たちのやり取りが済んだところで、公国騎士の二人も席に着く。


 黙って息を潜めていた給仕係の皆さんも、各自の仕事を果たすため、再び動き出した。


「あ、う……」

「キュイ……」


 クーリアとキューイは、一連の流れに少し面を食らったようだが、どうやらやっと、これでディナーが始まるみたいだな。

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