058. 大盗賊、現る(5) ――幻影――
初手は、素早く奪われた。
「『はっ』」
反りある刃を剣で受け、吾輩が押し返す。
重い攻撃ではない。
だが、動きが速い。
三連の突きが、すぐに向かってくる。
「『はっ、はっ、はぁーっ』」
実に嫌なコースだ。
捌きにくいポイントに、切っ先を置かれている感じ。
わかってやっているな、これは。
今度は、こちらが突きで返す。
ジフォンの体が、横に流れた。
追いかけるように腕を回すと、縦に構えた刃で防がれる。
衝撃音。
重心を移動させて、ジフォンに接近。
つばぜり合いの状態になる。
「『ゴーストの君なら、私の剣から逃げる必要などないのでは?』」
「あなたの得物、魔宝石が光っていますよ」
「『おっと、これは失礼。すっかり忘れていた』」
ジフォンの武器には、持ち手の上部に、怪しく輝く紫色の魔宝石。
間違いなく魔力を帯びている。
純粋な物理攻撃ではない以上、吾輩でもダメージは避けられない。
「大盗賊であるあなたが握っているんです。きっと、ものすごく高価なんでしょうね」
「『さぁ、どうだろう? 手放すつもりはないから、値段なんて考えたこともないよ』」
息は弾んでいない。
おそらく戦闘においては、スピードと手数で攻めるタイプ。
だとすると、スタミナには自信があるのか?
現状、得意と言われる魔法を、まだ使ってはいないようだ。
魔力を温存しているのか?
思惑が読み切れない。
攻め込むのに躊躇してしまうな。
「『何を考えている?』」
「あなたを、どうやって捕まえようかと」
「『捕まらないよ、私は』」
直後、ジフォンの右腕の篭手から、諸刃の刀身が飛び出してきた。
「くっ……」
間一髪。
顔の横で、空を切る。
なるほど、仕込み防具か。
剣を振り上げ、後方へ跳ぶ。
距離を確保して、あらためて構え直した。
「『いい反応だよ』」
「油断も隙もないですね、あなたは」
魔宝石が埋め込まれた篭手だ。
当然、あの刃にも魔力が宿っているはず。
刀身は、一般的な短剣よりも長い。
手の甲から伸びていることを踏まえれば、白兵戦におけるリーチは十分だ。
あんなもの、いったいどうやって収納しているんだよ、まったく。
もしもくらっていれば、首が落ちていたかもしれない。
左は、手持ちの剣。
右は、篭手からの仕込み刃。
サウスポーかと思っていたが、単純に両利きなのか?
あり得る。
要警戒だ。
「無血盗賊という呼称は、返上していただきたいくらいです」
「『君が、あれを受けてしまうようなゴーストなら、私は闘ったりしないよ』」
「吾輩は、まだ試されているということですか?」
「『そう答えたいところだけど、もう上から目線で余裕を気取ってはいられないようだ。君は強い。だから、出し惜しみはしない』」
身にまとう雰囲気が、また少し変わる。
反りのある剣を、静かに腰の鞘へ戻す。
右手には、例の仕掛け刀身。
自然体で直立し、ジフォンは静かに呪文を唱えた。
「〈霧の幻影〉」
周囲に、魔力の霧が立ち込める。
月明かりがあるとはいえ、闇夜だ。
視界は、当然悪くなる。
「『ここからが、私の真骨頂だよ』」
声と共に、ジフォンが消えた。
まずいな。
この状況で『目』は頼れない。
唱えた呪文の効果はわからないが、ジフォンが術者である以上、魔力の気配を追えば捕らえられるはず。
剣を構え直し、感覚を研ぎ澄ませる。
集中だ。
「『さすがだよ、銅の騎士。落ち着いている。戦い慣れている証拠だ』」
向こうからは見えているのか?
主導権は、完全に握られたな。
「『では、いかせてもらうよ』」
左後方から、ジフォンが現れた。
例の仕掛け刃を突き出し、吾輩に迫る。
攻撃を弾き落とすため、素早く腕を振るが、
「なっ!?」
吾輩の剣は空を斬るだけで、ジフォン――だった輪郭は、煙のように消えてしまった。
「『違う、こっちだよ』」
今度は、逆サイドから。
すぐに反応して刃を走らせるが、
「くっ……」
やはり手応えはなく、一瞬とらえた姿も、また闇に溶けてしまった。
「『おや、焦っているね』」
ジフォンが、吾輩の正面に。
斬りかかろうと前進した直後、
「『慌てない、慌てない』」
後ろを振り返ると、そこにもジフォンが。
……ジフォンが、二人?
混乱する思考。
そこに飛んできた何かが、吾輩の剣――その刀身部分に巻き付いた。
金属製の鉤爪だ。
長めの四本刃で、鎖とつながっている。
しまった。
これでは、剣が振れない。
好機とばかりに、前後二人のジフォンが向かってくる。
「くっ、〈魔力充填・鋼〉」
左腕を呪文で強化。
これで、魔力を帯びた刃でも受けられる。
だけど、守りを固めるだけじゃ終われない。
「〈火の飛礫〉――はっ、はぁーっ」
そのまま左手から、二つの火球を放つ。
二人のジフォンに直撃するも、やはり、誰もいなかったかのように飛散した。
剣を握る右手側には、まだ鉤爪が絡まっている。
戦況は、あまりよくない。
だが、これではっきりした。
煙のように消えた『ジフォン』は、いわば実体のない存在。
魔法が生み出した幻影だ。
本人は、この先。
鉤爪をたどった場所にいる。
刀身を巻き込むようにして、少しずつ接近しようとすると、
「『残念、気づいたようだね』」
するりと鉤爪がほどけて、鎖に引かれるように、霧の奥へまぎれてしまった。
「『だけど、私には関係ないよ』」
勝ち誇ったような言葉を合図に、立ち込めていた霧が、ゆっくりと薄くなっていく。
視界が晴れた直後、衝撃的な光景が、吾輩の前に広がった。
周囲全体に、複数のジフォン。
ぱっと見ただけでは、何人いるのか、数えることもできない。
「『あなたはもう、私の手の上で踊っているに過ぎないのだから』」
逃げ道はない。
すべての『ジフォン』が、吾輩をとらえている。
「……なるほどね」
これが、ジフォン。
彷徨える大罪人、怪盗ジフォンか。
 




