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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
260/278

044. 広く大きな展示室にて(8)

「細かい内容はよくわからなかったけど」


 と、クーリア。


「ワガハイくんは、ジフォンの正体を、いろいろ推理しているってことだよね?」


 アスティニとの会話を聞いていたらしい彼女に、それとなく尋ねてみる。


「ねぇ、クーリア」

「ん?」


「ジフォンは、自分が悪であることを理解している――君は、そう言ったね?」

「う、うん。私なりに考えて、だけど」


「それをわかった上で、それでも成しげたい何かがあるとも」

「……うん」


 もしも、あの怪盗が、クーリアの想像するような相手だとしたら――。


「ジフォンの名前が知られるようになって、約十年。そのうちの二年、深い外傷により、表舞台から姿を消している。それでも彼、あるいは彼女は、一年ほど前から犯行を再開した。命をも落としかねなかった経験の先で、また」


 十年間という月日は、おおよそ、吾輩が確かな記憶を持っている期間と等しい。

 言うなれば、吾輩の人生のすべて――みたいなもの。

 短い歳月だとは思えない。

 しかもジフォンは、瀕死のダメージから回復し、再び戻ってきたんだ。


 だから考えてしまう。


 「十年もの間、自分の罪を認めながら、怪盗であり続ける理由って、いったい何なんだろうね……」


 クーリアにではなく、それは自分へ問いかけだった。


「想像してわかるものではないと、私は思う」


 思いにふける吾輩を、アスティ二が気遣ってくれる。


「敵を知ろうとすることは大切だ。しかし、ジフォンは盗賊。何より、彷徨さまよえる大罪人。あなたとは違う」

「……わかってる」

「それでも知りたければ、直接、その疑問を突きつければいい。明日、ジフォン本人を捕まえてな」


 直接、本人に――か。


「もしもそうなったら、俺のステレッサの粘土板が、ジフォンの狙った最後の品になるわけだ」


 悪くない、はくが付くぞ――と、閣下。


「いいんですか、トゥエンティンさま。大好きなジフォンが捕まっちゃいますよ?」

「それはそれ、これはこれだ」

「……やっぱり好きなんじゃないですか、ジフォンのこと」


 相変わらずの大公に、クーリアはあきれ顔だった。


「なるほど。ステレッサの粘土板を守るということは、ひょっとすると僕たちが、ジフォンを捕まえることになるかもしれないんですね」


 単純な話のようだけど、相手は彷徨える大罪人。

 達成できたなら、間違いなく快挙かいきょだ。

 ミロートさんは、少し興奮していた。


「もちろん、ジフォンは必ず捕まえる。やつの犯行も、この南ベンデノフで終わりだ」


 アスティニが宣言する。

 冷静な口調ながら、強い決意が感じられた。


「でも、具体的にどうするんですか?」


 と、クーリア。


 当然の質問だ。

 敵は怪盗ジフォン。

 行き当たりばったり、というわけにはいかない。


「ワガハイ」


 アスティニが呼びかけてきた。


「あなたと私で、この粘土板を、もっとも近い距離で監視しようと思う。単純だが、ジフォンに手を出すすきを与えないことが一番有効だと考えるが、どうだ?」

銀の騎士シルバーナイトである君に従うよ」


 向こうの出方がわからない以上、ターゲットから離れるわけにはいかない。

 吾輩に異論はなかった。


「ミロートには、この部屋の入り口付近を守ってもらいたい。侵入経路をふさぐのは、一つのセオリーだ。ワガハイが認めた剣士なら、信頼して任せられる」

「わかりました」


 アスティニの指示に、ミロートさんがうなずいた。


 この展示空間に、出入り口は一カ所だけ。

 あそこを押さえておけば、とりあえずは安心だろう。


「予告状を見てくれ」


 アスティニが、吾輩たちをうながす。


「『日が沈み、次の夜へところもを変える前の闇』とある。『日が沈み』は、そのまま日没後を意味する。『次の夜へと衣を変える』とは、日付が変わる時、すなわち午前零時ごぜんれいじを指すと考えられる」


 時間による区切りが、一つの夜を二つに――つまり、昨日と今日の夜、または今日と明日の夜に分けてしまうということか。


「その『前の闇』だから、やつは明日が終わろうとする深夜、この粘土板を奪いにくるはずだ。そこを、私たちで迎え撃つ」


 抽象的な文章も、アスティニの解釈を聞くと、明確な意味が見えてくる。

 十分に納得できる内容だし、おそらく間違いないだろう。


「明日は長い夜になる。覚悟しておいてほしい」


 吾輩とミロートさんを鼓舞こぶするように、アスティニが言った。


「城の敷地内には、現在も多くの憲兵が配置されている。この状態は維持してもらうが、王弟大公博物館トゥエンティンミュージアムの中に、彼らは立ち入らせない。対応するのは、あくまで私たちだけだ」

「け、憲兵の皆さんを、ここの警備に回さないんですか!?」


 アスティニの語る計画に、クーリアが驚く。


「それは、さすがにまずくないですか? 相手は、あの怪盗ジフォン。いくらワガハイくんやミロートさんが強い剣士だとしても、やっぱり味方は多い方が……」


 もっともな意見だが、


「逆だ、クーリア」


 アスティニは否定する。


「ジフォンを相手にすることの意味を、もう一度よく考えてみるんだ。私たちは、すでに一杯食わされている」

「すでに? …………あっ、変装!」

「その通り」


 理解した様子のクーリアに、アスティニが続ける。


「この場の人員を増やせば、やつがなりすましているかもしれない人物を、不用意に、ステレッサの粘土板へ近づけてしまう可能性がある。だから少数精鋭しょうすうせいえい。明日の夜、この建物の中にいる者の数は、極力少ない方がいいんだ」

「た、確かに……またエルマーさんの出来事みたいになっちゃったら、すごく困りますもんね」


 実際に経験しているからか、クーリアは深く納得していた。


「閣下には、すべて受け入れてもらっている。もちろん私の考えを、しっかり把握してもらった上で」

銀の騎士シルバーナイトの意見に、素人の俺が文句を言ったって、どうせ、ろくなことにならないからな」


 トゥエンティンさまが会話に加わる。


「外の憲兵は増やしたが、それ以上、俺にできることはない。全面的に任せるだけだ」


 だからアスティニは、エルマーさんの一件で取り乱したオリップさんに対して、特別な警備は必要ないと伝えたんだな。



『今まで通りの対応を続けていれば、それで構いません』



 下手に憲兵を動かせば、かえってジフォンを利することにつながってしまうから。


「ターゲットに接近されるおそれを最小限にし、実力のある数名で、確実に叩く――現状、これが対ジフォンの最適解だ」

「おぉ! やっぱりアスティニさん、デキる女の人だ……ちょ、ちょっと悔しいけど」

「最後の物言いは引っかかるが、まぁ、素直に聞き入れることにしよう」


 クーリアの賞賛に、冷静なアスティニも、まんざらではない雰囲気。


 確かに、この作戦は的を射ている。

 さて、ジフォンはどう出るか?

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