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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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083. 夕食後の大騒動(10)――飾らない感謝の気持ち――

「悪いのは、全部トゥエンティンさまです。どう考えたってそうじゃないですか。すごく苦いコーヒーにしろって言ったのは、間違いなくトゥエンティンさまなんですから」


 うん、その通り。

 この場の誰もが、心の中でうなずいていることだろう。


「い、いや……ま、まぁ、そうなんだが、しかし――」

「しかしも何もありませんよ、トゥエンティンさま」


 突きつけられた正論にうろたえる大公だが、クーリアの攻撃は止まらない。


「貴族だから、わがまま言っても許される――そんなのおかしいですからね。立場に関係なく、間違っていることは間違っているんです。謝るべきなのは、トゥエンティンさまのほうですよ」


 吾輩の相棒は、一国の王弟大公相手に、堂々と謝罪を要求した。


「わ、私は大丈夫ですよ? 今回の件は、私が――」

「いいえ、ブレンダさん。こういうことは、あいまいにしちゃいけないんです」


 この展開に、当の本人は戸惑っているようだが、やっぱりクーリアは止まらない。


「さぁ、謝ってくださいよ、トゥエンティンさま」


 他の侍従官の方々も、少し動揺している様子。

 要は自分たちのあるじが、単なる旅の少女に詰め寄られているわけだ。


 吾輩たちは、一応ゲスト。

 それでも、身分の差は歴然。

 仮に筋が通っている主張だとしても、そうそう口にできることじゃない。


 大公に仕える彼らが困惑してしまうのは、まったくもって当たり前。


 そんな中、歳を重ねた侍従長だけは違う。

 どこか温かい表情で、クーリアを見ていた。


 一方、状況を注視していたアスティニが、静かに口を開く。


「私は、そこのハーフエルフのように、感情的になったりはしません」

「な、何ですか、アスティニさん!? このタイミングで、私にケンカを――」

「ですが銀の騎士シルバーナイトとして、道理が合わない話に、黙っているわけにもいきません――『パワハラ』という言葉をご存じですか、閣下?」


 とっさに反応したクーリアを無視して、アスティニは話を進める。

 どうやら二人とも、言いたいことは同じみたいだ。


「パワハラ、パワーハラスメント。権力者による、家臣等への理不尽な言動を指すもの――と、定義されています。ごく最近、先進的な国々で生まれ、次第に広がり始めた概念で、身分に関係なく、一人ひとりの権利を尊重するという考え方に基づいています。これからの時代では、十分な理解が必要になってくる言葉でしょう」

「そ、そうです、そうなんです。細かいことはわかりませんけど、そういうことなんですよ」


 アスティニに乗っかる形で、クーリアが続く。


 自分に対する援護だと把握できたらしい彼女は、


「つまり、トゥエンティンさまは悪いことをしたんです。捕まえちゃってくださいよ、アスティニさん」


 と、少し強引な主張をした。


 そんな飛躍する要求にも、アスティニは冷静だ。

 さとすような雰囲気で、閣下に伝える。


「しかしながら、パワハラを理由に貴族を投獄するのは、ほぼ不可能。国境なき騎士団わたしたちとしても、人倫じんりん逸脱いつだつした権力者には目を光らせていますが、残念ながらパワハラを高唱こうしょうすることは、まだまだ理想論です」


 この世界には、貴賤きせんや貧富などによる身分の差が、確かに存在している。

 それを乗り越えるのは、きっと簡単なことじゃない。


「パワハラは、それがパワハラである限り、殺人や窃盗などの、いわゆる犯罪とは性質を異にする。国境なき騎士団わたしたちも、簡単には踏み込めません。不本意ながら今日こんにちにおいて、被害者の現実的な救済に至るケースは、ほとんどないと考えるべきでしょう」

「お、おう……そ、そう、なのか?」


 おそらくは聞き慣れない言葉。

 トゥエンティンさまは、疑問符まじりで答えるのが精一杯のようだ。


「ですがこの場には、銀の騎士シルバーナイトである私がいました。そちらの女性侍従官に対する閣下の理不尽な言動を、私は実際に見聞きしています――この意味が、閣下にはおわかりですか?」


 視線を鋭くして、どこかすごむようなアスティニ。


 それを受けて大公は、動揺の色を濃くする。


「お、おい……ま、まさか、俺を牢獄ろうごくへ? じょ、冗談はやめてくれ」

「そんな、滅相めっそうもない。国境なき騎士団わたしたちが、パワハラで動くのは困難――そうお伝えしたはずです」


「そ、そうか。な、なら、一安心だ」

「しかし、ここはクーリアの言うように、良心に素直になるのが一番よろしいかと。閣下も、ご自身に非があることは、十分に理解されているのでは?」


 一転、表情をやわらかくしたアスティニが、ていねいに謝罪をうながした。


「そうですよ、トゥエンティンさま。悪いことをしてしまったら、ちゃんと謝ればいいんです」


 再度、クーリアも同じように。


「あ、謝るって……お、俺は大公だぞ? べ、別に殴ったわけでも、ひどく怒鳴りつけたわけでもな――」

「坊ちゃん」


 ふてくされながら反論する閣下に、オリップさんが優しく。


「よかったですね。今回、さまざまな事情が重なり、偶然にも我々が招くことになった客人は、本当に、本当に素晴らしい方々のようです」


 その視線は、クーリアとアスティニに向けられていた。


 状況に戸惑っていたはずの、他の侍従官の皆さん。

 しかしもう、その様子はない。

 誰もが敬意のまなざしを、二人に送っていた。


「……ああ、そうだな」


 沈黙の後、どこか恥ずかしそうに、閣下が笑った。

 そしてブレンダさんへ、誠実に伝える。


「君は、よくやってくれた。なのに、ずいぶんと身勝手な責め方をしてしまった。すまない、許してくれ」

「……いえ、そんな」


 きっと、こんなふうに謝られたことなんて、彼女には初めての経験だろう。

 当然のように、困惑の表情。 


 だけど、


「こんな俺だが、これからも、どうかよろしく頼む」

「はい、閣下」


 はっきりと答えたブレンダさんの顔は、とても晴れやかだった。


 ここまで、いろいろなハプニングがあったけど、結果的に、とてもいい雰囲気になったみたい。


「では、あらためてコーヒーを淹れ直すことにしましょう」


 ブレンダさんが座った席と同じテーブルに着いていたエルマーさんが、静かに立ち上がる。

 たぶん、向かいの席の同僚からの『ぶっふぅぅぅぅぅーっ!!』をくらっちゃったんだろうな。

 その顔、さっきまできれいだった黒い服が、しっかり濡れてしまっていた。


「今度は、私も手伝います。しっかりと、苦みを抑えたコーヒーにしましょうね」


 取り出したハンカチで、付着した黒い液体を拭きながら、エルマーさんがユーモアを言う。


「ふふっ、そうですね。お願いします」


 軽く吹き出したブレンダさん。

 今回は二人で、本当においしいコーヒーを準備してくれるみたい。


 閣下とオリップさんに一礼して、エルマーさんは扉のほうへ。


 それに続いたブレンダさんは、アスティニにも、小さく頭を下げていた。


 直後彼女は、素早くクーリアのところに。


「(クーリアちゃん。私のこと、かばってくれてありがとう。うれしかったよ)」


 こっそりと、ささやくように。


 となりにいたワガハイにも、かすかに聞こえたその言葉は、侍従官の立場からではなく、一人の女性としての、飾らない感謝の気持ちだった。


 一瞬、驚いた様子のクーリアに、彼女はほほえむ。


「とびきりおいしいコーヒーを、心を込めてご用意いたします。どうか、楽しみに待っていてくださいね」


 また、職務に忠実な一人の侍従官に戻ったブレンダさん。

 エルマーさんと二人、姿勢正しく、食堂をあとにした。

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