061. 大盗賊、現る(8) ――今宵最後にして、最大の敬意――
魔力から闘気へ。
意識する対象を切り替えた吾輩は、あの怪盗に、雷属性の攻撃魔法を『当てる』ことに成功した。
けれど、残念ながら『入って』はいない。
相手の防御が追いつかないほどに速く。
あるいは、敵の防御を貫くほどに強く。
そのどちらかができなければ、吾輩に勝利はない。
「『後学のために聞かせてほしい。君のような武人でなくとも、闘気というものを、自分の意のままにコントロールできるかい?』」
「程度の差はありますが、おおむね。爆発的に闘気をふくらませること、一方で、まったく感じられないほどに抑え込むこと――これを両立できる者が、武人として優れていると考えられます」
「『いいね、やってみるよ』」
「ええ、どうぞ。あなたなら間違いなく、闘気もコントロールできるようになりますよ」
「『……その口ぶりだと、私が闘気をコントロールすることに関して、君は何も心配していないようだね?』」
「たとえあなたが、今の魔力のように闘気をコントロールできたとしても、吾輩にはささいなこと。あなたがどんなに隠そうと、感じ取ってみせます」
「『いいのかい? いつか私は、本当に自らの闘気を、思い通りにしてしまうかもしれないよ?』」
「仮にそれが可能になったとしても、吾輩は、怪盗ジフォンを逃すつもりはありません。魔力でも闘気でもない『何か』を手がかりに、あなたを見つけ出しますよ」
「『まいったね、ずいぶんじゃないか』」
「あなたのように『天才的』と豪語はできませんが、吾輩も武人としては、それなりに自信がありますから」
白い仮面で、もちろん表情は読めない。
「『……魔術師としても超一流なくせに、よく言うよ』」
しかし吾輩には、ジフォンが笑っているように思えた。
「『雷の投槍。雷属性の攻撃呪文。術者から放たれた魔力は直線的に飛び、素早く相手をとらえる。単にダメージを与えるだけに留まらず、電撃による痺れ――つまり、敵を麻痺状態にすることも期待できる魔法だ。いい判断だね。まともにくらっていたら、おそらく私は動けなくなっていた。危ないところだったよ』」
こちらの意図を読まれている。
やりにくいな、まったく。
「……降参、してくれますか?」
「『ふっ、おもしろい質問だね』」
ジフォンが吾輩に、ゆっくりと指先を向ける。
「『逆に聞こう。君は、これで私に勝ったと思えるのかい?』」
「…………」
「『そう、そういうことだよ。わかっているじゃないか』」
期待はしていなかったけれど、やはり折れてはくれないか。
「『天才的な魔術師である私でも、今この時点で、自分の闘気を魔力並みにコントロールすることは不可能だ。どうやらその方面は、君に分があるみたいだからね』」
ジフォンに、腰の剣を抜く気配はない。
左右の篭手のギミックも、現在は収められている。
来るとすれば魔法か?
「『しかし、あくまで私の領域で勝負を続けることができるのなら、私は君を欺けるよ。完璧にね』」
種明かしをしてしまったからだろうか。
少しも闘気を隠すことなく、強く大きく膨張させていくジフォン。
「『さぁ、君の品定めも最終段階だ――〈意志なき動く影〉』」
ここで、再び魔法幻兵?
虚を突かれた吾輩を取り囲むように、魔法のしもべたちが、次々と出現していく。
「「「シィーッ、ファーッファーッ」」」
「「「ファァァァァーッ、シィーッ」」」
「「「シィィィィィッ、ファーッ、ファーシィィィィィッ」」」
十体なんてものじゃない。
この景色は、先ほどの分身体と同等のレベル。
数が多い。
多すぎる。
まさか、この期に及んで数の力を?
「『おっと、落胆しているね? 心外だよ。大丈夫、がっかりはさせない。これは、闘気をヒントに私を探し当てた君への、今宵最後にして、最大の敬意だからね――〈仲間へ向けた霧の幻影〉」
分身体を、また?
いや、違う。
単純に、ただ呪文を唱えたわけじゃない。
すでに生み出された魔法幻兵に、その効果が向けられている。
意志なき動く影に、霧の魔力で幻を創る霧の幻影を上乗せしたんだ。
つまり、これも呪言二重唱――。
「「「「「…………」」」」」
魔法幻兵たちが、霧の中へ飲まれていく。
女性的な鳴き声が、次第に消えていった。
「『君なら、ぜったい気に入ってくれるはずだよ』」
風に追いやられるようにして霧が薄くなると、そこには再度、無数の『ジフォン』が。
しかし先ほどとは、まるで気配が違う。
魔力は、相変わらず均一。
恐ろしいまでに、どの『ジフォン』にも違いはない。
だが、すべての『ジフォン』から、今は闘気を感じる。
魔力とは異なり、とても乱れのある大小さまざまな闘気を、その『一人ひとり』から、確かに。
そうか。
術者が完璧に操っている魔力の分身体が、個別に闘気を放つことはない。
けれど魔法幻兵なら『意志』はないが『意思』は宿る。
たとえ擬似的にでも意思を持つのなら、野生動物と同程度の精神作用を認めることができる。
自然界の獣は、そのレベルに応じた闘気を出す。
野生動物と魔法幻兵が、精神面で『同じ』だとすれば、魔法幻兵もまた、闘気を漂わせる主体となり得る。
その上で、魔力の量、濃度、状態を完全にコントロールするジフォンが、自らが創り出した魔法のしもべを、自らの姿に整えることができたなら、それは、魔力は同量かつ同質でありながら、闘気はある種自然に、それぞれから伝わってくることになる。
しかも、個々の『ジフォン』が放つその闘気一つひとつと、本物のジフォンから感じたものとの間には、質として、明確な差異を見いだせない。
なぜなら、闘気を生む源である魔法幻兵の意思は、術者自身の魂から発せられるエネルギーに由来する精神作用だからだ。
すべての『ジフォン』が、まったくの没個性的存在であるがゆえに、魔力から探ることは不可能。
すべての『ジフォン』が、振れ幅のある個性的存在であるからこそ、闘気から特定することも困難。
この状況で、唯一のジフォン本人を?
「『もう一度、私を見つけられるかな、銅の騎士?』」
これは、おそらく考えうる中で、最高難易度のかくれんぼ。
さながら、表情のない男女が入り乱れる仮面舞踏会のフロアの中から、たった一人の主催者を探し当てるようなものだ
……できるのか、吾輩に?




