005. 紅一点には逆らえない
ガレッツ城下町に到着してから、初めての朝。
昨晩は、食堂の店員に教えてもらった安宿に宿泊。
しっかりと早起きをした吾輩たちは今、町の市場通りを散策している。
「いらっしゃい、いい野菜が入ってるぜ」
「明日は、ついに祝賀祭当日だよ。お祝い価格で安くしとくから、ウチの干し肉、一つどうだい?」
「さぁさぁ、外国から運んできた高級茶葉だよ。一口飲んだら、他の店のじゃ満足できなくなるよ」
活気ある商人たちの声が、右からも左からも響いていた。
「やっぱり国の都だね、朝からにぎやか♪」
クーリアは、今日も元気だ。
住民や旅人であふれる町を、楽しそうに歩いている。
「キュイ、キューイ」
人里離れて暮らしてきたはずのキューイにしてみれば、きっと、見るものすべてが新鮮なんだろう。
吾輩の肩あたりを浮遊しながらも、並んでいる露店に釘付けだった。
「何か食べたいものはある、ワガハイくん?」
笑顔のクーリア。
大衆食堂の蒸かし芋に、城下町で一番安い宿屋――昨日から地に足の着いたお金の使い方をしてきたおかげで、お財布係の彼女からは、朝食を食べるお許しが出ている。
いやはや、ありがたい。
焼きたてのパン、上品な香りのチーズ、みずみずしい果物――どれもおいしそうで、朝食にはぴったりだ。
「さて、どれにしようかな」
正直、目移りしてしまう――吾輩に、目はないんだけどね。
「キュイ、キュイ」
「あれがいいのかい、キューイ?」
キューイが反応を示したのは、甘い香りがする焼き菓子だ。
確かに、すごく興味深い。
お焦げがあるけれど、中はしっとりとしていそうだ。
ぜひ味わってみたい。
「うん、いいチョイスだよ、キューイ。吾輩と、すごく気が合うかもしれない」
「キューイ、キュイ」
吾輩とキューイの意見は一致した。
さっそく、吾輩たちの心を射止めた焼き菓子を売る露店に近づこうとすると、
「待って、ワガハイくん」
クーリアに、コートの袖を引っ張られてしまう。
「おいしそうだけど、あれは、また今度ね。少し高そうだから」
「……君はさっき、笑顔で『何か食べたいものはある、ワガハイくん?』って言ったはずだよね?」
それって、何でも好きなものをどうぞ――ってことでしょう?
「もちろん意見は聞いてあげるけど、それを許可するとは、一言も言ってないよ。決めるのは私だからね」
「「…………」」
気分はすっかり『焼き菓子モード』になっていた吾輩。
きっと、キューイもそうだろう。
無言のまま、ふたりで顔を見合わせていた。
「安くておいしいものを探すの。ここは市場通りなんだし、食べ物は他にもたくさんあるんだから」
「……はいはい」
「……キュイ」
無一文の吾輩たちに、クーリアへの反論が許されるはずもない。
このパーティーの男子は、お金のある紅一点に、決して逆らえないみたいだ。