006. 突然の誰何
結局、クーリアが購入してくれたのは、干した果物――チップ状のドライフルーツ。
焼き菓子と比べると見劣りしてしまうけれど、まぁ仕方がない。
「はい、ワガハイくん」
「どうも」
ドライフルーツのチップが入った小さな小さな布袋を、クーリアから受け取る。
今日の吾輩の朝食は、通りを散策しながらの食べ歩きだ――といっても、口にできるのは、この干した果物だけだけどね。
何だか、彼女に養われている感じ、確かにするな、これ。
まるで、息子が母親からおやつを支給されているみたいだ。
「はい、キューイ」
「キュイ♪」
クーリアの手のひらに乗ったドライフルーツを、うれしそうに食べるキューイ。
焼き菓子のことは、もう忘れたらしい。
偉いね、キューイは。
吾輩も、数枚のチップを一口。
バナナとオレンジだな、おいしい。
少しだけ残る焼き菓子への未練を払いながら、吾輩が朝食を楽しんでいると、
「で、どうするの、ワガハイくん? せっかくだし、当然お祭りは見ていくよね?」
キューイを肩に乗せたクーリアが尋ねてきた。
「急ぐこともないし、それがいいかな」
城下町を挙げてのイベントを明日に控えているのに、あえて発つ必要なんてない。
ぜいたくはできない旅だけど、お祝いごとに参加するのはタダだからね。
「うん、わかった――じゃあ今夜も、あの安宿ね」
「文句は言いません」
「キュイ」
吾輩もキューイも、もうクーリアに従順だった。
「よろしい。では、滞在延長が決まったところで――明日のお祭りって、いったいどんな感じなんだろう?」
「国を治めるガウター公の、在位三周年をお祝いする祭典だからね。国民に向けてのあいさつ――とかはありそうなものだけど」
昨晩の食堂で聞いた話によると、ガウター公は派手好きだということ。
もしかしたら、音楽隊を引き連れたパレードが行われたりするのかもしれない。
そこでクーリアは、ずいぶんと都合のいい想像を口にする。
「ワガハイくんは、オーヌの町での不正を正したヒーローだし、その功績を称えて、お城へご招待――とかならないかな?」
「……そんな手柄をひけらかすようなこと、吾輩はしないよ、ぜったいに」
「うわぁ、ワガハイくん、真面目、謙虚、かっこいい――本当に、超つまらないゴースト」
前半は棒読みで、後半は、実に感情的なクーリアの言葉。
完全に、本音がだだ漏れだよ。
「誉めるなら、しっかり本音は隠してよね」
「あはは、冗談、ごめんごめん……でも、お城に招かれたりしたら、私、うれしい♪」
「お城にあこがれるなんて、やっぱり女の子だね、クーリアは」
「だって、国を治める公爵家のお城だよ。招待されたら、この町に滞在中の宿代も食事代も、ばっちり浮くって」
「うん……そういう理由ね」
さすがは盗賊。
現金だな、クーリアは。
「ところで……ワガハイくんてさ、私と出会う前、お金はどうしてたの?」
「君と出会うまでは、わずかばかりの蓄えはあったよ。誰かのせいで濡れ衣を着せられて、全部没収されちゃったけどね」
別に咎めているわけじゃないけど、事実として。
「そうじゃなくて、そういうお金の出所。いくらお金に無頓着だからって、多少の稼ぎがないと、さすがに旅もできてないでしょ? 国境なき騎士団に所属しているとはいえ、ワガハイくんは銅の騎士なんだから」
「ああ、うん……まぁ、出会った方々からのご厚意とかで、細々と何とか」
ないよりはあった方がいいお金だけど、意外となくてもどうにかなるものだ。
「オーヌの町のダニエさんや、イダの森のヒズリさん――優しい方は、この世界にたくさんいる。それに今は、君が吾輩を養ってくれているから」
「……何か、そのセリフずるい。ワガハイくんて、天然の人たらし? 悪い男?」
「やめてよ、変なことを言うのは」
だいたい、吾輩を『養っている宣言』をしたのはクーリアじゃないか。
「ふふっ――でもまぁ、私に捨てられたら困るってことを理解している点は、ちゃんと評価してあげるね♪」
「いや、別にそこまでは思ってな――」
「困るの、ワガハイくんはっ!!」
「……はい」
また嫌味を言われたくはないから、ここは素直に従っておこう。
「とはいえ、キューイと三人、やっぱり必要なものは必要だよね……ねぇ、ワガハイくん。私、ちょっと考えていたことがあるんだけど」
「どうぞ」
何気なくうながすと、クーリアは周囲を確認しながら、こそこそとささやいてくる。
「(昨日の食堂で聞いたうわさ、覚えてる? この国の公爵家兄弟が、どうにも仲良くないって話)」
「(うん)」
実は、吾輩も少し気になっていたんだけど、クーリアも、それを印象深く覚えているみたいだ。
「(ワガハイくんは強いんだし、ガウター公さま……だっけ? その方の護衛に手を挙げるっていうのはどうかな? 命を狙われてますよ、あなた――みたいな)」
「(……見ず知らずのゴーストが、公爵相手にそんなこと言い出したら、吾輩はまた、牢屋に入れられちゃうよ)」
同じ国で二回も投獄されるなんて、さすがにごめんだ。
「(大丈夫、大丈夫。ワガハイくんは、国境なき騎士団員。ただの貧乏なゴーストじゃないんだから、ガウター公さまも話くらいは聞いてくれるよ。上手くいけば、身辺警護の対価として、それなりのお金がもらえるかもしれないよ)」
「……あのね、クーリア」
小声で話すのもばからしくなってきたから、吾輩は普通に返す。
「あれはあくまで、単なる町のうわさだよ。城の中でもめごとがあるのは本当かもしれないけど、それくらい、どこの国でもあることさ。だいたい公爵ともなれば、護衛ぐらい、いつも身の周りにおいているよ。仮に何か起こったとしても、吾輩の出番なんて、そもそもないんだ」
「わかってるよ、そんなこと」
吾輩に合わせて、クーリアも耳打ちをやめた。
「でもね、私たちにはお金が必要なの。ワガハイくんの価値は、その強さと、下っ端とはいえ国境なき騎士団員としての地位――それだけなんだからね」
「……何やかんや吾輩のことを気に入ってくれているくせに、君は結構ひどいね、クーリア」
「王族貴族に雇ってもらえれば、一番確実に、まとまったお金が入るじゃん」
「少なくとも吾輩は、国境なき騎士団員の肩書きを利用してお金を稼ぐつもりなんてないよ」
本部に席を置かない銅の騎士は、その称号を利用して、実際に王族貴族に自らを売り込んだりもできる。
そうやって生計を立てている者も、実は一定数いるんだ。
悪いことじゃないけれど、吾輩としては、あまり気が進まない。
自由でいたいんだ、吾輩は。
「……あのね、ワガハイくん。そういうかっこいい発言は、ぜひとも十分な蓄えができたからにし――」
「あの、失礼ですが」
雑多な町の中、一人の女性が、言い合う吾輩たちに声をかけてきた。
「……お名前、ワガハイさん――というのですか?」
クーリアとのやりとりを聞かれていたらしい。
ワガハイ――自分のことではあるけれど、確かにめずらしい名前だ。
好奇心旺盛な第三者が興味を抱いたとしても、まぁ納得できる。
「ええ、吾輩の名前はワガハイです」
太陽の光が注ぐ、穏やかな春の日。
クーリアはもちろん、行き交う女性たちは皆、腕や脚を適度に露出した軽装。
しかし声をかけてきた彼女は、ゴーストである吾輩と同じく、フードを被っている――しかも、目深に。
種族は人間のようだが、日焼けが苦手なのだろうか。
それとも、人前で顔をさらせない理由でも?
「もしかして、国境なき騎士団員の?」
名前だけではなく、そんなことまで聞かれていたのか。
町中で、あまりペラペラしゃべるものじゃないな。
さて、どうしよう。
面倒なことになるのは避けたいけれど、この女性が何か困っていて、それで国境なき騎士団員を探していたのなら力になりたいが……うーん。
すると通りの奥から、慌てたように走ってくる人影。
「お、お待ちください……勝手に行かれては困りますよ」
人間の青年だった。
服装は、どこにでもいるような町民のそれ。
長身で痩せ形。
腰に剣を携えてはいるが、護身用として持つ者も多いから、別におかしいわけではない。
しかし、吾輩にはわかる。
「はぐれたら、どうするおつもりですか? 私の身にもなってください、まったく」
この男性、相当に鍛えられている。
戦うための筋肉を、麻布の軽装の下に隠しているんだ。
憲兵か?
いや、もっと上の――。
「いったい、何を見つけたのです? また、甘い香りの焼き菓子にでも誘われ――」
「ワガハイさんですよ、ワガハイさんっ」
追いかけてきた様子の青年に、フードの女性が告げる。
「この方が、あのワガハイさんですよっ」




