055. 大盗賊、現る(2) ――最初のあいさつ――
「『高いところから失礼させてもらうよ』」
筋肉質ではないが、体型は引き締まっている印象。
性別、種族……いや、決め手がない。
ひょうひょうとしながらも、どこか上品な立ち振る舞いで、謎の人影の正体――怪盗ジフォンは続ける。
「『一応は、君のことを警戒しているんだ。捕まりたくはない。牢獄に入れられるのはごめんだからね』」
「……犯行には、まだ早いのでは?」
会話に応じながら、その装備品を確認する。
両腕には、魔宝石が輝く金属製の篭手。
それと、めずらしい紫色の革手袋。
右の腰には、反りの強い細身の刀剣が一振り。
さすがに、丸裸で乗り込んでくるほど無防備ではないようだ。
「『言ったはずだよ、これはあいさつだ。今回の対戦相手への、私なりの礼儀。仕事は仕事。予告状通り、きっちりやらせてもらうさ』」
「あいさつなら、一度で結構です。お互い、すでに済ませているじゃないですか」
「『あはは、そうだったね――「お世話になっております、ワガハイさん」』」
エルマーさんの声で、ジフォンは吾輩の名前を呼んだ。
……すごいな。
敵ながら、素直に感嘆してしまう。
あそこまでやられては、そう簡単に変装を見抜くことはできない。
まったく、恐ろしい相手だ。
「『とはいえ、あれはあれだよ。私はまだ、この「私」自身として、君にあいさつをしていないからね。だからこれが、私と君の最初のあいさつ――ということにしようじゃないか』」
「あいさつにしては、ずいぶん大がかりですね。庭中の憲兵が、ぐっすり夢の中ですよ」
おまけに、敷地内に残っていた守護精霊の御使いまで、かなり深く眠ってしまっている。
「『彼らがいては、君と落ち着いて話もできない』」
「吾輩にご執心ですか? あの有名な怪盗ジフォンに気に入られたのなら、国境なき騎士団員として、身に余る光栄ですよ」
「『私にとってゴーストという種族は、少々厄介なんだよ』」
「そのようですね」
「『同時に、興味深い存在でもある。国境なき騎士団員なら、なおさらね』」
「厄介な相手には、あいさつなんてしない方が、仕事がやりやすいのでは?」
「『どうだろうね? しかし、君たちが最高の手札をそろえることを、私はじゃましないよ。むしろ、それを望んでいる。それでこそ対等、ゲームはフェアになる。目的のものを、ただ奪うだけなら、予告状など出しはしないさ』」
「盗賊であるあなたから、まさか『対等』や『フェア』という言葉を聞けるとは、笑えない冗談のようです」
「『価値観の齟齬だね。まぁ、私は彷徨える大罪人で、君は国境なき騎士団員。立場が違う。相容れないのは仕方のないことだよ』」
「その相容れない吾輩を、今回の件に巻き込んだのは、エルマーさんに成りすましていたあなたですよ?」
「『トゥエンティン大公の要望だったからね。あの時の私は、彼の忠実な「侍従官」。ただ、その命令に従ったまでさ』」
「エルマーさんに変装していたとはいえ、あなたが吾輩を見つける必要などなかったのでは? 閣下から指示を受けていたとしても『見つけられませんでした』と報告すれば済む話です」
「『他の侍従官や憲兵が見つけてしまうさ。ゴーストの旅人、ハーフエルフの少女、白い幼竜、その一行――君が思っている以上に、探すのは簡単だよ。どうせ関わってくるのなら、この手で招き入れたい。楽しいゲームの主催者としてね』」
「それでこそ、あなたの望む『対等』で『フェア』な勝負になると?」
「『その通り。わかってもらえてうれしいよ』」
「……なるほど、ずいぶん面倒な盗賊がいたものですね」
だが、どうやらクーリアが言っていたことは、あながち的外れでもなさそうだ。
ジフォンは、ある種の公平性に強いこだわりを持って、犯行に臨んでいると見ていい。
「『ということで、よろしく頼むよ、ゴーストの銅の騎士さん』」
ポーズを決めたジフォンが、もっともらしく頭を下げた。
真夜中に部屋のドアを叩いて、外に連れ出したあげく、城壁の上から『よろしく頼むよ』か。
迷惑な話だ。
しかし、ここまで来て『はい、そうですか』では終われない。
「下りてきてくださいよ。あらためて吾輩も、あなたにあいさつを伝えたいですから」
剣を抜く。
ここは裏庭。
憲兵の方々が倒れている場所を避ければ、十分に戦えるスペースがある。
「『おやおや。君のあいさつは、なかなかに手荒だね』」
「来ないのなら、こちらからうかがいますよ」
周囲を見渡す。
飛び込んできたのは、エルマーさんが監禁されていた納屋。
あれを足場に使えば、城壁の上まで跳べる。
予告時間を待つまでもない。
ここで捕らえる。
「『意外と好戦的なんだね。だけど、私と闘りたいなら、まずは「彼ら」を倒してもらわないと』」
彼ら?
ジフォンが、呪文を唱える。
「『〈意志なき動く影〉』」
すると、まるで飴細工の模様のように、白と紫が滑らかに混ざった、妙に幻想的な魔法幻兵が創り出された。
ざっと確認して、全部で十体か。
「あなたも好戦的じゃないですか。残念ですよ、無血盗賊と聞いていたのに」
「『大丈夫、危なくなったら止めるよ。私にとっては不本意な結末だけれど、まぁ、それも仕方がない。ただ、君がそれまでのゴーストだった――それだけの話さ』」
「今あなたが立っている場所同様、ずいぶんと上から物を言いますね」
「『当然だよ。これは、いわば品定めさ、君のね』」
品定め?
ジフォンは、吾輩の実力を試している?
「『私を捕まえたいのなら、その資格が君にあると、どうぞ私に示していただこう』」
舞台俳優よろしく、ジフォンが両腕を広げた。
「『行きなさい、我がしもべたちよ』」
主人の命に従い、魔法幻兵が動き出す。
「シィーッ、ファーッ」
「ファァァァァーッ」
「シィィィィィッ、ファーシィィィィィッ」
どちらかといえば女性的。
高く透き通った声で、ジフォンの魔法幻兵が鳴く。
「〈魔力充填・霊〉」
右手の剣に、霊気を込める。
いいだろう。
受けて立つよ、怪盗ジフォン。




