表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
259/278

043. 広く大きな展示室にて(7)

 一応、この場にあるステレッサの粘土板に対する疑念は払拭ふっしょくされた。

 それを狙っている怪盗によって――というのは、なかなかの皮肉だけどね。

 

 吾輩は、アスティニに問う。


「君は、あれが偽物だとは思っていなかったんだね?」

「あくまで個人の感想として、クーリアの意見に同意しただけだ。私に、等級六つ星グレードシックスのようなレアアイテムの目利めききは難しい。ジフォンの予告状が存在している以上、そこは受け入れるしかない。しょーもない内容だというのは、私の本心だがな」


 理性的な彼女らしい判断だ。


「あなたこそ、疑っていたのだろう? 予告状が、本当にジフォンからのものかどうかを。だから、私に確認を求めた」

「もちろん、その可能性もゼロではないと思っていたよ。だけど、君が予告状に目を通していたことを、事前にオリップさんから聞いていたんだ。偽物なら、すでに君が見抜いているはず。加えて、先ほどのエルマーさんの件だ。恥ずかしながら、別人が成り代わっていたなんて、まったく気づかなかったよ」


「私も本音では、すでに城へ入り込んでいると、つゆほども想像していなかった」

「変装を得意とする盗賊は、きっと他にもいるだろう。でも、あそこまで自然に周囲に溶け込める者が、そう何人もいるとは考えたくない。十中八九、あの怪盗だ。だから、ジフォンの名前を語る偽者という線は、吾輩の中で、ほぼ消えていたよ」


「ならば、どうして?」

「今回、ジフォンの名前が出てきたときから、ずっと気になっていたことがあるんだ」

「気になっていたこと?」


「ジフォンが悪名を響かせるようになってから、ざっと十年だよね?」

「ああ。騎士団本部の資料で、やつの名前が最初に出てくるのが、まさにその時期だ」


 大ファン(?)である閣下も、そう口にしていた。

 アスティニも言うのだから、吾輩の認識は間違いないだろう。


「怪盗として十年。その歳月は、決して短い時間じゃない。国境なき騎士団は、ジフォンを彷徨さまよえる大罪人だと指定しながら、捕まえることはおろか、その正体すらつかんでいないんだ。現在も、なお――だよね?」

「……銀の騎士シルバーナイトとしては、かなり耳の痛い話だな」


 昨日今日出てきた小悪党とは格が違う。

 世界中で犯行を繰り返すその実力は、敵ながら認めざるを得ない。


「君は、ジフォンの正体を想像してみたかい?」

「大盗賊の正体か……」


 予告状をながめつつ、アスティニが思案する。


「種族も性別も、何もかもがわからないからな。まさに正体不明。確かな資料に基づく事実から推測できるのは、おそらくゴーストではない――ということだけだ」


 そう。

 ジフォンは過去に、刃により深手を負ったという記録がある。


 いや。

 むしろ吾輩たちには、記録というより記憶と表現した方が適切かもしれない。


「三年前のことだけど、覚えているよね?」

「もちろん」


 アスティ二が答える。


「見習い時代だ。血まみれのジフォンが目撃されたという情報は、半人前の私たちのところにも聞こえてきたからな」


 二人とも、まだ鉛の騎士レドナイトだった頃の話。

 国境なき騎士団が所有する、特別な施設にて。

 修行中の吾輩たちに、先輩だったか指導教官だったか、とにかく、慌てた様子で語ってくれたんだ。

 彷徨える大罪人の一人、怪盗ジフォンを、ついに捕らえることができるかもしれない――と。


「本部から多くの騎士を派遣して捜索したらしいが、結局、やつには逃げられてしまったみたいだな。まぁ、あの一件があって、少なくともジフォンは、あなたと同じゴーストではない――ということが判明したわけだ」


 つまり彼、あるいは彼女の種族は、物理攻撃を受け付けないゴースト以外だと考えられる。

 この情報を踏まえて、大公は喜んだ。

 ゴーストである吾輩は、ジフォン本人、あるいは、ジフォンが変装した者ではないからだ。


「君の言うように、みんなそこを出発点にして、怪盗ジフォンを理解しようとする。だって他に、手がかりとなるものがないんだからね」

「その口振り……ジフォンが剣を受けて血を流したことを、あなたは真実ではないと?」


「そうじゃない。むしろ吾輩は、その出来事があるから、少し考えてしまうんだよ。怪盗ジフォンという、一人の盗賊の正体……ううん、本質のようなものを」

「ジフォンの、本質?」


「君は銀の騎士シルバーナイトとして今も本部にいるから、今回の件についての印象が、吾輩とは違うのかもしれないね」

「私にもわかるように説明してほしい」


「当時、あの大盗賊の負傷は、とてもインパクトのあるものだった。鉛の騎士レドナイトだった吾輩たちの記憶にも、強く残っているほどに」

「ああ。瀕死ひんしレベルだった、とも言われている」


「それ以後、ジフォンの活動は?」

「あれから二年、その犯行だと思われるものは確認されなかった。言うまでもなく、くだんの負傷が理由だろう。やつが再び姿を現したのは、今から、およそ一年前になるな」


「やっぱり、そうなんだね」

「どういうことだ?」


 納得する吾輩に、アスティニはぴんと来ていない様子。


「吾輩は、銅の騎士ブロンズナイトの称号を得て、騎士団本部を離れた。そして旅人になって、だいたい一年。君と『顔』を合わせていない期間、吾輩は今日まで、ジフォンの名前を耳にしたことがないんだ」

「なるほど。あなたは、ジフォンが活動を再開した事実を知らなかったんだな」


 そう。

 だから吾輩は、閣下からジフォンの名前が出てきたことに、小さな驚きを感じた。

 あの怪盗に関する情報は、見習い時代のままで止まっていたんだ。


 アスティニが口にしたように、当時、あの大盗賊が負った傷は、とにかくひどいものだったらしい。

 詳細な経緯までは判明しなかったみたいだけど、正直、もう生きていない可能性すらあると、個人的には思っていた。

 たとえ一命を取り留めたとしても、怪盗としての活動は難しいと考えるのが自然。

 再び、その名を聞くだなんて、想像もしていなかった。


銀の騎士シルバーナイトである君と違って、吾輩が見聞きできる事実は限られているからね」


 国境なき騎士団本部には、あらゆる地域から、さまざまな情報が集まる。

 単なる旅人では知り得ないものも、当然のように。


「私も、一年前にジフォンの復活を知ったときは、少し衝撃だった。あなたにしてみれば、怪盗ジフォンは、ある意味で過去の存在になっていたわけだ。しかし、そのことが、どうして気になるんだ?」


「ジフォンの正体」

「ああ、その話だったな」


「ゴーストではないということ以外、あの大盗賊について、吾輩たちは何も知らない。どこの誰だかわからないからこそ、その正体を、世界中が探ろうとする。もちろん、相手は彷徨える大罪人。捕まえるためにも必要なことだからね」

「種族、性別、年齢……考えればキリがないが、現状は想像の域を出ない。確かな事実が少なすぎるからな。何か、やつを特定できる糸口でも見つかれば、事態は一気に進むことだろう」


 アスティニの意見は理解できる。

 銀の騎士シルバーナイトとしては、ジフォンを牢獄に入れることが最優先。

 それにつながる情報こそ、彼女が一番ほっしているもののはずだ。


 だけど――。


「おや? 納得していない『顔』だな、ワガハイ」

「吾輩は、顔なしのゴーストだよ」

「わかるさ……あ、あなたのことなら、何だって」


 急に、アスティニが視線をそらす。

 今まで淡々と語っていたのに、言葉もどこかぎこちない。


 すると、吾輩とアスティニをさえぎるように、クーリアがスッと入ってきた。


「……何だ?」

「まじめな話みたいだったから、とりあえず見守っていたんですが」


「そ、そうだ。ワガハイとは、ジフォンに関する意見交換を――」

「アスティニさんが顔を赤らめたので、これはワガハイくんの身に危険が迫っていると思いまして」


「ど、どうして私が顔を赤らめたら、ワガハイの身に危険が迫るんだっ!?」

「どうぞ気にせず、お話を続けてください」

「話の腰を折ったのは、あなただろうが……」


 アスティニが、不満そうにつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ