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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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051. 広く大きな展示室にて(15)

「よし。では君たちに、あらためて、このステレッサの粘土板についての解説を――」

「いや、いいですよ、トゥエンティンさま。もう『らうめん』の話は」

「そう言わずに、せっかくですから聞いてみましょうよ、クーリアさん――『らうめん』の話を」

「キューイ、キュイキュイ」

「……ら、らうめんの話じゃないぞ、君たち」


 あちらのにぎやかな声が、耳から遠くなっていく。


 ただでさえ、ここは広い空間だ。

 中央から離れれば、こちらの会話が届くことはないだろう。


「雰囲気から、パーティーの仲間ではないことは感じていたが、まさか、今日出会ったばかりの相手だとは、さすがに思っていなかった」


 室内を観察する素振りを保ちつつ、アスティニが口を開く。

 もちろん、ミロートさんのことだ。


「伝えていなかったことは謝るよ」

「責めているわけではない。ただ、この状況だ。驚いたのは確かだ」

「だよね」

「まずは、ここまでの経緯けいいを、私に教えてほしい」


 ベンデノフ王国に入るまでの道中、異様な獣の襲撃から、彼に助けられたこと。

 この城下町を訪れた後、思いがけず、ジフォンの一件に関わる流れになったこと。

 ミロートさんの腕を見込んで、吾輩から閣下に、警護要員として推薦すいせんしたこと。

 悩みながらも事情を理解し、閣下が受け入れてくれたこと。


 アスティニの求めに応じて、今にいたった過程かていを説明した。


「……なるほど」


 状況を整理するように、彼女は押し黙った。


 当たり前だが、いろいろな可能性が考えられる。

 安易あんいな判断を下しては、自分たちの首をめかねない。

 慎重になるのが道理だ。


 けれど吾輩には、確信に近いものがあった。


「大丈夫、ミロートさんはジフォンじゃないよ」

「……ずいぶん信頼しているんだな」


 アスティニは、いぶかしい表情をしていた。


に落ちない?」

「くり返しになるが、状況が状況だからな。疑わしさはぬぐえない」

「閣下にも話したけどね、もしも彼がジフォンなら、あまりにも行き当たりばったりなんだよ」


 吾輩がここに来ることになったのは、偶然に偶然が重なった結果に過ぎない。

 帰ったはずの猊下一行が、気まぐれで再び戻ってきたのと同じようなものだ。

 仮に、それを計画に入れていたと主張するなら、事実上ジフォンは、まったく何も考えていないに等しいことになるだろう。


「吾輩は今日一日、ずっとミロートさんといっしょだった。彼は、偽者のエルマーさんとも対面しているし、その場に吾輩もいた。変装したジフォンが、すでに城内へ侵入していたということが、ミロートさんの信頼性を高めているんだよ」

「しかし、先ほどの魔法幻兵の件もある。万が一、あなたの見た『最初のエルマー』がジフォンの創り出したしもべなら、すべての前提が崩れる」


「もしもジフォンの魔法技術が、驚くほど高度な領域まで達しているのなら、君の言うことを、吾輩は否定できない」

「そうだ。現に私たちは、猊下に首を落とされた魔法幻兵を確認している。あれは本当に、国教会の聖職者だと見間違う容姿をしていたぞ」


「でも、それなら吾輩たち全員の信用性が、一気に揺らぐことになるよ? 初対面の相手ではあったけれど、エルマーさんは、実在している一個人。これについてはオリップさんが、しっかり証言してくれている」

「……その点についてたずねたのは、しくもミロートだったがな」


 ジフォンの変装と、城内への侵入が明らかになった後、



『確認ですが「侍従官のエルマー」という男性は、確かに実在を?』

『ええ、間違いありません。私の部下で、優秀な若者です』



 ミロートさんが、オリップさんから言質げんちを引き出したんだ。


「気になる、アスティニ?」

「多少はな」


「『エルマー』という侍従官が、本当に存在しているのか――この点は、ぜったいに聞いておくべきことだよ。わかるよね?」

「ああ」


「彼はただ、押さえるべきを押さえたに過ぎない。君と同じように、彼もまた『わかっていた』というだけの話だよ」

「……続けてくれ」


 やや含みのある間があったけど、これは、誰が質問したかで答えが変わるものじゃない。

 彼女なら当然、そこは理解している。

 ミロートさんを怪しんでいるとしても、ここはスルーするしかないといったところか。


「吾輩が出会った偽物のエルマーさんが、ジフォン本人ではなく、ジフォンの創り出した特別な魔法幻兵だったとしよう。この仮定に立つと、あの大盗賊は、実在する人物を、ほとんど不自然さを感じさせないレベルで、いわば操り人形として生み出してしまっているということになる。これが事実なら、ミロートさんだけじゃない。吾輩も君も、彼と同じように疑わしくなる――そうだよね?」

「…………」


「偽物のエルマーさんと、吾輩は会話を交わしている。あいさつ程度のものじゃない。向こうは、ゲストを迎える侍従官ぜんとした誠実な態度で、吾輩に接してくれていたよ」

「それはジフォンが、呪言二重唱スペル・デュオ、あるいは他の手法によって、そうなるように魔法幻兵を――」


「もしも見た目を『整える』以上のことが、魔法幻兵を使ってできてしまうのなら、ジフォンの代名詞である変装すら、無用の長物ちょうぶつになってしまうんじゃないかな?」

「…………」


 反論は出てこない。

 アスティニは口をつぐんだ。

 吾輩の言葉を、自分なりに納得するための時間なのかもしれない。


「これから、ちょっとずるい言い方をするね」


 断りを入れつつ、彼女に伝える。


「吾輩の説明不足はあったけれど、冷静な君は、最初からミロートさんに対して、合理的な警戒心を持ち続けていた」


 これは、猊下に指摘された警備上の問題点を、ミロートさん本人が的確に論破した内容から明らかなことだ。


「だとすれば、もし彼がジフォンだとしても、吾輩たちで何とかできるってことだよね?」


 ミロートさんを出入り口に配置する。

 それ自体が、彼に対する吾輩たちからの牽制けんせい

 彼が不都合な相手だったとしても、それは、想定内のアクシデントに過ぎないんだ。


「そもそも彼がジフォンなら、猊下に対して、あそこまでの反論はしない」

「……あなたは、どうしてそこまで?」

「腕は保証するよ」

「それだけで?」

「ミロートさんは、きっと……何かを抱えている」


 おそらく彼は語らないし、吾輩も聞くつもりはない。

 力になりたいとか、助けたいとか言うのは、ちょっと違う。

 おこがましい。


 それでも――。


「今までに振るってきた剣とは別の剣を抜く機会が、今、あの人には必要なんじゃないかって、そう思うんだよ」

「……優しいな、あなたは」


 険しかったアスティニの表情に、そこで、穏やかな笑みが浮かぶ。


「悪いが、彼のことを完全に信頼することはできない。だが、彼を信頼するあなたのことを、私は信頼することにするよ」

「ありがとう、アスティニ」


 銀の騎士シルバーナイトの立場からすれば、吾輩は本当に、仕事のやりにくい銅の騎士ブロンズナイトだろう。

 それなのに彼女は、こうやって理解を示してくれる。

 考えてみれば、鉛の騎士レドナイト時代から、ずっと甘えっぱなしかもしれない。


「君はいつも、わがままな吾輩を、誰よりも強く信じてくれるよね。親しくなってから今日まで、少しも変わらずに」

「そ、そんなことは、あ、ああ、当たり前だ。こ、個人的な、その……お、おお、想いがあるからな」


「親友だからね、吾輩たち」

「うくっ……ま、まぁ今は、それでもいい」


「ん?」

「こ、こちらの話だっ」


 慌てたような、不満なような、さらには困ったような雰囲気を漂わせつつ、アスティニが続ける。


「も、もちろん、あなたへの信頼は、私の個人的な感情も理由になっている。しかし、それだけではない」


 彼女の顔が、また引き締まる。

 包み込むような温厚さを残しつつも、鋭い凛々しさが、確かに見て取れた。


「あなたがいなければ、私は『あの時』に、おそらく……折れるかちるかしていた」


 同時に、深い悲しみも、わずかに。


「私は、騎士としてのワガハイを、心から尊敬しているんだ。あなたは、真の騎士道を体現しようとしている。時代も国境も関係ない。あなたの心には、この世界に生きる命として何よりも大切なものが、確かに宿っている」

「大げさだよ、アスティニ。吾輩は、そんな――」

「たとえすべてが間違っていたとしても、ワガハイだけは正しい道を進むだろうと、私には思えるんだ」


 ここまで、周囲をチェックする素振りに、手を抜いてはいない。

 しかし不意に、吾輩は歩みを止めてしまった。


 あまりにも真っ直ぐな言葉。


 うそじゃないことが伝わるからこそ、どう返したらいいのか、全然わからなくなる。


 彼女からの評価に見合うようなゴーストなのか、はっきり言って自信はない。

 だから正直、素直に受け入れることは難しい。


 だけど今、疑問の余地なく、堂々と口にできることが一つだけある。


「君に出会えてよかったよ、アスティニ」


 大切な親友への、偽りのない純粋な気持ちだ。


「私もだ、ワガハイ」


 彼女もそうであることが、とてもうれしい。


 心が、じんわり温かい。

 互いに笑顔になっているこの時間が、何だかとても尊いものに感じられた。

 ジフォンによる襲撃前夜、そんなことを思うのは、ちょっと不謹慎ふきんしんかもしれないけどね。


 さて。

 吾輩の落ち度が原因ながら、これで一応、ミロートさんの件は解決。


 どちらからというわけでもない。

 みんなのいる展示室の中央へ、ゆっくりと二人で歩いていく。


「しかし、警戒をおこたるなよ、ワガハイ」


 アスティニが、声を潜めて告げてくる。


「彼は、警備における各自の配置だけで、私の意図を、すべて正確に把握していたことになる。ただの旅人とは、到底思えない」

「……わかっているよ」


 それ以上、彼女は何も言ってこなかった。

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