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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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008. 青髪の姫君との出会い(後編)

 疑問を解消するために、吾輩は伝える。


「それで、イオレーヌさま。しがない旅人の吾輩に、いったいどのようなご用件が?」


 するとイオレーヌさまは、


「そうでしたね……すみません、失礼いたしました。こちらから一方的に話しかけたわけですし、ワガハイさんにしてみれば、それは戸惑ってしまいますよね」


 少し申し訳なさそうに苦笑い。


「町の通りで、偶然にもワガハイさんと出会えたことで、恥ずかしながら興奮してしまいました。それで、強引にもこの場所まで……まったく、こんな私が公爵家の姫君だなんて、聞いてあきれますよね、ふふっ」

「本当ですね。我らが姫君の立派な淑女への道は、どうやらまだまだ険しそうです」


 自虐的なイオレーヌさまを、どこかたしなめるようなサンドロさん。

 けれど彼の口調に刺はなく、欠点と称した部分すら認めているようだった。


 イオレーヌさまが続ける。


「用件というほどのことはないのです。ただ私は、この国の貴族の人間として、あなたにお礼を言いたかっただけなのですから」

「……お礼、ですか?」


 心当たりのない吾輩は、思わず聞き返していた。


「はい、そうです」


 そこでイオレーヌさまは自らの姿勢を正し、吾輩に向かって、うやうやしく直立する。


「ガレッツ公国を治める兄のガウター公に代わりまして、あなたにお伝えいたします――この度、オーヌの町での件につきまして、ワガハイさんには、たいへんお世話になりました。国を預かる一族の血を引く人間として、何より一人の国民として、心よりお礼申し上げます」


 凛とした動作、品のある言葉遣い――言われているこちらが気圧されてしまうくらい高貴に、イオレーヌさまは吾輩に頭を下げた。


 そして無言のまま、サンドロさんがそれに従う。


「えっ、あ……」

「……キュ、キュイ?」


 公爵家の姫君と公国騎士団の副団長が、そろって吾輩に礼を尽くしている光景に、クーリアとキューイは、驚いたように声をもらした。


 なるほど、そういうことか。


 吾輩は、オーヌでの事件についての詳細を記した文章を、国境なき騎士団員として、しかるべき立場にある方――すなわち、公国中枢の権力者宛に送っていた。


 この場合、形式的な相手は、この国の長であるガウター公ってことになるんだろうけど、一介の銅の騎士ブロンズナイトの報告を、高貴な彼が実際に受け取るとは考えにくい。


 けれどもちろん、吾輩の報告が無視されたということもない。

 オーヌの町には現在、真っ当な役人と憲兵が派遣されているのだから。


 つまりは、実務に当たる城内の人間が、適切に処理してくれたということ。


 その過程でイオレーヌさまは、吾輩の存在を認識したんだ。

 ガウター公の妹である彼女なら、そういうのは自然と耳に入るだろうし。


 国境なき騎士団員のワガハイ――世界広しといえども、まさかこんなヘンテコな名前のゴーストが、吾輩の他にいるはずがない。


 公爵家の人間として、オーヌでの事件の詳細を知ることになったイオレーヌさまが、通りで見かけた吾輩を『ワガハイ』だと理解するのは、十分に自然なことだろう。


 それで、こうやって声をかけてくれたってことなんだな。


 一連の流れに納得した吾輩は、礼儀正しい姫君に伝える。


「頭を上げてください、イオレーヌさま。これでも吾輩は、国境なき騎士団の末席。旅の道中、ふらりと立ち寄った町で、ただただ自分のなすべきことをなしたまで。あなたのような高貴な女性に感謝していただけることを、吾輩はしていません」

「そ、そうですよ、イオレーヌさま」


 少し慌てながら、クーリアが言う。


「ワガハイくんは、こういうキザなセリフを、恥ずかしげもなくさらりと口にできちゃうようなゴーストなんです。だから世直しとか人助けとか、そういうの、ちょっとした趣味みたいなものですから。タダ働きが好きな、何ともイタい男性なんですよ、本当に」

「……それって謙遜じゃなくて、吾輩をけなしているよね、クーリア?」


 戸惑っていたはずのクーリアだけど、ワガハイの悪口(?)をしゃべり出すと、いつにもまして自然体だった。


「でも、あれですよね……もしも、お礼を形にしていただけるなら、それをワガハイくんが受け取るのって、まったく問題ないと思うんですよね、私は。だから、イオレーヌさまが個人的な感謝の気持ちを示したいのなら、ある程度まとまったお金をご用意していただけ――」

「ちょっと待ってよ、クーリア」


 さりげなく文句を言うにとどまらず、あからさまに盗賊らしい発言をしかけた旅の相棒を、吾輩は素早く制止する。


「聞いてたよね、吾輩の言葉? 国境なき騎士団員として、吾輩は当然のことをしたまでなんだよ。だから、お金がどうこうっていう話じゃな――」

「あのね、ワガハイくん。そういうかっこいい発言だけじゃ、お腹は満たされないの。そういうことじゃ、干し肉も焼き菓子も、ずっとずーっと食べられないんだよ。食いしん坊の銅の騎士ブロンズナイトさまは、それでもいいの? いいんですか? いいんだよね?」

「…………」


 吾輩、反論できずに無言。


 我ながら情けない。


 すると、


「ふふっ」


 吾輩とクーリアの下世話なやりとりに、イオレーヌさまが吹き出してしまった。


「あははっ」


 続けて、となりのサンドロさんも。


 微笑む二人は、自然と頭を上げていた。

 こんな幼稚なゴーストに礼を尽くすのが、ばからしく思えたのかもしれない。


「失礼、ワガハイさん。気を悪くしないでいただきたい」


 口を開いたのはサンドロさん。

 無礼なのは、公爵家の姫君の前でくだらない言い合いをしてしまった吾輩たちなのだけど、彼は嫌みなく詫びていた。


「素敵なパーティーだなと、そう感じてしまって、つい――ですよね、イオレーヌさま?」

「ええ、その通りです。とても仲がよくて、うらやましい限りですよ」


 サンドロさんにうながされたイオレーヌさまが、吾輩とクーリアに言った。


 さすがのクーリアも、高貴な姫君と誠実な騎士に笑われてしまったからか、


「そ、そんなことないんですよ!? でもワガハイくんってば、私がいないとダメなゴーストなんで……し、仕方なくいっしょにいてあげているだけなんですから」


 盗賊モードは鳴りを潜め、顔を赤くして釈明していた。


「ふふっ」


 優しい瞳で、イオレーヌさまはクーリアを見ていた。


「私としては、ワガハイさんへの感謝の気持ちを革袋いっぱいの金貨として表現したいところですが……それはきっと、気高い銅の騎士ブロンズナイトさまの志を汚すことになってしまうのでしょう」


 特別な志だとか、そんなたいそうな想いはないけれど、あからさまな対価をいただくなんて申し訳ない。


 どうやら吾輩のポリシーを、イオレーヌさまは理解してくれているみたいだ。


「とはいえ、このように出会えたのも何かの縁――ご迷惑でなかったら、皆さんを私たちの城へご招待させていただけませんか?」

「……吾輩たちを、ガレッツ城へ?」


 公爵家の姫君からの急なお誘いに、一瞬戸惑ってしまったけれど、


「本当ですか!? はい、よろこんで」

「キューイ♪」


 仲間たちの即答に逆らってまで、吾輩がそれを断る理由はなかった。

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