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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
262/278

046. 広く大きな展示室にて(10)

 展示室、出入り口付近。


 誘われるように視線を向けると、そこにはいつの間にか、ユルルングル教、聖職者一行の姿が。

 

 集団の先頭には、教長であるハウリアドさま。


 猊下げいかに立ちはだかるようにして、オリップさんが腕を伸ばしていた。


「ど、どうか、お待ちくださ――」

「すみません、お取り込み中に」


 困惑しているオリップさんとは対照的に、猊下は実に自然体だ。


「侍従長と侍従官のお二人に、いろいろと案内していただいたのですが、ここはまだ見ていなかったもので」


 にっこり笑う猊下の後方。

 エルマーさんが『時間稼ぎができず、申し訳ありません』と言いたそうな雰囲気で、頭を下げていた。


「くっ、もう来てしまったか」


 トゥエンティンさまが苦い顔になる。

 ジフォンだったり猊下だったり、この方も大変だな。


「いやはや閣下、まったくもって素晴らしいコレクションでしたよ」


 今度は、副教長のヤヌテさま。

 そうだ、あの方もいるんだった。


「おやおや。ここはまた、他にも増して目を引く品がたくさん。ぜひとも閣下自ら、猊下に解説していただけるとありがたいですね」


 ヤヌテさまは、どうにかして大公と接触したい様子。

 展示物を種にして、例の『王国中央と国教会の間の何か』について話をしたいんだろう。


「さぁさぁ猊下、さっそく閣下の説明を受けながら――」

「実は、外でちらっと聞こえてしまったんですよね、ジフォンの件」

「そうそう、ジフォンの……えっ、猊下?」


 そんなことはどうでもいいんですよ――と言わんばかりの、ヤヌテさまの表情。


 だが、お構いなしに、ハウリアドさまは続ける。


「変装の達人であるジフォンには、少数精鋭で挑む――合理的な作戦だと思います」


 一歩一歩、前進してくる猊下。

 止めようとしていたオリップさんも、力ずくというわけにはいかない。

 ヤヌテさまをはじめとする聖職者たちから離れ、こちらに近づいてくる。


「しかしそれは、その作戦に関わる皆さんが、互いに信頼できることを前提にしていますよね?」


 どうやら猊下は、対ジフォンの警備案について語っているようだ。


「万が一、あなた方の中にジフォンがいたら、どうするおつもりですか?」


 立ち止まったハウリアドさまは、キューイを含む吾輩たち六名を見渡すようにして、そう言った。


「それが、ジフォンのお目当てなんですよね?」


 猊下が、ステレッサの粘土板を示した。

 となりには、あの予告状が、これ見よがしに置いてある。

 察しのいい人物なら、聞くまでもなく理解するだろう。


「獲物と、皆さんだけの空間――あの大盗賊にしてみれば、ずいぶんなお膳立ぜんだてになるのではありませんかね?」


 柔和な態度ながら、どことなく挑発的。

 だけど、鋭い指摘だ。

 吾輩たちの中にジフォンがまぎんでいれば、作戦の根本が揺らいでしまう。


「そ、そうなのか?」

「わ、私に言われたって、よくわかりませんよ」


 尋ねる大公と、答えるクーリア。

 二人とも、不安そうな表情だ。


「いかがです?」


 誰とは指名しない猊下だったが、その問いは、銀の騎士シルバーナイトであるアスティニに投げられていた。


 矛先ほこさきを向けられた当の本人は、特に取り乱す様子もない。

 ただ、いぶかしそうな目で、ハウリアドさまを見つめていた。


 アスティニの言葉を待つような空気が、この場に漂う。


 しかし意外なことに、口を開いたのは別の人物だった。


「問題ないと思いますよ」


 ミロートさんだ。


「そもそもアスティニさんは、猊下が指摘されたような点を考慮こうりょして、警備の配置を決めているはずですし」


 予想していた相手ではなかったからか、ハウリアドさまの反応がおくれる。


「……どういうことでしょう?」

「結果的に、クーリアさん、キューイくん、閣下の三名が加わることになりましたが、当初はワガハイさん、アスティニさん、僕の三人のみで、ジフォンを迎え撃つ計画でした。だから、特に重要なのは、僕たち三人ということになります」

「なるほど、続けてください」


「この粘土板を、もっとも近くで守るのが、ワガハイさんとアスティニさんの二人。僕は、猊下が今入ってこられた出入り口を担当します」

「狙われている品と、ここへの侵入経路を守るわけですね?」


「仮に、僕がジフォンだとしましょう」

「おや、大胆な仮定ですね」


「出入り口を守る役目を与えられている僕は、三人の中で、ターゲットと一番離れた場所に立ちます。もしも僕が不自然に動き出し、その粘土板に接近するようなことがあれば、素早く二人が対処するでしょう。数の上では二対一。守る側に不利はありません」

「そうですね」

「今度は、ワガハイさんがジフォンだった場合」


 その可能性は、かなり低いですけどね――と、ミロートさん。


「ここで大事なのは、ターゲットの近くに、二人配置しているということです。仮に、もっとも近い場所に当てる人物を一人とするなら、猊下の指摘は正しい。たとえばアスティニさんを、出入り口の反対側の壁に立たせててみましょう」

「はい」


「ジフォンであるワガハイさんが、台座の粘土板に手を伸ばす。僕とアスティニさんがそれに気づけたとしても、出入り口と後方の壁からでは、一定の距離があります。わずかなタイムラグですが、あの大盗賊には、それで十分でしょう。あわれ閣下のコレクションは、ジフォンのものになってしまいます」

「そ、それは困るぞ」

「大丈夫です。僕は、そうならないという話をしているんですから」


 さらに不安の色を濃くしたトゥエンティンさまを気遣いつつ、ミロートさんは説明を進める。


「ワガハイさんがジフォンだとしても、明日の夜は、となりにアスティニさんがいます。妙な動きを見せれば、閣下のコレクションが奪われるよりも前に、彼女の剣が抜かれると思いますよ。当然、これが逆でも同じことです。一瞬でもジフォンのテンポを遅らせることができれば、出入り口にいる僕も、素早くここまで来られるでしょう」

「要は、あなた方の配置が、ある種の三すくみになっていると、そういうことですね?」

「はい、その通りです。あくまで、僕なりの推測ですけどね」


 ミロートさんがジフォンなら、吾輩とアスティニが。

 吾輩、またはアスティニがジフォンなら、ジフォンではない一方とミロートさんが。


 つまり、この三人の中にジフォンがいたとしても、十分に機能する作戦だということなんだ。

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