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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
265/282

049. 広く大きな展示室にて(13)

「ということなんですが猊下げいか、今度こそ、ご納得いただけましたか?」


 ここまでをまとめるように、ミロートさんが、ハウリアドさまに尋ねた。


 数秒間、固まったみたいに動かなかった猊下だが、


「はい、よくわかりました」


 突然、にこやかな顔になる。


「そしてミロートさん、どうか無礼をお許しください」


 今までの表情が、まるで仮面を着けていたかのようだ。


「実は、皆さんを少し試させていただいたのです」


 緊張感のあった空気が、ゆっくりと和んでいく。


「結果的に、あなたを責めるような形になってしまいました。申し訳ありません、ミロートさん」


 猊下が、静かに頭を下げる。


 その行いに、後方の聖職者たちは動揺を見せていた。

 ベンデノフ国教会のトップという立場を考えると、あの方が一介いっかいの旅人に謝罪の礼を尽くすなんて、そうそうあり得ないことなんだろう。

 関係者からすれば、受け入れがたい行動なのかもしれない。


「や、やめてください、そんな……」


 いきなりの展開に、ここまで冷静だったミロートさんも困惑の様子。


 けれど吾輩には、それが猊下の、人間的な誠実さを表しているように感じられた。


「私は、ただの聖職者。この国の騎士、憲兵、ましてや国境なき騎士団員でもありません。その手のことは、当然ながら素人。口を出せるような能力も権限も、まったく持ち合わせていないのです」


 ハウリアドさまは、ミロートさんだけでなく、吾輩たち全体に語りかけていた。


「一方で私には、国教会の長という肩書きが与えられています。我々が尊崇そんすうする気高き精霊獣は、このベンデノフの守護者。国と民を守る存在です。私は、その御柱みはしらに仕える身。国と民を守るという使命感は、私にも、強く強くあるのですよ」


 穏やかな猊下の瞳には、国内最高位聖職者としての決意――いや、もっと素直で純粋な感情の輝きが宿っているように、吾輩には思えた。


彷徨さまよえる大罪人とはいえ、たった一人の盗賊に、この国を大きく乱すことは、さすがにできないでしょう。しかしながら、我が物顔で闊歩かっぽされては、もちろん気分はよくありません。たとえ狙われている品が、閣下の私的なコレクションであっても」


 ハウリアドさまが、ステレッサの粘土板を一瞥いちべつする。


「先ほどの魔法幻兵の件、私はジフォンの名前を聞いて、あの大盗賊からの挑戦だと理解しました。ですから、がらにもなく興奮してしまったのです。相手にその気があるのなら、こちらも、堂々と受けて立とうと」


 自らがひきいる教団メンバーの中に、向こう側のしもべが入り込んでいたんだ。

 高位の聖職者とはいえ、頭に来ても仕方がないだろう。


「そのため、つい『お力になれる』などと、うぬぼれたことを口にしてしまいました。重ねて、申し訳ありません」


 恥ずかしそうに、猊下が笑った。


「アスティニさん。あなたのおっしゃるように、少数精鋭で挑むというのは、非常に合理的だと思います。門外漢もんがいかんの私が指摘できるような問題点は、すべてクリアしているようです。いやぁ、安心しました」

「……では猊下は、今回の警備の有効性を確かめるために、あえて?」


 アスティニの問いに、小さくうなずいたハウリアドさま。


「素人の浅知恵でしたね。私のような部外者がいては、皆さんの足を引っ張ることになりかねません。今夜は用意していただいた町の宿に泊まり、明日の朝、南ベンデノフを出ようと思います」

「んんっ、げ、猊下!?」


 ここまでの空気にのまれて、しばらくは黙っていたヤヌテさま。

 しかしここで、慌てたように声を上げた。


「みょ、明朝みょうちょう、もう一度こちらにおじゃまするというのはどうでしょう? 焦ることはありません。そして、あらためて閣下とのお話を――」

「文字通り『おじゃま』になりますから、今回は、これで帰ることにしましょう」


「い、いや……ですが猊下、私たちには、もう時間がないのです」

「すでに今日、閣下には場をもうけていただきました。これ以上、駄々だだをこねて困らせるわけにはいきません」


「し、しかし……よろしいのですか?」

「この国がどのような道を進むにせよ、聖職者である我々がすべきことは変わりません。慈愛あふれる御柱に、ただひたすら、誠実に仕えるのみ」


「失礼ながら、このままでは、いずれ、その御柱が――」

「それがベンデノフの選ぶ未来であるのなら、それでも構わないと、私は思っています」


「……猊下、それはさすがに」

「おっと、口が過ぎましたかね? 本音を偽るつもりはありませんが、まぁ、今のは忘れてください。私の考えを、よく思わない方も少なくないことは、十分に承知していますから」


 ハウリアドさまの言葉に、ヤヌテさまは沈黙した。


さいは投げられたのです。私たちにも、その原因の一端がある。泣きついたところで、どうにかできる話ではないでしょう」


 副教長をはじめとする聖職者たちへ伝えているような猊下だが、


「国家とは、そういうものですよね、閣下?」


 最後は、トゥエンティンさまに視線を向けていた。


「…………」


 大公は、無言を貫いた。


「では、よろしいですね?」

「……わ、わかりました」


 猊下の問いかけに、ヤヌテさまは、不本意そうに答えていた。

 後ろ髪を引かれるような思いが、どうしてもぬぐえないんだろう。


 想像するに、例の『王国中央と国教会の間の何か』に関する会話だったことは間違いない。


 ただ、もちろん詳細は不明。


 何やら、ずいぶん複雑な問題をはらんでいそうな雰囲気だったけど……。

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