057. 大盗賊、現る(4) ――開戦――
先手を取る。
駆け出した吾輩は、パワーアップした魔法幻兵一体の背後に回り、青白い剣線を走らせた。
「ジガァッ」
反応してきたか。
腕の篭手で受け止められてしまった。
一般的な種族の武人相手では、通常あり得ない動き。
腰が完全に反転して、ねじれたようになっている。
魔力体だからこその体勢だ。
「〈火の飛礫〉」
「ガァッ!?」
すぐさま顔に一発。
仕留めることはできないが、ダメージは入る。
力押しは可能だ。
ひるんでいる隙に、この一体は片づける。
火球に混乱して、頭を下げたところを、
「〈霊剣の斬撃〉」
霊気を込めた剣で、斬る。
「ジィガァァァァァァッ!?」
強化版魔法幻兵、一体撃破。
大丈夫。
見た目ほどの防御力はない。
いける。
問題ない。
さぁ、残りは二体。
ジフォンを確認する。
「『…………』」
軽口は出てこない。
ただ、感じる視線の鋭さは、より深く、吾輩に刺さるようになった。
わかったよ、ジフォン。
パフォーマンスのような戦いは好まないが、たった一人の観客である君のために、少しだけ、らしくないことをしてあげるよ。
「ガジィィィッ、ガァァァァァッ」
「ガジィガァァァァァッ」
雄叫びと共に、最後の二体が動く。
「〈魔力充填・鋼〉」
呪文を唱えた吾輩。
両腕が、鋼の篭手によって守られる。
直後、吾輩は持っていた剣を、空高く放り投げた。
霊気を宿したままの刃が、闇夜に怪しく光る。
「『なっ……』」
ジフォンから届く、本当に小さな驚きの声を、吾輩は聞き逃さない。
「ジィーッ、ガァァァァァッ」
まだ距離がある中、一方の魔法幻兵が、勢いよく腕を伸ばしてきた。
その拳で、吾輩を殴り飛ばすつもりらしい。
当然こちらも、鋼の拳で弾き返す。
魔力によって創られた金属同士が、重い音を響かせた。
即座に、吾輩は呪文詠唱。
「〈火の飛礫〉――はっ、はっ、はぁーっ」
「ジガッ、ガッ、ジガッ!?」
三発の火球が、向かってきた魔法幻兵を後退させた。
物理的な間合いが広がる。
ちょっと待っていてほしい。
すぐに相手をしてあげるから。
言葉にはしないメッセージを思いながら、逆サイドへ走る吾輩。
残っているもう一方を、先に制圧するために。
加速――と同時に、その魔法幻兵の前へ。
「ガガッ!?」
あまりのスピードに、どうやら困惑している様子。
さながら、吾輩が瞬間移動したかのように見えたかもしれない。
悪いね。
ちょっと急いでいるんだよ。
右、左。
鋼の拳を、リズムよく入れる。
「ジッ、ガッ!?」
かぶとで守られている魔法幻兵の頭部が、往復して揺れた。
「〈魔力充填・火〉」
呪文。
自分の右腕に、火の魔力を重ねる。
呪言二重唱だ。
赤い炎をまとった鋼の拳が、バランスを崩した魔法幻兵を打ち抜く。
「〈火炎をまといし錬鉄の拳〉」
「ジガゴフッ!?」
城壁まで吹っ飛び、魔法のしもべは灰になった。
さて、仕上げだ。
素早く平面移動。
そして、高くジャンプする。
空中で、両腕の魔力を解除。
手を伸ばした先には、落下し始めていた吾輩の剣。
つかんで、地面を見下ろす。
そこには、三つの火の玉を浴びた、あの魔法幻兵が――。
「〈霊剣の斬撃〉」
かぶとも胸当ても関係ない。
奇妙な体躯を鮮やかに斬り裂く、青白い霊気の一太刀。
「ジガァァァァァァァァッ!?」
最後の魔法幻兵、撃破。
これで、十体すべてを制圧した。
着地と同時に、城壁の上を望む。
そこには、拍手を響かせるジフォンがいた。
「『素晴らしい。投げた剣が落ちてくるまでの間に、強化した魔法幻兵を二体も……まったくもって驚きだよ』」
「あなたのために、がらにもなく派手な立ち振る舞いをしてしまいました。お気に召しましたか?」
「『おおいに』」
「では、約束を守っていただきましょう」
吾輩は、刃をジフォンに向けた。
「『……まぁ、仕方ないか』」
やれやれと、まるで気乗りしないような雰囲気。
しかし躊躇することなく、自らを宙に投げ出す。
風に遊ばれて、マントが大きく揺れた。
見上げるような高さから、ジフォンは音もなく降り立つ。
仮面の奥から感じる視線は、確かに吾輩をとらえていた。
「『でもね、平和主義者なんだよ、私は』」
聞いてあきれる。
強化された魔法幻兵、その最初の一体を倒した直後から、吾輩に対する『攻撃的な気配』を、ジフォンは明らかに増大させた。
今は、さらに激しくなっている。
「『だから、見逃してもらえないかな?』」
「仕掛けてきたのは、あなたの方ですよ?」
「『あはは、そうだったね』」
意味のない会話の後、数秒の静寂。
ジフォンが、左手で得物を抜く。
右腰に鞘を携えていることからして、おそらくはサウスポー。
戦いが始まる。
 




