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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
257/278

041. 広く大きな展示室にて(5)

「この剣は、個性がないことが個性のような剣。だからこそ、そこが気になるんだよなぁ」


 吾輩の得物えものが、どうにもに落ちない様子。

 トゥエンティンさまは、深く首をかしげた。


「俺は、この剣から、これを作った職人の意思や想いのようなものが、まったく感じられないんだ」


 意思。

 想い。

 ステレッサの粘土板のことといい、大公は、アイテムから読み取れるそういった感覚を、とても大切にするみたいだ。


「この刃を打った剣匠けんしょうは、確かな腕を持っている。名のある者ではなさそうだが、一流の職人だと考えていいだろう。そんな達人が、ここまで個性を消した刃を打てるものなのか……俺には、どうしても引っかかってしまうんだ」

「道具として、多くの武人が合格点を出す剣を作る――というのも、一つの哲学だと思います。そう考えれば、それが、吾輩の剣を打った職人の個性になるのでは?」


「ワガハイ。君は当然、剣を学んでいるな? だからこそ、銅の騎士ブロンズナイトの称号を得ている」

「はい、もちろん」


銀の騎士シルバーナイトであるアスティニも、君が腕を評価したミロートも、個人の才能を前提に、どこかで剣を学んだ時期があるから、今の力量になっているはずだ」

「ええ」


「剣の道にも、きっと『正解』があるんだろう? 押さえるべき基本や、外せない型、守るべき動きなどが」

「そうですね、一応。まぁ、誰もがそれに従っているわけではありませんが」


「そこだよ、ワガハイ」

「どういうことでしょう?」


「君もアスティニもミロートも、たぶん剣術の基本には触れている。その道の『正解』は通っているんだ。だが現在、三人の剣には、それぞれ違いが生まれている――どうだ?」

「確かに、吾輩たちの剣はタイプは、皆一様みないちようではないと思います」


 アスティニとは、国境なき騎士団員の見習い時代、互いに多くを学んだ仲だ。

 武人として共通する要素は、必ずある。


 けれど、吾輩の剣のベースは、国境なき騎士団の門を叩く以前に身につけたもの。

 正直、騎士団本部で教えられた剣術は、吾輩の核とはなっていない。


 アスティニにしたって、出会った頃から、すでに優れた剣士だった。

 彼女の剣のいしずえもまた、吾輩とは異なるだろう。


 ミロートさんとの違いは顕著けんちょだ。


 吾輩が剣を抜く場面の多くは、自分や仲間の身を守らなくてはならないとき。

 例外はあるが、相手を倒すことよりも、危難を払うことを第一に考える。

 状況に合わせて戦うから、自然と手数が増えることも少なくない。

 

 対して彼は、この『目』で見た限りにおいて、吾輩とは真逆。

 いかなる事態においても、外敵を瞬時に制圧することを主眼に置いている印象。

 おそらく、一太刀ひとたちで仕留める最小限の動作を理想としているんだろう。


 この場には、三人の剣士がいる。


 アスティニとミロートさんは、明らかに手練てだれ。

 うぬぼれかもしれないけど、吾輩も腕には自信がある。

 誰もが、十分に力のある武人だ。


 剣術の基本を、ある種の正解とするなら、全員がそれを把握している。


 しかし、同じ剣は一つとしてない。

 

 閣下の指摘は、確かに的を射ていた。


「『正解』を知っているのに、それとは別の、自分に合ったもう一つの『正解』――それが個性なんじゃないか? だからこそ、違いが生まれてくる」

 

 自分に合った、もう一つの『正解』が、個性――。


「たくさんの美術品や工芸品に、俺はじかに触れてきた。だからわかるんだ。芸術家や職人の個性は、隠そうとしても、なかなか隠し抜けるものじゃない。基本に忠実に、ただただ『正解』を表現しようと決意しても、それでも、どうしても己が出てしまうのさ。才能ある者であればあるほど、自分の中の哲学や美学を抑えることができない。たとえ、色気のない単純な道具を作ることを目的にしている場合でもな。俺には、それが愛おしいんだ」


 ああ、そうか。

 この方は、ものを創り出す人々と、その衝動を、心から尊敬しているんだな。


「なのにこの剣からは、作り手の個性が完全に消えている。少なくとも俺には、一片いっぺんも読み取ることができない。これは、あくまで俺の主観だが……むしろ、強すぎる想いや明確な意図を隠すため、あえて『有用で、つまらない剣』にしたかのような、そんな気さえしてしまうんだ」


 想いや意図を隠す?

 吾輩の剣の創造主が才能ある職人なのだとしたら、どうしてそんなことをする必要が?


「ワガハイ。君は、この剣の製作者を知っているのか? 例えば、その人物から、直接これを与えられたとか?」

「いえ。剣は確かにいただいたものですが、その剣匠からではありません。もちろん、誰が打ったのかすら、吾輩にはまったく」


 市場価値はとにかく、そこまで丹念たんねんに作られた剣だというのも、ここで教えられたからわかったことだ。


 剣をくれた『あのひと』なら、ふとした興味で、鍛冶屋かじやのまねごとをしていてもおかしくはない。


 とはいえ、まさか手作りの一振りを、吾輩に預けるとは考えにくい。


 万が一そうだとしたら……うん、ちょっと気持ち悪いな。

 ないね、ないない。


「まぁ、そうだろう。この剣は、細部がどうも古めかしい。憶測の域を出ないが、作り手は現代の武器職人ではない。仮に種族が人間だとしたら、もうこの世にはいないはずだ」


 才能はあるが、無名の職人。

 高値は望めないが、質の高い刃。

 ありきたりで過不足のないことが、逆に違和感となるほどの没個性。


 今日まで意識せず握ってきたけど、言われてみれば不思議な剣だな。


「俺からは、とりあえずこんなところだな」


 ここで、本当に鑑定は終了。

 閣下が返してくれた剣を、吾輩は受け取った。


 それとなく考える。

 どうして『あのひと』は、これをさずけてくれたんだろう?


 何か知ってて?

 ……いや、適当にくれただけだろうな、きっと。

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