041. 広く大きな展示室にて(5)
「この剣は、個性がないことが個性のような剣。だからこそ、そこが気になるんだよなぁ」
吾輩の得物が、どうにも腑に落ちない様子。
トゥエンティンさまは、深く首をかしげた。
「俺は、この剣から、これを作った職人の意思や想いのようなものが、まったく感じられないんだ」
意思。
想い。
ステレッサの粘土板のことといい、大公は、アイテムから読み取れるそういった感覚を、とても大切にするみたいだ。
「この刃を打った剣匠は、確かな腕を持っている。名のある者ではなさそうだが、一流の職人だと考えていいだろう。そんな達人が、ここまで個性を消した刃を打てるものなのか……俺には、どうしても引っかかってしまうんだ」
「道具として、多くの武人が合格点を出す剣を作る――というのも、一つの哲学だと思います。そう考えれば、それが、吾輩の剣を打った職人の個性になるのでは?」
「ワガハイ。君は当然、剣を学んでいるな? だからこそ、銅の騎士の称号を得ている」
「はい、もちろん」
「銀の騎士であるアスティニも、君が腕を評価したミロートも、個人の才能を前提に、どこかで剣を学んだ時期があるから、今の力量になっているはずだ」
「ええ」
「剣の道にも、きっと『正解』があるんだろう? 押さえるべき基本や、外せない型、守るべき動きなどが」
「そうですね、一応。まぁ、誰もがそれに従っているわけではありませんが」
「そこだよ、ワガハイ」
「どういうことでしょう?」
「君もアスティニもミロートも、たぶん剣術の基本には触れている。その道の『正解』は通っているんだ。だが現在、三人の剣には、それぞれ違いが生まれている――どうだ?」
「確かに、吾輩たちの剣はタイプは、皆一様ではないと思います」
アスティニとは、国境なき騎士団員の見習い時代、互いに多くを学んだ仲だ。
武人として共通する要素は、必ずある。
けれど、吾輩の剣のベースは、国境なき騎士団の門を叩く以前に身につけたもの。
正直、騎士団本部で教えられた剣術は、吾輩の核とはなっていない。
アスティニにしたって、出会った頃から、すでに優れた剣士だった。
彼女の剣の礎もまた、吾輩とは異なるだろう。
ミロートさんとの違いは顕著だ。
吾輩が剣を抜く場面の多くは、自分や仲間の身を守らなくてはならないとき。
例外はあるが、相手を倒すことよりも、危難を払うことを第一に考える。
状況に合わせて戦うから、自然と手数が増えることも少なくない。
対して彼は、この『目』で見た限りにおいて、吾輩とは真逆。
いかなる事態においても、外敵を瞬時に制圧することを主眼に置いている印象。
おそらく、一太刀で仕留める最小限の動作を理想としているんだろう。
この場には、三人の剣士がいる。
アスティニとミロートさんは、明らかに手練れ。
うぬぼれかもしれないけど、吾輩も腕には自信がある。
誰もが、十分に力のある武人だ。
剣術の基本を、ある種の正解とするなら、全員がそれを把握している。
しかし、同じ剣は一つとしてない。
閣下の指摘は、確かに的を射ていた。
「『正解』を知っているのに、それとは別の、自分に合ったもう一つの『正解』――それが個性なんじゃないか? だからこそ、違いが生まれてくる」
自分に合った、もう一つの『正解』が、個性――。
「たくさんの美術品や工芸品に、俺は直に触れてきた。だからわかるんだ。芸術家や職人の個性は、隠そうとしても、なかなか隠し抜けるものじゃない。基本に忠実に、ただただ『正解』を表現しようと決意しても、それでも、どうしても己が出てしまうのさ。才能ある者であればあるほど、自分の中の哲学や美学を抑えることができない。たとえ、色気のない単純な道具を作ることを目的にしている場合でもな。俺には、それが愛おしいんだ」
ああ、そうか。
この方は、ものを創り出す人々と、その衝動を、心から尊敬しているんだな。
「なのにこの剣からは、作り手の個性が完全に消えている。少なくとも俺には、一片も読み取ることができない。これは、あくまで俺の主観だが……むしろ、強すぎる想いや明確な意図を隠すため、あえて『有用で、つまらない剣』にしたかのような、そんな気さえしてしまうんだ」
想いや意図を隠す?
吾輩の剣の創造主が才能ある職人なのだとしたら、どうしてそんなことをする必要が?
「ワガハイ。君は、この剣の製作者を知っているのか? 例えば、その人物から、直接これを与えられたとか?」
「いえ。剣は確かに頂いたものですが、その剣匠からではありません。もちろん、誰が打ったのかすら、吾輩にはまったく」
市場価値はとにかく、そこまで丹念に作られた剣だというのも、ここで教えられたからわかったことだ。
剣をくれた『あのひと』なら、ふとした興味で、鍛冶屋のまねごとをしていてもおかしくはない。
とはいえ、まさか手作りの一振りを、吾輩に預けるとは考えにくい。
万が一そうだとしたら……うん、ちょっと気持ち悪いな。
ないね、ないない。
「まぁ、そうだろう。この剣は、細部がどうも古めかしい。憶測の域を出ないが、作り手は現代の武器職人ではない。仮に種族が人間だとしたら、もうこの世にはいないはずだ」
才能はあるが、無名の職人。
高値は望めないが、質の高い刃。
ありきたりで過不足のないことが、逆に違和感となるほどの没個性。
今日まで意識せず握ってきたけど、言われてみれば不思議な剣だな。
「俺からは、とりあえずこんなところだな」
ここで、本当に鑑定は終了。
閣下が返してくれた剣を、吾輩は受け取った。
それとなく考える。
どうして『あのひと』は、これを授けてくれたんだろう?
何か知ってて?
……いや、適当にくれただけだろうな、きっと。




