009. 青年副騎士団長の秘めた想い
偶然にも、この国の姫君であるイオレーヌさまに声をかけられた吾輩たちパーティーは、高貴なる彼女に連れられて、ガレッツ城の門をくぐる。
吾輩たちの集団、その先頭を歩くのは、公国騎士のサンドロさん。
きっと、いつもそうしているのだろう。
イオレーヌさまをエスコートするように、彼女を気遣いながら進んでいた。
城の敷地内。
大通りから続く庭園に入ると、周辺を見回っていたらしい憲兵たちの姿が。
主君の妹と武人の上官の登場に、彼らはそれぞれの反応を示す。
「お帰りなさいませ、イオレーヌさま、サンドロ副団長」
「おーい、みんな、お二人が戻ってこられたぞ」
「今日の町は、いつも以上ににぎやかだったんでしょうね」
そんな中、一人の男性憲兵が、吾輩たちの存在に疑問を抱く。
「おや、そちらの方々は……どういう?」
城を守る立場にある彼にしてみれば、これは当然のこと。
まさか追い出されはしないだろうが、いきなり見ず知らずのゴーストが現れれば、まずは確認するのが普通の憲兵というものだ。
サンドロさんが答える。
「こちらの皆さんは、我が公国の恩人にして、イオレーヌさまの大事なお客さまでもある方々だ。失礼のないよう、どうかよろしく頼む」
「なるほど、そうでしたか」
「了解です、サンドロ副団長」
「誠意を持って歓迎いたします」
すると、その場にいた憲兵の全員が、素早く整列。
上官の言葉を受けて、規律ある声を上げる。
「「「「「ようこそ、ガレッツ城へ」」」」」
憲兵たちは礼儀正しく背筋を伸ばし、凛々しく力強い表情をしていた。
やはり、都の警備に携わっている者だけはある。
あくどい役人に荷担してしまうようなオーヌの旧憲兵とは違う、ということだ。
サンドロさんは、目に見える憲兵たちに威圧的な指示をしたわけではない。
なのに、この整えられた対応。
日頃から、公国を守る武人としての心得を叩き込まれているからこそ、彼らは自然に動けているんだ。
もしかしたらサンドロさんが、常に上官として、そういった教えを伝えているのかもしれない。
素晴らしい騎士なんだな、サンドロさんは。
それにしても――と、吾輩は思う。
貴族待遇の歓迎を受けた吾輩だけど、その服装は簡易な旅人用のコートで、正直、憲兵の皆さんの方がよほど立派な出で立ち。
そんな彼らに仰々しく対応されては、いささか心苦しい。
吾輩、そんなたいそうなゴーストじゃないので。
「どうも、どうも、おじゃまします♪」
「キュイ、キューイ、キュイ♪」
なのにクーリアとキューイは、何でもないように自然体。
いやはや、尊敬しちゃうよ、まったく。
「苦手ですか、こういった出迎えは?」
無言の吾輩を気遣ってくれたのか、イオレーヌさまが声をかけてきた。
「見ての通り、吾輩は貧乏な旅人。憲兵の皆さんに、まるで貴族のように扱われるだなんて、さすがに慣れてはいません」
「ふふっ――少なくともこの国にいる間、あなたは私の大切な客人ですからね。城を上げての、最上級のおもてなしを約束しますよ。ワガハイさんが、くすぐったくなってしまうくらいに」
どことなく吾輩をからかいながらも、イオレーヌさまの口調は優しい。
「もったいないですよ、吾輩には」
「ふふっ」
いたずらっぽく、イオレーヌさまは笑っていた。
「ところで明日、この町で公国の祝賀祭が行われるのですが……ワガハイさんは、もちろんご覧になられますよね?」
「はい、そのつもりです」
まさか、こんなふうに城に招かれるだなんて想像もしていなかったが、祝賀祭を見ていくことは、今朝から決めていたことだ。
「これから、すぐに部屋を用意させますね。今夜は、そこでゆっくりと休んでください。夕食は何がよろしいですか? お兄さまたちにもワガハイさんのことを紹介したいので、ディナーはいっしょにテーブルを囲みましょう。何か希望があれば、私が指示を――」
「イオレーヌさま」
吾輩に迫るような勢いだった青髪の姫君を、穏やかに制する声――サンドロさんだ。
「ワガハイさんに礼儀と感謝を伝えたいのは理解できますが、そのような態度では逆に失礼ですよ――そうですよね、ワガハイさん?」
いささか興奮気味だったイオレーヌさまの言動に、サンドロさんは背中で気づいたのだろう。
困っているように見えた吾輩を助けるつもりで、彼は姫君を落ち着かせようとしたんだ。
「そんな、失礼だなんてことは――」
「ほら、サンドロ。ワガハイさんは失礼だなんて思っていませんよ。あなたの方こそ、ワガハイさんの気持ちをわかっているような素振りをするだなんて、それこそ失礼です」
吾輩の言葉をさえぎって、イオレーヌさまがサンドロさんに反論。
すると、なぜだか言い合いが始まってしまって。
「ワガハイさんは、気を遣ってくださったのです。押しつけがましい姫さまの機嫌を損ねては申し訳ないと、大人の対応をしてくれたまで。それを真に受けて、当然のようにご自分が正しいなどと考えていては、高貴な淑女とは言えません」
「言うようになりましたね、サンドロ。昔は、私の護衛ができるだけで光栄だと、そう口にしていたあなたが、今は堂々と文句ですか? さすがは副団長、偉くなられましたね」
「私は今でも、イオレーヌさまの護衛ができることを、心より光栄に思っております。あなたのためなら、命をも捨てる覚悟。それは、側に侍るようになってから今日まで、少しも変わっておりません――しかし、それとこれとは話が別です。どうせ身を捧げるのならば、真に尊い女性にこそ捧げたいものですからね」
「なっ……ど、どうやらあなたには、教育的指導が必要なようですね、サンドロ」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、イオレーヌさま」
突如として始まった、二人のバトル。
何だか、きっかけが吾輩みたいだから、少し戸惑う。
どうしよう。
それとなくなだめた方がいいのだろうけど、吾輩が変に割り込んだら、またおかしなことになりそうだし……うーん。
するとそこで、
「ふふっ……あははっ」
クーリアの笑い声。
空気が読めてないような彼女の反応だったけれど、それで、場の雰囲気が変わった。
「ごめんなさい、ちょっと我慢できなくて……でも、今度は私から言わせてもらいますね――イオレーヌさまもサンドロさんも、私たちに負けないくらい、すごく仲良しじゃないですか」
「あっ……」
「うっ……」
笑顔のクーリアに言われて、二人は恥ずかしそうにうつむく。
『素敵なパーティーだなと、そう感じてしまって、つい――ですよね、イオレーヌさま?』
『ええ、その通りです。とても仲がよくて、うらやましい限りですよ』
だってそれは、イオレーヌさまとサンドロさんが、吾輩とクーリアに伝えてくれた言葉だったから。
「…………」
「…………」
それから、無言のままお互いの様子をうかがう姫君と副騎士団長。
「キュイ、キュイーッ」
まさか、からかうつもりじゃなかっただろうけれど、キューイが二人の周りを、くるりと囲むように飛んじゃったりして。
そんな状況にいたたまれなくなったのか、
「わ、私は、ワガハイさんたちのことを侍女に伝えなくてはいけませんから、先に行きますね――さ、サンドロは、しっかりと皆さんを客間まで案内して差し上げてくださいね、頼みましたよ」
イオレーヌさまは小走りで、城の中へと消えていった。
「……すみません、ワガハイさん」
青髪の姫君がいなくなったところで、サンドロさんは苦笑い。
「何だか、お見苦しいところをお見せしてしまって」
「いえ、そんな」
吾輩は、小さく首を振った。
ふと周囲の憲兵たちを確認すると、誰も彼もが穏やかな視線をサンドロさんに向けている。
もちろん険悪な言い争いではなかったけれど、仮にも主君の妹と上級騎士がにらみ合っていたんだ。
多少は戸惑っても不思議じゃないのに、この感じ――どうやらイオレーヌさまとサンドロさんが親しいのは、彼らには既知の事実のようだ。
「あのぉ、サンドロさん」
妙にニヤニヤした表情のクーリアが、あけすけに尋ねる。
「もしかして、イオレーヌさまと恋仲だったりするんですかぁ?」
「とんでもない……私と姫さまでは、とても釣り合いませんよ」
下世話にも聞こえる質問にも、サンドロさんは冷静に返す。
「あのお方は、非常に特別な女性。私とは立場が違うのです……まぁ、先ほども言ったように、まだまだ高貴な淑女とは評価できませんけどね」
「でも、お似合いですよ、美男美女。確かにイオレーヌさまは公爵家のお姫さまですけど、サンドロさんは公国の騎士で、しかも副団長じゃないですか。立場、ですか? 十分に釣り合っているように思えますけどね、私は」
「か、勘弁してください、クーリアさん」
さすがに困ったのか、サンドロさんは頭を掻いていた。
「私は、あのお方が真に輝けるよう、この身を賭して剣を振るうのみ――それだけで、本当に十分なのですから」
城の中へと消えた姫君の背中を見つめるようなサンドロさんの横顔は、忠義を尽くす騎士であると同時に、強い想いを秘めた覚悟ある男のそれに、吾輩には感じられた。




