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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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003. 三種の騎士

 都での夜。


 星空の下でも強い存在感を放つ石造りの城が、町の中央に根を下ろしている。


 おそらく、あれが『ガレッツ城』。

 この国を治める高貴な方や役人が住まう、町のシンボルだ。


 城へと続く大通りは、日が暮れた現在でも明るく、行き交う者たちは洋灯ランプさえ必要としていなかった。


 手頃な宿屋に泊まるべく、吾輩たちは城下町を散策。

 とはいえ、初めての土地――しかも、大きな都とあっては、どこに何があるのかもわからない。


 しばらく道なりに進んでいたところで、庶民的な食堂を発見。

 雰囲気もよさそうなので、吾輩たちは店内に入り、席に着いた。

 安宿探しのための情報収集と、もちろん、空腹を満たす目的を兼ねてね。


「いらっしゃい――おっ、ドラゴンかい? めずらしい仲間を連れている旅人さんたちだな」


 社交的な中年男性が、吾輩たちのテーブルへ。


 店員の彼は純血な人間のようだが、おそらく商売柄、多種多様な種族を接客しているのだろう。

 キューイの存在にも、驚くことはなかった。


「注文はどうする? 肉料理は、ウチ自慢だぜ」

「いいですね、肉料理。じゃあ、それでお願いし――」

「ストップ、ワガハイくん」


 店のおすすめを頼もうとした吾輩を、素早く制してきたクーリア。


「あの、こちらで一番お安い料理は?」

「お金かい? 安心しな、ウチは大衆食堂だ。たらふく食べたって、すっからかんになることなんか――」

「お安い料理は?」


 クーリアの、妙に威圧的な質問に、店員の男性も、なぜだかひるむ。


「……ふ、蒸かし芋だな。シンプルに、塩で食べるんだ。かなり人気だぞ、腹もふくれるし」

「じゃあ、それを三人前」

「お、おう、すぐ持ってくるよ」


 クーリアからオーダーを受けた男性店員は、そのまま厨房の方へ戻っていった。


「……あのさ、クーリア。確か君、吾輩に、城下町に来れば『おいしいものが、いっぱい食べられるかもしれないよ』とか何とか、そういうことを言ってなかったっけ?」

「おいしいものだよ、蒸かし芋。すごい人気メニューみたいだし」

「そうかもしれないけど……」


 何だか、期待していた展開とは、大きく違っている気がする。


「干し肉くらいなら、頼んでみてもいいんじゃない? あまり高価なものでもないし、キューイもきっと、少しくらいはそういう――」

「ワガハイくんがあまり裕福じゃないのってさ、立ち寄った町や村で、後先考えずに好きなものを食べちゃってるからじゃないの?」

「…………」


 うん、図星。


 懐の許す限りで、自由に飲食してきたからね。

 今後のために蓄えようとか、思ったこともないし。


「やっぱりね」


 無言の吾輩に、クーリアが納得する。


「ワガハイくんは真面目で、確かに紳士だけどさ、オーヌの町のダニエさんの家では、遠慮もなく、出された料理を全部食べていたもんね。それに、イダの森のヒズリさんのところでも」

「出していただいたものは、しっかり完食する――それが、本当の礼儀なんだよ」


 ダニエさんもヒズリさんも、どちらも料理が上手だった。

 おいしいものを残すわけにはいかないよ。

 これ、吾輩のポリシー。


「まったく素敵な心がけだけど、私と組んだからには、お金に関して、少しシビアになってもらうからね――私は盗賊、そういうのにはうるさいんだから」

「……何だか、だまされた気がする」


 無邪気で自由奔放なイメージのクーリアだけど、お財布のひもは固かったんだな。

 男性だと、かなり豪快なタイプも多そうな盗賊だけど、女性の場合って、意外とこうなのかもしれない。


「だますも何も、そもそも無一文のワガハイくんに言われたくありませーん。私が養ってあげているんだから、むしろ感謝してもらいたいくらいでーす」

「…………」


 残念だけど言い返せない。


 これが、経済社会ってことか。


「宿探しはこれからなんだから、今夜は我慢しようね。働かざる者、食うべからず――だよ。おいしいものが食べたいのなら、ちゃんと稼いでもらわないと」

「……わかったよ」


 クーリアの正論に、吾輩は肩を落とす。


 パーティーを組むって、こういうことだったんだな。

 一人旅の気楽さが、ちょっとだけ懐かしい。


「一応言っておくけど、私、ワガハイくんと別れるつもりなんてないから。ぜぇーったいに離れないからね――うふっ♪」


 吾輩の心の内が伝わってしまったのか、クーリアが怪しく微笑んでくる。

 吾輩、のっぺらぼうだから表情に出にくいのに、何だか鋭いな。


 彼女のセリフ、言葉の上ではかわいらしい感じだけど、実質的には強要だ。

 しかも、相当に断りにくいたぐいの。


「でもさ、ワガハイくんは国境なき騎士団員なんだよね? お給料とか出ないの?」


 素朴な質問だとは思う。


 国境なき騎士団の名前は広く知られているけど、その実情っていうのは、なかなか見聞きしないものだろうから。


 装備しているペンダントを首元から取り出して、吾輩はクーリアに示す。


「これは、君も見ているよね?」

「うん。空と海と大地を意味する三本の剣が描かれた、特別な徽章きしょう――つまり、国境なき騎士団を表す印でしょ?」

「国境なき騎士団と一口に言っても、その構成員である騎士たちは、大きく三つに分けられるんだ――『金の騎士ゴールドナイト』と『銀の騎士シルバーナイト』と『銅の騎士ブロンズナイト』にね」


 食事が運ばれてくるまでの時間潰し。


 吾輩はクーリアに、国境なき騎士団についてレクチャーする。


「国家や種族を超えて正義を実行し、明日の平和を希求し続ける者たちの集まりである国境なき騎士団――それを統べ、指揮し、導く者である騎士団幹部に与えられる称号が、金の騎士ゴールドナイト

「……金の騎士ゴールドナイト


「騎士団の頭脳であり心臓でもある彼らに従い、その指揮監督を受けながら、世界各地でさまざまな職務に当たる前線の騎士たちに与えられる称号――それが、銀の騎士シルバーナイト

「……うん、銀の騎士シルバーナイト


金の騎士ゴールドナイト銀の騎士シルバーナイトは、騎士団本部に席を置き、正当な騎士としての地位を有する『組織の騎士』。君が気にしているお給料っていうのは、彼らにのみ支給されるもので、吾輩には縁がないんだよ」

「え、えーっとぉ……じゃあワガハイくんって、いったいどういう立場の騎士なの?」


 混乱しているようなクーリアに、吾輩は続ける。


「吾輩は、銅の騎士ブロンズナイト――それは、組織としての騎士団に背を向け、ただ、その理念にのみ共感しながら、風のように流れることを選んだ者に与えられる騎士の称号のこと」


 吾輩が国境なき騎士団の門を叩くことになったのは、与えられた小さなきっかけと、単純な好奇心が原因――つまりは、偶然の結果でしかない。


 国境なき騎士団の存在意義は、何者にも侵されない正義の実行と、世界平和の実現に他ならない。

 騎士団員としての称号を授かりながらも、組織との直接的な関係を持たない自由な志士こそが、見果てぬ理想の体現には必要不可欠――そのような考えから、金の騎士ゴールドナイトでも銀の騎士シルバーナイトでもない第三の騎士が存在し、本部もこれを認めている。


「もちろん正当な銅の騎士ブロンズナイトは、身分を明らかにした上で、各国の権力者に、認識した不正や悪事を報告することができる。吾輩が関与した、オーヌでの一見のようにね」


 国境なき騎士団員としての身分が証明されること――それよって得られる権限や利益は、旅する吾輩にとって十分に役立つものだけれど、銅の騎士ブロンズナイトであるからといって、何か具体的な対価が与えられているわけではない。


「お金なんて、別にいらないんだ。この徽章きしょうだけで、吾輩は満足なんだよ」


 この世界は広い、とてつもなく。


 吾輩の知らないこと、見たことのないもの、訪れたことのない場所であふれている。


 きっと一生をかけても、この世のすべてを理解することなんてできないだろう。


 でも、だからおもしろい。


 好奇心が止まらないんだ。


 吾輩は、旅をする。


 これからも、ずっと――。


「ちなみに、騎士団本部から与えられるこの徽章きしょうは、その称号に対応して、それぞれに金、銀、銅製になっている。吾輩のペンダントが銅製なのには、ちゃんと意味があるんだよ」


 それとなく、国境なき騎士団について説明し終わると、


「ふーん……要するにワガハイくんは、今日までずっと、ひたすらタダ働きしているってことなんだね」


 理解したのかどうなのか、クーリアは元も子もない表現で返してきた。


「お人好しだね、ワガハイくんって」

「がっかりしたかい? 王族貴族の命を受けているどころか、実際のところ、本当にただの貧乏な旅人でしかなかったから」

「ううん、そんなことないよ」


 首を振るクーリア。


「ダニエさんや子供たちを救ってくれたのは、間違いなくワガハイくんだもん。私にはできなかったことを、ワガハイくんは、私の目の前でやってくれた……かっこいいって、本当に思ったんだよ、あの時」

「はいはい、どうも」

「あっ、本気にしてないな!? ひどい、ワガハイくんっ」


 ぷんすかしながらも、この相棒は、吾輩の生き方を否定したりはしない。

 まぁ、だから、蒸かし芋でも我慢しなくちゃかな。


 するとキューイがうれしそうに、吾輩に首を擦りつけてくる。


「キューイ、キュイ。キュイ、キュイ」

「よしよしキューイ、君は優しいね」


 何だか彼にも、強く肯定されているような気がした。

 ついて行くよ――と、そう言われているみたいに。

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