050. 広く大きな展示室にて(14)
「では皆さん、お暇いたしましょう」
ハウリアドさまの号令に、聖職者一同が動き出す。
「……あっ、最後に一つ。私なりに考えてみたんです、例の魔法幻兵の件」
名残惜しそうなヤヌテさまをそのままに、猊下が振り返る。
「私たちは今日、閣下との会合を、前もって予定していました。ですが、日が落ちてからこちらに戻ってきたのは、まったくもって、私たちの気まぐれです」
だから大公は、立場上、適当にはあしらえないハウリアドさまに、相当な気苦労を感じていたわけだ。
「本日、私たちと閣下がテーブルを挟むことについて、ジフォンには当然、おおよその時間を含めて、すべて筒抜けだったと推測されます。かの有名な大盗賊が、すでに城内へ侵入していたことを考えれば、その辺り、手落ちなく調査しているはずですからね」
あの怪盗が、いつから南ベンデノフ城に入り込んでいたのか、正確には特定できない。
だが、侍従官であるエルマーさんに変装していたことを踏まえれば、大公のスケジュールを把握する程度、きっと造作もないことだろう。
「私たちが城を訪れることを知ったジフォンですが、当初は特に、私たちを重要視していなかったと思います。なぜなら、予定されていた会合が済み次第、まだ日のあるうちに帰るだろうと考えるのが、常識的な結論になりますからね」
明日の夜、この城の敷地内にいない相手を意識する必要は、確かにジフォンにはない。
「しかしながら、何も知らない私たちは、何の因果か戻ってきてしまった。ジフォンは焦ったのではないでしょうか? もしも私たちが長居をするような事態になれば、寝耳に水もいいところです。これでも一応、私はベンデノフ国教会の教長。あちらからすれば、きっと厄介な聖職者に見えるはずですからね」
予定外の来訪者。
しかもそれが、国内最高位聖職者と、その一行となれば、あの大盗賊も、さすがに気になるということか。
「先ほどの魔法幻兵は、私の力量を探るために、ジフォンが紛れ込ませたのではないでしょうか?」
「なるほど。猊下が、目的達成のための障害になるかどうかを、やつなりに確かめようと……」
ハウリアドさまの推理に、アスティニが納得する。
だとすると、その存在を見抜き、手際よく排除した猊下を、ジフォンは脅威と判断したことだろう。
「大事なのは、ここからです。思うにジフォンは、状況に応じて、的確に行動を変えているのではないでしょうか?」
「あ、あのぉ、猊下……宿に行くなら、そろそろ」
話が長くなっているハウリアドさまに、ヤヌテさまは帰るに帰れない様子。
気持ちは察するが、ここで帰られては、こちらが困ってしまう。
ジフォンの件にはまったく興味がないとしても、もうしばらくは我慢してもらいたい。
「相手は、予告状を出す怪盗。断るまでもなく、事前に詳細な犯行プランを練っていることでしょう。ですが、私たちの気まぐれに合わせて、魔法幻兵を仕掛けてくる柔軟さもある。見ているんですよ、常に。刻々と移りゆく状況の変化を」
あの納屋で、本物のエルマーさんを発見した時に感じた冷たい気配を、吾輩は思い返していた。
「ジフォンが今日まで捕まらず、大盗賊として名を轟かせている最大の要因は、もしかしたら、その臨機応変な態度にあるのかもしれません」
それは、身体能力よりも、魔法技術よりも――と、猊下は締めくくった。
「どうか、ご参考までに」
ほほえんで、ハウリアドさまが背中を向ける。
待ちくたびれたようなヤヌテさまと共に、出入り口付近にたたずんでいる聖職者一行のもとへ。
再びこちらを振り返り、猊下は軽く頭を下げた。
今回は謝罪ではなく、単純なあいさつとしてのもののようだ。
「もしもよろしければ、事の顛末を知らせに『私たちの里』までいらしてください。近々、ユルルングル教の祭事が行われます。皆さんには堅苦しい儀式もありますが、ささやかな宴も用意させていただきます。お待ちしていますよ――お願いしますね、閣下」
そう言い残してハウリアドさまは、他の聖職者の方々を連れて、この展示室から去っていく。
「おい、お送りしろ」
閣下の指示に、オリップさんとエルマーさんが駆け出した。
「お待ちください」
「正門まで、案内させていただきます」
慌てて先導をする、侍従長と侍従官。
現状の客人としては、なかなかに手強かった国教会の皆さん。
しかしこれで、本当に帰ってくれたみたいだ。
「…………はぁ、疲れた」
猊下たちの姿が見えなくなったからか、トゥエンティンさまは、大きなため息を吐いた。
「と、途中から私、すごく緊張しちゃいましたよ」
口をつぐんでいたクーリアも、ホッとしたように応じる。
「ハウリアドさまが、厳しい表情でミロートさんを責めてたから……」
「キュイ」
肯定するようなキューイ。
彼も、場の空気が鋭くなったことを感じていたらしい。
「何にせよ、帰ってくれて助かった。明日の夜までいるなんて言われたら、たまったものじゃないからな」
一番面倒な事態だけは避けられた――と、閣下。
「でも、皆さん頭がよすぎません? アスティニさんも、ミロートさんも、ハウリアドさまも、いろいろなことを考えてて」
「まったくだ。細かい部分は、正直よくわからなかったが、さまざま想定してくれていることだけは、よくわかった。やはり、任せるべき者に任せるのが最適ということだな」
クーリアの感想に、トゥエンティンさまが同意した。
「や、やめてくださいよ、クーリアさん。アスティニさんや猊下はとにかく、僕は、彼女が銀の騎士として、まったく間違ってないということを説明しただけですから」
「頭のいいアスティニさんの頭の中を説明できるだけで、ミロートさんは頭がいいんですよ」
「キュイ、キュイ」
「いやいや、本当にそんな……」
吾輩のパーティーメンバーに賞賛され、ミロートさんは、どこか居心地が悪そうだ。
「すごいですよ、ミロートさん」
「キュイキュイ、キューイ」
「ああ、猊下も認めたようだしな」
「か、勘弁してくださいよ」
大公まで加わって、ミロートさんは完全に困り顔だった。
そんな彼を、静かに見つめるアスティニ。
誰にも気づかれないように、彼女は吾輩に、指で合図をした。
「閣下」
「おおアスティニ、何だ?」
「確認のために、この展示室を、ワガハイと一周させていただきます」
「ああ、構わない。よろしく頼むぞ」
許可を得たアスティニが、壁際に向けて、ゆっくりと歩き出す。
吾輩も、それに続いた。




