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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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011. 公国騎士を統べる老武人

 夕食は豪華になるとのことで、イオレーヌさまとのランチメニューは、小振りなサンドイッチと小麦色のスープ。

 しかし、パンに挟まれた野菜は新鮮でおいしく、スープもコクのある味わい深いものだった。

 高品質な素材を使って調理しているのだろう。

 さすがは上流階級の昼食だ。


 今、吾輩はベンチに座り、城の敷地内の中庭で、食後のひとときを楽しんでいる。


 もちろんイオレーヌさま、それに、クーリアとキューイもいっしょだ。


 蔦で編まれた日除け屋根の下を、静かな午後の風が吹き抜ける。


 十分に満足したんだろう。

 キューイはクーリアのひざの上で、静かに寝息をたてていた。


「この国の気候は、穏やかでいいですね」

「一年を通して、非常に過ごしやすい内陸地域ですからね。旅人のクーリアさんに気に入ってもらえたのなら、公爵家の人間としてうれしく思います」


 キューイの背中に触れながらつぶやいたクーリアに、イオレーヌさまが答えた。


「雨、風、日照りに嵐――旅を続けるのが嫌になっちゃうような国も、中にはありますから」

「ふふっ――でも、そういう場所の方が旅らしくていいのではないですか、クーリアさん?」

「う、うーん……私はできれば、ガレッツのような落ち着いた国を旅する方がいいなぁ。道中、何が起こるかわからないわけだし、せめて天気くらいは安定していてほしいっていうか」

「異国を渡り歩く旅、冒険――憧れますね、素敵です」


 盗賊を自称する旅人と、貴族の公女――立場の違う二人の会話に、割って入る男性の声が。


「それは姫さまが、筋金入りの箱入り娘だから口にできる言葉ですよ」


 サンドロさんだ。


 騎士としての雑務に当たっていたのか、それとも吾輩たちとは別の場所で昼食を済ませていたのか――とにかく顔を合わせるのは、客間に案内されて以来だった。


「旅とは、人生における試練そのものです。憧れる――などという甘い感想は、満たされた生活に浸っているからこそ出てくるもの」

「……何ですか、サンドロ。私をばかにしに来たのですか?」

「いえいえ、決してそんなことは」

「ふんっ――どうせ私は、世間知らずの無知な貴族の女ですよ」


 サンドロさんの発言に、すねてしまったイオレーヌさま。


 今のは、茶目っ気のある副騎士団長の、ちょっとしたからかいだったと思う。

 口調も軽かったし、彼が、自らの仕える姫君を本気で蔑むなんてことはあり得ないはずだから。


 けれど、さらに続けられた言葉は、


「姫さまは、旅人にはなれない――けれど、異国には足を運ぶことになるでしょう。あなたは、この国に留まっていてはいけない方なのだから」


 重く、妙に予言めいていて、吾輩は少し違和感を覚えた。


「失礼ですね、サンドロ。私は何度も、異国には足を運んでいますよ。交流のある他国の貴族の方々との親睦のため、外遊をしているのです。私の護衛であるあなただって、いっしょに同行しているのに……本当にいじわるですね、今日は」

「おや、そうでしたね。それはそれは、ご無礼をいたしました」

「心がこもっていませんね、全然っ」


 一瞬のうちにライトな雰囲気に戻ったサンドロさんを、どこかかわいらしく咎めたイオレーヌさま。


 クーリアのようにあからさまな勘ぐりまでするつもりはないけれど、この二人は、本当に仲のいいカップルみたいだ。


 けれど、だからこそ気になる。


 さっきのサンドロさんの言動が、すごく――。


「サンドロ」


 そこで、また別の男性の声。


 すると向こうから、こちらに近づいてくる人影があった。


「こんなところにいたのか」


 文句を言っているという感じではない。

 ちょっとした確認のように、現れた男性はサンドロさんにつぶやいていた。


「はい……何かありましたか?」

「あ、いや……」


 聞き返したサンドロさんに、なぜかあいまいな態度の男性。


 彼もまた、種族は純粋な人間のようだ。

 年齢は六十歳前後といったところか。

 しかし、老いているという印象は受けない。

 顔のしわは、人生経験の証のように思われた。


 鎧こそ身につけてはいないが、その出で立ちは、簡素な武人の装い。

 腰には、鞘に収められた剣もある。


 サンドロさんを呼び捨てにした点、明らかに年長者である点に加え、落ち着いた雰囲気の闘気を帯びている点を考慮すると、この人は――。


 サンドロさんが言う。


「ワガハイさん――こちらは、私たち公国騎士団のトップである『ワーザス』騎士団長です」


 やはりそうか。


 この老武人が、ガレッツの騎士の長。


「ワーザスさん――こちらが、ワガハイさん。そして、お仲間のクーリアさんと……キューイくんです」


 すやすやと眠っているキューイの名前に少しはにかみつつ、サンドロさんが吾輩たちを紹介した。


「ああ、この方が」


 納得したようにうなずいた騎士団長は、


「はじめまして、ワガハイさん。お話はサンドロからうかがいました。オーヌの件では、たいへんお世話になり、この国の騎士として、心より感謝申し上げます」


 実にていねいに、吾輩にあいさつをしてくれた。


「いいえ、そんな。ガレッツの騎士団長さまに礼を尽くされるような働きを、吾輩はできておりません。自分勝手な正義感を振りかざして、町の小悪党を殴ってしまっただけなのです」


 立ち上がって吾輩が伝えると、


「はっはっは、なるほど。サンドロが言っていた通り、ずいぶんと謙虚な方のようだ。立場は違えど同じ騎士として、私も見習わなければいけませんな」

「もったいないお言葉です、ワーザス騎士団長」

「私のことは『ワーザス』で結構。長く生きると、肩書きばかり立派になって困りますよ――はっはっは」


 騎士団長――もとい、ワーザスさんは、豪快に笑っていた。


「クーリアです。イオレーヌさまのご厚意で、一晩お世話になります。どうぞよろしくお願いします」

「ゆっくりしていってください、クーリアさん」


 同じく立ち上がったクーリアに、ワーザスさんは優しく答えた。


 寝息であいさつしているキューイの姿に、しばし顔をほころばせたワーザスさんだったが、


「サンドロ、付き合え」


 部下の名前を呼ぶと、その表情は一気に険しくなる。


 一方のサンドロさんの様子も、何かスイッチが入ったかのように変化していた。


「それでは皆さん、そしてイオレーヌさま、この老いぼれは失礼いたします。光栄なことに今夜の夕食には、私も参加せよと言われておりますので、またその時に――それでは」

「失礼します」


 君主の妹君と、その客人である吾輩たちに頭を軽く下げて、二人の上級騎士は、城の中へと消えていった。

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