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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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055. 大盗賊、現る(2) ――最初のあいさつ――

「『高いところから失礼させてもらうよ』」


 筋肉質ではないが、体型は引き締まっている印象。

 性別、種族……いや、決め手がない。


 ひょうひょうとしながらも、どこか上品な立ち振る舞いで、謎の人影の正体――怪盗ジフォンは続ける。


「『一応は、君のことを警戒しているんだ。捕まりたくはない。牢獄ろうごくに入れられるのはごめんだからね』」

「……犯行には、まだ早いのでは?」


 会話に応じながら、その装備品を確認する。

 両腕には、魔宝石ジェムが輝く金属製の篭手こて

 それと、めずらしい紫色の革手袋。

 右の腰には、反りの強い細身の刀剣が一振り。

 さすがに、丸裸で乗り込んでくるほど無防備ではないようだ。


「『言ったはずだよ、これはあいさつだ。今回の対戦相手への、私なりの礼儀。仕事は仕事。予告状通り、きっちりやらせてもらうさ』」

「あいさつなら、一度で結構です。お互い、すでに済ませているじゃないですか」

「『あはは、そうだったね――「お世話になっております、ワガハイさん」』」


 エルマーさんの声で、ジフォンは吾輩の名前を呼んだ。


 ……すごいな。

 敵ながら、素直に感嘆かんたんしてしまう。

 あそこまでやられては、そう簡単に変装を見抜くことはできない。

 まったく、恐ろしい相手だ。


「『とはいえ、あれはあれだよ。私はまだ、この「私」自身として、君にあいさつをしていないからね。だからこれが、私と君の最初のあいさつ――ということにしようじゃないか』」

「あいさつにしては、ずいぶん大がかりですね。庭中の憲兵が、ぐっすり夢の中ですよ」


 おまけに、敷地内に残っていた守護精霊の御使いまで、かなり深く眠ってしまっている。


「『彼らがいては、君と落ち着いて話もできない』」

「吾輩にご執心しゅうしんですか? あの有名な怪盗ジフォンに気に入られたのなら、国境なき騎士団員として、身にあまる光栄ですよ」


「『私にとってゴーストという種族は、少々厄介なんだよ』」

「そのようですね」


「『同時に、興味深い存在でもある。国境なき騎士団員なら、なおさらね』」

「厄介な相手には、あいさつなんてしない方が、仕事がやりやすいのでは?」


「『どうだろうね? しかし、君たちが最高の手札をそろえることを、私はじゃましないよ。むしろ、それを望んでいる。それでこそ対等、ゲームはフェアになる。目的のものを、ただ奪うだけなら、予告状など出しはしないさ』」

「盗賊であるあなたから、まさか『対等』や『フェア』という言葉を聞けるとは、笑えない冗談のようです」


「『価値観の齟齬そごだね。まぁ、私は彷徨さまよえる大罪人で、君は国境なき騎士団員。立場が違う。相容あいいれないのは仕方のないことだよ』」

「その相容れない吾輩を、今回の件に巻き込んだのは、エルマーさんに成りすましていたあなたですよ?」


「『トゥエンティン大公の要望だったからね。あの時の私は、彼の忠実な「侍従官」。ただ、その命令に従ったまでさ』」

「エルマーさんに変装していたとはいえ、あなたが吾輩を見つける必要などなかったのでは? 閣下から指示を受けていたとしても『見つけられませんでした』と報告すれば済む話です」


「『他の侍従官や憲兵が見つけてしまうさ。ゴーストの旅人、ハーフエルフの少女、白い幼竜、その一行――君が思っている以上に、探すのは簡単だよ。どうせ関わってくるのなら、この手で招き入れたい。楽しいゲームの主催者しゅさいしゃとしてね』」

「それでこそ、あなたの望む『対等』で『フェア』な勝負になると?」


「『その通り。わかってもらえてうれしいよ』」

「……なるほど、ずいぶん面倒な盗賊がいたものですね」


 だが、どうやらクーリアが言っていたことは、あながち的外れでもなさそうだ。

 ジフォンは、ある種の公平性に強いこだわりを持って、犯行にのぞんでいると見ていい。


「『ということで、よろしく頼むよ、ゴーストの銅の騎士ブロンズナイトさん』」


 ポーズを決めたジフォンが、もっともらしく頭を下げた。


 真夜中に部屋のドアを叩いて、外に連れ出したあげく、城壁の上から『よろしく頼むよ』か。

 迷惑な話だ。


 しかし、ここまで来て『はい、そうですか』では終われない。


「下りてきてくださいよ。あらためて吾輩も、あなたにあいさつを伝えたいですから」


 剣を抜く。

 ここは裏庭。

 憲兵の方々が倒れている場所をければ、十分に戦えるスペースがある。


「『おやおや。君のあいさつは、なかなかに手荒てあらだね』」

「来ないのなら、こちらからうかがいますよ」

 

 周囲を見渡す。

 飛び込んできたのは、エルマーさんが監禁されていた納屋。

 あれを足場に使えば、城壁の上まで跳べる。


 予告時間を待つまでもない。

 ここでらえる。


「『意外と好戦的なんだね。だけど、私とりたいなら、まずは「彼ら」を倒してもらわないと』」


 彼ら?


 ジフォンが、呪文を唱える。


「『〈意志なき動く影ヴィド・ナ・リー・エド〉』」


 すると、まるで飴細工あめざいく模様もようのように、白と紫がなめらかに混ざった、妙に幻想的な魔法幻兵が創り出された。


 ざっと確認して、全部で十体か。


「あなたも好戦的じゃないですか。残念ですよ、無血盗賊と聞いていたのに」

「『大丈夫、危なくなったら止めるよ。私にとっては不本意な結末だけれど、まぁ、それも仕方がない。ただ、君がそれまでのゴーストだった――それだけの話さ』」


「今あなたが立っている場所同様、ずいぶんと上から物を言いますね」

「『当然だよ。これは、いわば品定めさ、君のね』」


 品定め?

 ジフォンは、吾輩の実力を試している?


「『私を捕まえたいのなら、その資格が君にあると、どうぞ私に示していただこう』」


 舞台俳優よろしく、ジフォンが両腕を広げた。


「『行きなさい、我がしもべたちよ』」


 主人のめいに従い、魔法幻兵が動き出す。


「シィーッ、ファーッ」

「ファァァァァーッ」

「シィィィィィッ、ファーシィィィィィッ」


 どちらかといえば女性的。

 高く透き通った声で、ジフォンの魔法幻兵が鳴く。


「〈魔力充填・霊マギド・レージ・ネヴィマ〉」


 右手の剣に、霊気を込める。


 いいだろう。

 受けて立つよ、怪盗ジフォン。

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