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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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007. 青髪の姫君との出会い(前編)

 にぎやかな通りから少し離れた、城下町の公園。

 この辺りに露店を出すことは禁止されているらしく、ずいぶんと静かだ。


「あらためまして――お初にお目にかかります、ワガハイさん」


 誘われるままについてきたこの場所で、謎の女性は、その素顔を明らかにする。


「私は『イオレーヌ』。ガレッツ公国を統べる公爵家の現当主――ガウター公の妹です」

「えっ、うそ……」


 フードを脱いだ女性に、クーリアが驚く。


「が、ガウター公さまの妹ってことは……この国のお姫さま――ってことだよね?」

「一応、そういうことになっております」


 あまりのことに敬語すら出せないクーリアに、この国の姫君を自称した女性は、謙遜しながら答えていた。


 彼女の体を覆うローブは、あくまで一般的なもの。

 けれど、中に着ているのは、おそらく、ひとつなぎのドレスだ。

 しかも、かなり上質な生地の。

 装飾品のたぐいは確認できないけれど、その言葉遣いといい、高貴な身分には間違いない。


「…………」

「安心してください、ワガハイさん。あなたに身分を偽る理由など、何一つありません。私は正真正銘、公爵家一族の女ですよ」


 吾輩の沈黙をどうとらえたのか、彼女はにこやかに微笑んでいた。


 外見から察するに、種族は、きっと純粋な人間。

 年齢は、クーリアよりも少し年上で、二十歳そこそこといったところだろう。

 髪色は、宝石のような青。

 女性らしい長髪のようだが、今はしっかりとまとめられていた。


 確かに、吾輩をだましても、この青髪の女性に利益などない。

 ならば彼女は本当に、ガレッツ公国の貴族――ということか。


「お会いできて光栄です、公爵家の姫君。旅人の吾輩は、高貴な女性とは無縁のゴースト。お顔を存じ上げなかったこと、どうかお許しください」

「いえいえ、どうぞお気になさらずに。公爵家の人間とはいえ、私は政治に関与してはおりません。あなたが、私などを知っているわけもありませんから」


 お詫びを交えたあいさつの言葉を伝えると、青髪の姫君は優しく返してくれた。


「広いお心に感謝します、姫君」

「できれば、その『姫君』というのは勘弁してもらえませんか? 私には、どうもしっくりこないのです」


「……では、どのようにお呼びすれば?」

「『イオレーヌ』で構いませんよ、ワガハイさん」


「そういうことでしたら、吾輩からは『イオレーヌさま』と呼ばせていただきます」

「ふふっ、結構ですよ」


 すると、


「(ワガハイくん、ワガハイくん)」


 クーリアが、吾輩のコートの袖を引っ張ってくる。


 自分を紹介しろ――ってことか。


「(キュイ)」


 おや、君もかい、キューイ。


 意外とミーハーなんだね。


「こちら、旅の仲間のクーリアとキューイです」

「ハーフエルフのクーリアです。よろしくお願いしますね、イオレーヌさま」

「キューイ、キュイ、キュイ」


 吾輩に続いて、二人が明るくあいさつをした。


「クーリアさん、キューイさん――どうぞ、よろしくお願いいたします」


 公爵家の姫君――イオレーヌさまも、弾んだ声で答えていた。


 さっきは少し驚いていたくせに、さすがというべきか、


「でもイオレーヌさまは、どうして普通に町を? いくら平和な都の通りとはいえ、護衛もなしじゃ危なくないですか?」


 クーリアはナチュラルに、素朴な疑問を尋ねていた。


 そこで、イオレーヌさまに侍っていた男性が口を開く。


「困ったことに我らが姫君は、お忍びで町を散策されるのが趣味なんですよ」


 あの、長身の青年だ。


「そして私は、その困った姫君の趣味に付き合わされている、かわいそうな護衛です」

「あら、私は一人でも構わないですよ」

「あなたさまがよくても、一人で外出させるわけにはいきません。ご自分の立場を十分に理解なさってください」


 この人間の青年は、二十代後半といった雰囲気。

 礼儀はわきまえているが、イオレーヌさまとは親しい関係に思えた。


「私からも紹介しますね、ワガハイさん――こちらは『サンドロ』。ガレッツ公国騎士団、副団長の地位にある忠臣です」


 ガレッツ公国騎士団の副団長。


 憲兵の上官に当たる国家所属騎士で構成される、武力組織――その高官か。


「はじめまして、ワガハイさん」

「はじめまして、サンドロ副団長」


「……あの、私もどうか『サンドロ』でお願いします。私の職務は、もっぱらイオレーヌさまの警護。肩書きに見合う働きは、いまだにできていませんので」

「では『サンドロさん』とお呼びしますね」


 言葉を交わした、吾輩と人間の青年――サンドロさん。

 恥ずかしそうな顔で、彼は頭を掻いていた。


 国境なき騎士団の騎士は、どこの国からも独立した中立の存在。

 しかし各国にはそれぞれ、自国に忠誠を誓った武人がいる――というより、騎士と言えばそちらの方が一般的だ。


 つまり彼らもまた、吾輩とは異なるものの、正当に『騎士』と呼ばれる戦士なんだ。


 国家の上級武人で構成される国の騎士であるならば、サンドロさんがこれほどにまで鍛え上げられている理由にも納得ができる。

 役職上は、この国の軍事力におけるナンバー2。

 年齢から考えれば、実力ではおそらく、ガレッツ公国の最上位騎士になるのだろう。


 お出かけ好きの姫君と、その護衛。


 新婚の若夫婦、あるいは仲のいい兄妹のような服装で身分をごまかし、人知れず午前の散歩を楽しむ――まぁ、理解できなくはない。


 この国の政治には関与していないとのことだが、イオレーヌさまは公爵家の人間だ。

 美しい方だし、城下町の住民には、その顔が広く知られていることだろう。

 おいそれと姿をさらしては、きっと町が混乱するはずから。


 けれど、どうして吾輩に声を?

 その理由が、どうにもわからない。


 しかも、先ほどの口振りからして、



『ワガハイさんですよ、ワガハイさんっ』


『この方が、あのワガハイさんですよっ』



 どうやらイオレーヌさまは、少なくとも吾輩の存在をどこかで見聞きしていた様子。


 とはいえ吾輩には、ガレッツ公国の貴族とお近づきになった記憶なんて、当然ながらなかった。


 この場で、お互いに『はじめまして』とあいさつを交わしたばかりだ。

 吾輩が無礼にも、イオレーヌさまとの以前の出会いを忘れてしまった――などということもない。

 過去を失っている身分で言えたセリフじゃないかもしれないけれど、ここ十年ほどの記憶は非常に鮮明なのだから。

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