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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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060. 大盗賊、現る(7) ――雷槍――

「『これだけの数を前にして、よくもまぁ、君は無傷でいられるね』」

「簡単に言わないでください。こちらも必死なんですよ」

 

 無傷。

 無傷か。


 どうして吾輩は、先ほどの攻撃を、間一髪とはいえ避けられたんだ?


 視覚や聴覚など、基本的な五感に加え、吾輩は、術者としてのジフォンの魔力を追っている。

 だが、分身体との魔力的差異がつかめず、手がかりは皆無。

 防戦一方で、攻撃に転じられていない。


 もちろん、吾輩もそれなりの武人。

 相手の魔力を正確に認識、分析できなくとも、直感と経験で対応できる――とは思う。


 しかし現在、術者本人の魔力探知に意識の大半を向けている中で、あの速度での一撃を、我ながら、いったいどうやって?


 ふと背中に、強烈な熱を覚える。

 業火に投げ込まれたような、ひどく激しい刺激。

 けれど、その時間は、本当に、ごくわずか。

 それが急速に消え去った直後、暗闇の中で火花が飛んだかのごとく、はっきりとした輝きが――。


 自然と、右腕が動く。

 薄暗いだけの、何もない空間。

 そこに、刃を、振る。


 甲高い音。

 吾輩の剣が、飛んできた鎖付きの鉤爪を叩いた。


「『お、おいおい!? 君は、死角からの攻撃も止めるのか?』」


 地面をけずるようにして、鉤爪が戻っていく。

 さすがのジフォンも、吾輩の反応に驚いているようだった。


 今、自分の体が、当たり前のように――動いた。


 そうか、わかった。

 そうだったんだ。


 吾輩を魔法幻兵で試していた段階から、ジフォンは常に、攻撃的な視線をこちらに向けていた。


 攻撃的な視線。

 その背後にあるものは何か?


 いける。

 これなら、本物のジフォンと、幻である分身体を見分けることができる。


 だけど、見分けられるだけでは無意味。

 攻撃を入れなければ勝利はない。

 逃げられたらダメだ。

 スピードが欲しい。

 ジフォンの回避行動を超えるレベルの速さが。


 適切なのは、斬り込むよりも飛び道具。

 やはり、距離がある中でも当てられる魔法がいいだろう。


 しかし、火の飛礫イーゴ・ジェハでは弱い。

 速度も威力も、この状況では力不足だ。


 魔力の属性で考える。

 対象者まで素早く届き、なおかつ、その動きを鈍らせることが期待できるもの。


 ならば、最適解は――。


 剣を持つ右手で分身体をさばきながら、左腕を引く。


 探る。

 幻の奥に潜む、ジフォン本人だけが放つ明確な気配を。


 ……いた。


 そこだ!



「〈雷の投槍ザオロ・ジャスラン〉」



 呪文を唱えた吾輩の左手から、荒々しく輝く鋭利な魔力が放たれた。

 まるで、闇夜を走る稲妻。

 とどろきと共に、直線上の分身体を貫いていく。

 

「『なっ!?』」


 幻たちは、吾輩の魔法から逃げる動作を見せることなく消えていく。

 さながら、自らの存在に執着しない、意思なき操り人形のように。


 だが、それとは裏腹に、明らかな反応を示す者が一人。

 防御するためだろう。

 両腕を持ち上げた瞬間、やりのごとき雷が、その一人に直撃。

 電光が弾けた。

 

 直後、周囲の分身体がすべて、風に飲まれた。


 前進。

 一気に加速し、距離を詰める吾輩。

 

 気を抜くな。

 ここで仕留める。


 右手を振り上げ、爆ぜた稲妻の先へ剣を下ろすが、


「『……君は、本当に厄介なゴーストだね』」


 魔宝石ジェムが埋め込まれた篭手こてによって受け止められてしまった。


「『あの幻の中で、まさか、本物の私を探し当てるとは』」


 くっ、相手の方が速かったか。

 魔法は確かに届いたが、ダメージは最小限。

 残念ながら、決定打にはならなかった。

 追撃の刃が防がれてしまったことが、何よりの証拠だ。


「『これは自慢だけどね、私は間違いなく、天才的な魔術師なんだよ。もちろんこの世界には、数多くの優秀な魔術師が存在している。私より能力の高い者だって、当然いるだろう。そこは謙虚けんきょに認めるよ』」


 果たして、謙虚なのか否か?

 少なくともこの怪盗は、自らの魔術師としての資質に、かなりの自信を持っているようだ。


 ジフォンが両腕で吾輩を押し返し、互いの間に空間が生まれた。

 裏庭を占めていた分身体が消えたことで、妙な開放感を覚える。


 だが、構えを解くわけにはいかない。

 張り詰めた空気が漂う中で、吾輩はジフォンと向き合う。


「『しかし、魔力のコントロールという点に関しては、断言する――この時代に、私を超える魔術師を探し出すことは、ほぼ不可能だ。私の話が単なるうぬぼれではないことを、君なら理解してくれるだろう?』」

「……確かに、あなたの魔力に対するコントロール、その正確さは異常です」


 緊張の糸を張りながら、ジフォンとの会話に応じる。


「あれだけの分身体を創り出す一方で、術者である自分を含めたすべての魔力量、濃度、性質を、あなたは完璧に調整できていた。完全に同じ。違いなんて、吾輩にはまったく……言葉を選ばずに言わせてもらえば、もはや『怪物』レベルですよ、あなたは」

「『だからこそ不思議なんだよ。それがわかっていて、どうして君は、本物の私を?』」


「…………」

「『そんなに警戒しないでくれ。すでに君は、本物の私を見抜いたんだ。つまり私が、もう一度同じことをしても、君は私にたどり着いてしまう。意味のないことを、無駄に仕掛けたりはしないよ。だから、その種明かしに、たいしたデメリットはないと思うけどね』」


 確かに、その通りだ。


「『単なる偶然――だなんて、つまらない答えは勘弁してくれよ。それとも、私を相手に、二回目を成功させる自信はないのかな?』」


 挑発か。

 わかった、乗ってあげるよ。


「吾輩は、あなたの魔術師としての高い能力ゆえに、無意識に自分の思考を、あなたの領域に運んでしまっていたんです」


 先ほどまで、霧の魔力による幻が、周囲一帯をおおっていた。

 そして、右も左も敵の分身体。

 状況を踏まえれば、魔力を手がかりに、術者本人を見つけ出して叩くのが適切。

 魔術師の多くは、このルートを選択することだろう。


 現に、吾輩もそうだった。


 しかしジフォンの、魔力をコントロールする技術が桁外けたはずれだったため、有効な戦い方にはならなかった。


 そこだけを見れば、吾輩は、特別な才能を持つ魔術師であるジフォンに対して、まったく勝ち目のない勝負を挑んでしまっていたことになる。

 魔力的な差異がない、あるいは感じ取れない以上、それを探る手段では、術者までたどり着けないからだ。


 だから吾輩は、別の方法で、ジフォン本人を特定することにした。


「『天才的な魔術師』であるあなたの得意とする魔力コントロールのほころびを、凡人ぼんじんである吾輩が見抜くのは、かなり難しい」

「『それは本心かな? 少しトゲを感じるけどね』」


「本心です。あなたは天才ですよ」

「『よかった。そういうことなら受け入れよう』」


 軽口は相変わらず。

 まだ余裕があるな。


 悔やまれる。

 先ほどの攻撃がクリーンヒットしていれば。


「そこで吾輩は、吾輩の領域で、あなたまでたどり着くことにしました」

「『わからないな。無数の幻影の中、魔力ではない手がかりで、どうやって?』」

「『闘気』ですよ」

「『……闘気?』」


 やはり、ジフォンはピンと来ていないようだ。


「吾輩たち種族、動物、幻獣、場合によっては神霊――それらが放つ戦意のエネルギーが、一般的に闘気と呼ばれるものです」

「『……なるほど』」


「分身体を創り出す魔法の場合、通常、術者は一人。残りは、すべて魔力の幻です。術者も分身体も、狙うべき相手を仕留めるため、さまざまな攻撃をしてくる――あなたが、そうしたように」

「『そうだね』」


「ゴーストである吾輩も、魔力体である幻からの攻撃では、ノーダメージとはいかない。必死に抵抗します。見つけられもしない、魔力的な差異を探りながら」

「『自虐かな?』」


「いえ、事実です」

「『その冷静さは美徳だよ』」


「その冷静さがこうそうした結果――かどうかはわかりませんが、吾輩は、あなたと分身体を明確に判別できる感覚に気づきました」

「『それが、闘気?』」


 ええ――と、吾輩はうなずいた。


「吾輩たち武人は基本的に、相手の闘気をうかがいながら戦っている。それは自然なことで、特別なスタイルではありません。しかし吾輩は、知らず知らず、あなたの魔力コントロール技術にのまれていた。だから、魔力だけに意識を集中させてしまったんです」


 もしも、あのままの思考から離れられなければ、今もまだ、吾輩は無数の幻に囲まれていたことだろう。


「気づいてしまえば簡単なことでした。当たり前ですが、魔力体には魔力がある。攻撃もしてくる。ですが、闘気はない。闘気を放つのは――」

「『術者である、私だけ――ということか』」

「あなたの創り出した分身体は、あなたが操っているだけの魔力の幻です。魔力という点において、あなたと分身体に線引をするのは難しい。けれど、それ以外の要素に着目すれば、すべての景色が変わります」


 吾輩を襲う分身体からは、たとえ、その刹那せつなに際しても闘気は出ない。

 しかし術者が吾輩を狙っているのなら、それに伴う攻撃的な気配が――すなわち闘気が、必ず。


「『君の後頭部に、まるで「目」があるかのように思えたのは、そういう理由なんだね』」


 混乱の中で、吾輩が感じたものは、ジフォンが漂わせていた闘気だった。

 すべてが完全に一致していた魔力の幻の中で、明らかに異質なエネルギーの存在。

 それが闘気だとわかった瞬間、吾輩は、本人の場所を特定することができたんだ。


「『魔力をコントロールするだけじゃ、君のような相手には通用しないと言うわけか……恐ろしいね、生粋きっすいの武人という人種は』」


 やれやれ――と、ジフォンが肩を落とした。

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