045. 広く大きな展示室にて(9)
「はい、アスティニさん」
「ん、何だ?」
急に、クーリアが手を上げた。
「アスティニさんの考えは、よーくわかりました」
「そうか」
「でも、私が計画に入っていません――あと、キューイも」
「キュイ」
「…………あなたたちは、待機だ」
「えぇーっ」
「キュイーッ」
戦力として見られていなかったことに、吾輩のパーティーメンバーが不満を漏らした。
「あ、遊びじゃないんだ。少数精鋭でやると、そう言っただろう?」
「アスティニさん。私がただ、ワガハイくんにくっついてるだけのハーフエルフだと思ってませんか? 私、ワガハイくんと出会うまでは、一人で旅をしてましたから。自分のことは、自分で守ってきましたから」
クーリアは引き下がらない。
「ワガハイくんと組んでいるのに、こういうとき、力になれないのは嫌なんです。足手まといにはなりません。だから私も、作戦に加えてください」
「し、しかし……」
真剣な眼差しに、アスティニの言葉が詰まった。
「キュイ、キューイ、キュイキュイ」
キューイも、何か役に立ちたいんだろう。
翼を広げながら、懸命にアピールしている。
「……ワガハイ、あなたから伝えてくれ。相手は彷徨える大罪人。怪盗ジフォンは無血盗賊だが、危険なことに変わりはな――」
「この流れで、ちょっと相談なんだが」
やや控えめに、今度はトゥエンティンさまが手を上げた。
「俺も、その……あ、明日の夜、ここでジフォンを待っていても、いいだろうか、なぁーんて?」
「はぁ!?」
あまりに予想外だったのか、アスティニが大きく口を開ける。
「き、気は確かですか、閣下? 繰り返しますが、これは遊びではないんです。私の計画、その意味は理解されましたよね? 自分は素人だと、全面的に任せると、今、その口でおっしゃったことを、もうお忘れですか?」
「わ、わわ、わかっているさ」
責め立てるような問いかけに、たじろいでしまう大公。
「いいえ、わかっていません。閣下の身の安全は保障できませんし、何より、ステレッサの粘土板を奪われる可能性が高まります」
「お、俺は、粘土板に近づかない。ずっと部屋の隅にいる。じゃまになるようなことは、決してしない。も、もし、俺が変な動きを見せたなら、すぐ追い出してくれて構わない。だ、だから、どうか頼むよ」
動揺しながらも、必死で懇願する大公。
理由は考えるまでもない。
大好きな(?)ジフォンを、間近で、一目でも見たい――ということなんだろう。
ここまで来ると、もはや尊敬してしまう。
その熱意は、間違いなく本物だった。
「まったく、どうして、こう……」
つぶやいたアスティニが、困ったように視線を向けてきた。
吾輩に意見を求めているようだ。
「じゃあ、こういうのはどうだろう?」
さらに彼女を困らせてしまうかもしれないけど、自分なりの考えを口にしてみる。
「どうしてもと言うなら、閣下には、この部屋を壁沿いに歩き続けてもらいます」
「お、おお。よくわからないが、それでいいなら、歩くくらい、朝日が昇るまでやってやるぞ」
チャンスとばかりに、トゥエンティンさまが食いついてくる。
明日の夜、この場にいられるなら、どんなことでも飲んでくれそうな勢いだ。
「クーリアには、閣下に付き添いながら、その警護をしてもらいたい。もしもの時、閣下を守れるようにね」
「てことは、私もトゥエンティンさまと同じように、部屋を壁沿いに歩き回るってこと?」
「うん」
「やる! やるよ、それ」
クーリアも力強く受け入れた。
「キューイには、少し高い位置から、この部屋全体の監視を頼みたいな。異変を感じたら、すぐに知らせてほしい」
「キュイ!」
まるで敬礼をするように、キューイが腕を上げた。
「お、おい、ワガハイ。私は、あくまで――」
「アスティニの立てた作戦は、間違いなくジフォンに有効だと思う」
反論したそうな彼女を制して、吾輩は話を進める。
「ターゲットと出入り口――重要な部分は、確かに完璧に押さえられる配置だ。だけど、少し局所的じゃないかな? 全体を把握できるような視点がないんだ」
吾輩とアスティニは、ステレッサの粘土板。
ミロートさんは出入り口。
絶対に外せない部分だからこそ、どうしても『それ』に集中せざるを得ない。
もちろん周囲にも気を配るが、万全な対応をするのは難しいかもしれない。
そこで、クーリアとキューイの登場だ。
この展示室は、非常に大きな空間。
クーリアには歩き回りながら、キューイには高いところから、広く全体に注意を向けてもらう。
そうすれば、吾輩たちだけでは反応が遅れてしまうかもしれない出来事にも、素早く対処できるはずだ。
閣下のファン魂(?)には、正直あきれてしまうけど、強引に排除して想定外の行動をされるくらいなら、この場にいてもらった方がいい。
クーリアがとなりにいれば、最低限の身の安全は確保できるだろうし、問題ないはずだ。
「……言いたいことはわかる」
さすがはアスティニ。
吾輩の意図は、もう伝わったみたいだ。
「しかしワガハイ、この場にいる者の数を増やすのは、やはり危険だ」
それでも彼女は、人員を増やすことのリスクを主張した。
「変装、だよね?」
「ああ」
「考えてみたんだ。どうしてジフォンは、エルマーさんになりすましていたのかを」
「当然、それは下見のためだろう。城の関係者に変装すれば、自由に周囲を探ることができる」
「じゃあ、なぜジフォンは、エルマーさんに化けていたことを、吾輩たちに明かしてしまったんだろう?」
「あなたともあろう騎士が、らしくないぞ、ワガハイ。私たちは偶然、あの場に監禁されていた彼を見つけ、その結果、ジフォンが変装していたことを知ったんだ。やつにしてみれば、あれは望まないハプニングだったはず」
「いや、違うよ、アスティニ」
「……違う?」
「エルマーさんが監禁されていたのは、裏門近くの納屋だ。あそこには、ここで働く庭師の皆さんが使う農具などが保管されていた」
「そうだったな」
「確かに、監禁されたエルマーさんを、今夜の時点で発見したことは偶然かもしれない。だけど、明日の朝になれば?」
「そうか! 庭師の者が、納屋を訪れる可能性が高い」
「うん。今夜のことがなくても、吾輩たちは明日の朝、エルマーさんが偽者だったと知るはずなんだ」
「つまりジフォンは、なりすましの事実、その表面化を、あらかじめ計画の中に入れていたと……」
理解したらしいアスティニが、小さく息を吐いた。
「では、どうしてジフォンは、変装がばれてしまうようなことを?」
当然の疑問に、吾輩なりの答えを伝える。
「あくまで想像だけど、こちらを疑心暗鬼にさせるためじゃないかな?」
なりすましの事実を吾輩たちが知れば、誰もが仲間を信用できなくなる。
右も左も怪しく思えてくる。
仕方のないことだ。
「そうなれば、君の立てた作戦のように、警備に当てる数を少なくしたくなる。でも、やっぱりジフォンにしてみれば、ターゲットを守る者、自分を捕まえにくる相手が多ければ多いほど厄介なはずなんだ」
「だとすればジフォンは、警備の数を減らすために、あえて変装が見抜かれるようなことを?」
「おそらく」
「……私は、やつの策略に乗せられたというわけか」
自分を責めるようなアスティニ。
だけど、それは違う。
「バランスの問題だよ、アスティニ。対ジフォンには少数精鋭、これは間違ってないと思う。大事なのは、その『少数』の中で、最大の人員を最前線に置くことなんじゃないかな?」
固めるべきところを固め、その上で全体を把握する。
閣下はとにかくとしても、クーリアとキューイを加えれば、現状における『最大の少数』になるはずだ。
「……わかった。ワガハイの案を受け入れよう」
アスティニの言葉に、クーリア、キューイ、大公の表情が明るくなった。
「ありがとう、アスティニ。銀の騎士としては難しい判断を、冷静に下してくれてたこと、本当に感謝するよ」
「いや、礼を言うのは私の方だ、ワガハイ。あなたが、ここにいてくれてよかった。私だけでは、やはり見えないものがある」
この場において、吾輩たちはチームだ。
もしも足りない部分があるのなら、互いに補い合えばいい。
「大丈夫。ジフォンに、吾輩たちは負けないよ」
「ああ、その通りだ」
アスティニは、ほほえみながらうなずいた。
すると、
「こ、困りますよ、猊下!?」
慌てたような声が、外から聞こえてきた。




