056. 大盗賊、現る(3) ――品定め――
「シィィィィィッ」
「ファァァァァッ」
「シィィィーッ、ファァァーッ」
まず向かってきたのは、三体。
長い腕を突き出し、吾輩を捕らえようとしてくる。
だが、遅い。
体勢を低くして、加速。
「シィ!?」
「ファ、シィッ!?」
大きく、横に一閃。
二体の魔法幻兵を撃破。
すぐ跳躍。
頭上が空いている一体へ、垂直に刃を走らせる。
「シ、シィィィ……」
制圧。
また一体、闇の中に消えた。
「『へぇーっ、やるね』」
高みの見物状態のジフォンに、焦っている様子はなかった。
次が来る。
「「ファァァァァァァッ」」
同時に襲いかかってきた二体。
正面から迎え撃とうとした直後、左右に散る。
「ファァァッ」
「ファ、ファァァーッ」
どうやら、一定の距離を保ってから、吾輩を挟み込もうとしているらしい。
魔法のしもべなりに、戦略を考えているようだ。
しかし、残念。
剣で斬るだけが、吾輩の戦い方じゃない。
飛び道具だってあるんだ。
「〈火の飛礫〉」
「ファ……ァ」
右の一体を、火球で倒す。
地面を蹴る。
すぐに左へ。
「ファ、シィファッ!?」
慌てたところで、どうにもならないよ。
「ファァァァァッ!?」
振り上げた刃によって、左の魔法幻兵も消滅。
これで、残りは半分。
吾輩は、城壁の上のジフォンに呼びかける。
「どうです、そろそろ降りてきてくれませんか?」
「『いや、まだ五体もいるよ。話はそれからさ』」
内心までは読み取れないが、とりあえず、余裕の態度を崩しはしない。
あくまで合格の条件は、十体すべての殲滅ということか。
「シィィィッ」
「シィィィィッ、ファァァァッ」
主の期待に応えようと、次の二体が迫ってくる。
「「ファァァーッ、シィッ、ファァァァァーッ」」
平面の攻撃に限界を感じたんだろう。
今度の動きは立体的。
一方の肩を足場にして、もう一方が高くジャンプをする。
「シィーッ、ファッ」
「ファァァァァッ」
吾輩からすれば、前と上からの魔法幻兵を、ほぼ同時に処理しなければならない――ということだ。
ここまで、白と紫の各魔法幻兵たちは、彼らなりに作戦を立てて向かってきている。
興味深いな。
魂。
吾輩たち種族に宿る――いや、それこそが吾輩たち自身だと言ってもいい、命と想い、存在の源。
激しい感情は、魂の叫びだ。
対して魔力体のしもべは、当然、吾輩たちとは違う。
動物的本能を著しく超えるような思考や判断はできない――というのが、魔法学の通説。
理性的な、あるいは、心が躍動するような強い『意志』がないから、意志なき動く影となる。
裏を返せば、自然界における獣レベルの思考力、判断力、感情、心の動きは、魔法幻兵にも備わっていると考えられる。
彼らに『意志』はない。
だが『意思』はある。
この理解は、学術的な原則からも妥当なものだ。
実際に吾輩は、過去に対峙した魔法幻兵から、そのような印象を受けたことがある。
たとえば、パジーロ王国での一件。
忘れもしない、あの灰色ゴースト――ソレガシが創り出した魔法のしもべを相手にした時、彼らは吾輩の剣術にひるみ、向かってくるのを躊躇するような素振りを示すことがあった。
戦闘時、強者を前に慎重になるのは、吾輩たち種族だけでなく、野生動物としても当たり前の行動。
したがって個人的な経験からも、魔法幻兵に『意思』が宿ることを否定しない。
ロジックとしては、術者自身の魂から発せられるエネルギーや、それに伴う何らかの影響を通じて、純粋な魔力が、魔法幻兵を形作る源として外部に顕現した結果、ある種の精神的な作用を獲得するに至る――と説明されたりする。
要は、原因の本質は術者にあるということだ。
つまり、個々の具体的な魔法幻兵が、いわゆる『意思』としてどこまでを獲得しているかは、呪文である『意志なき動く影』を、誰が唱えたかに依存してしまう。
これには、術者の意図も含まれるけれど、しかし、何とも当たり前な結論。
それ以上にはならない。
だから、程度の差が生まれる。
同じ呪文でも、魔術師としての実力、その創り出した目的が違えば、魔法幻兵の質が変わってくる。
他の魔法でも、これは基本的に同様。
当然のことだ。
そこで、ジフォンの魔法幻兵。
ここまでを見るに、思考する最低限の疑似的な『意思』は持っているようだ。
吾輩へ、ただ突っ込んでくるのではなく、初歩的ながら戦略性を持って動いている。
このレベルの魔法幻兵を、吾輩は相手にしたことがあっただろうか?
とりあえず、術者の優れた魔法能力、魔法技術に由来する特性だと理解していいだろう。
けれど、残念ながら浅知恵。
その程度では、吾輩を仕留めることはできないよ。
一人で複数の敵と戦わなくてはならない場合、それぞれ個別に対応していては、当然ながら手が追いつかない。
実力差が激しいのなら、力押しで問題ないだろう。
だが、そうでないなら、いったいどうすればいいのか?
数で負けている状況でのセオリーの一つは、単純に、こちらの動きを節約すること。
つまり、一度の攻撃で、できる限り多くの相手の制圧を目指す。
先ほど吾輩が、横薙ぎの一振りで、二体の魔法幻兵を撃破したように。
そうすれば、たとえ多数から同時に襲われても、自分の動作は、たった一つで最小限。
事実上、単数を退けたときと変わらなくなる。
一人以上の敵を、一人を倒すのと同じ動作で片づけていけば、常に一人を相手にしている状況とイコールになるからだ。
要するに、縦だろうが横だろうが、まったく関係ない。
わかっているはずだよね?
もうすでに、吾輩は一太刀で、君らの仲間を斬り捨てているんだから。
腰を落として、刃を前に。
跳躍と同時に、下から上へ走らせる。
「シィッ!?」
「ファァァァァァッ!?」
昇るような霊気の剣線が、魔法のしもべ二体を、左右に裂き分けた。
着地。
剣を構え直す。
残りは三体。
「『見事! 美しい魔力の刃だよ』」
ジフォンは、相変わらずの軽口。
しかし、吾輩はずっと感じていた。
刺さるような鋭い視線。
優雅な鑑賞を気取っていても、決して無駄に傍観しているわけじゃない。
見ている。
本当に見極めようとしている。
吾輩を。
吾輩の力量を。
偽りを述べてはいなかった。
あの怪盗は、自らの魔法幻兵を使って、本当に吾輩を品定めしているんだ。
「『どうやら、このまま残りをけしかけても、結果はつまらないものになってしまいそうだね』」
と、ジフォン。
「『しかも情けないことに、私のしもべたちは、君の剣技に圧倒されてしまったみたいだ』」
その言葉を証明するように、
「シ、シィィィッ……」
「……ファァァッ」
「シィィィッ、ファーッ、ファ……」
残存している魔法幻兵たちは、吾輩との距離を保って、二の足を踏むようにたたずむだけだった。
うーん、どうしよう――と、首をかしげたジフォン。
「『あっ、いいことを思いついたよ』」
わざとらしく指を立て、吾輩に提案してくる。
「『君も、どうせなら骨のある戦いをしたいだろう? だから、こうしてあげるよ――〈仲間へ向けた魔力充填・鋼〉』」
呪文。
種類としては、味方への補助効果を付与するもの。
しかし、その対象は、自らが創り出した魔法幻兵。
つまり『意志なき動く影』に『魔力充填・鋼』を重ねた呪言二重唱――。
「ジィィィィッ、ガァァァァァッ」
「ジィーッ、ガァーッ、ガァァァァッ」
「ジィ、ジィーガァァァァッ」
鈍い銀色の輝きが、ジフォンのしもべたちを包み込む。
重くなった叫び声と共に変化する、魔力の体。
胸当て、篭手、かぶと――まるで甲冑騎士のような装備を身につけ、三体が夜空に吼える。
「「「ジガァァァァァァァァッ!!」」」
心なしか、体格も発達したか?
とにかく、今までより強化されたのは間違いなさそうだ。
「『これで、少しは難易度が上がったはずだよ、銅の騎士』」
理不尽なゲームの主催者は、あくまで降りてくる気はないらしい。
呪言二重唱バージョンの魔法幻兵か。
戦闘意欲も、かなり増大している様子。
楽に倒せればいいけど、果たして――。
 




