040. 広く大きな展示室にて(4)
真のコレクター。
その証明。
豪語したトゥエンティンさまは、こちらを軽く見渡した後、
「ワガハイ。君の腰の剣、ちょっと俺に鑑定させてくれ」
なぜか、吾輩の得物を要求してきた。
「これを、ですか?」
「そうだ」
「吾輩は蓄えのない旅人。装備品は当然、高価なものではありません。ここの展示物とは、まったく別の――」
「いいから貸してみろ」
「……わかりました」
この剣を鑑定したところで、結果は決まっている。
等級六つ星はおろか、市場で値がつくことさえ難しいだろう。
吾輩にとっては、手に馴染んでいる武器。
不足はない。
十分な一振りだ。
でも、それとこれとは話が違う。
素人だってわかるはずだ。
ありふれた剣では、閣下の能力を判断する試金石にはならないと思うけどな。
「どうぞ」
言われるがまま、吾輩は鞘ごと、腰の剣をトゥエンティンさまに差し出す。
「お、おぉ……やはり、本物の刃はズシリと来るな」
危なげに受け取った大公。
飾りではない実戦の武器は、それ相応の重量感がある。
武人でない者にとっては、持つだけでも一定の集中力が要求されるものだ。
落とすのは構わないけれど、それでケガをされては困る。
……大丈夫かな?
見ているこっちが心配してしまう。
「どれどれ」
魔宝石の照明を当てながら、トゥエンティンさまが吾輩の剣と向かい合う。
鑑定開始だ。
まずは、全体をながめるように。
しばらくして、細部に目を近づける。
その後、ゆっくりと刀身を引き出し、鋭く視線を走らせた。
雰囲気は、かなり様になっている。
少なくとも吾輩には、見るべき部分を理解している人間の動きに思えた。
ク―リアや他のみんなも、茶化すことなく静観している。
「……なるほどな」
鞘に刃を収めた大公が、それらしくつぶやいた。
どうやら、鑑定が終わったようだ。
「ワガハイ」
「はい、閣下」
「この剣だが」
「ええ」
「高値がつくものじゃないな」
「…………でしょうね」
予想通りの結果に、吾輩は、ただそれしか返答できなかった。
「ちょっと、トゥエンティンさま。それくらいのことなら、私だって言えますよ?」
誰もが口にしたくなる当たり前の指摘が、ク―リアから飛び出す。
「前にワガハイくん本人から、たいしたものじゃないって聞いてましたし――ね、ワガハイくん?」
「まぁ、そうだね」
確か、ガレッツ公国オーヌの町で、ひと騒動あったときの話。
あの宿場町で、吾輩たちは出会ったんだ。
『もしかして、ワガハイくんの剣って業物だったの? そんなに大事なものだったなら、私が今夜にでも、こっそり忍び込んで――』
『いや、たいしたものじゃないよ。ちょっとした武器屋ならどこでも扱っているような、可もなく不可もない護身用の剣さ』
投獄に加えて、剣が没収されちゃって……ん?
っていうか、そもそもク―リアのせいだったよね、あれ。
「だいたい、私が養ってあげてるようなワガハイくんが、すごい武器を持っているわけがな――」
「高価なものではないが、とても興味深い剣ではある」
まじめな雰囲気を崩さず、閣下が話を進める。
大事な点はここからだ――と言わんばかりだ。
「俺は武人ではない。だから銅の騎士である君に対して、剣について講釈を垂れるのは、いささか恥ずかしい。だが、この手の目利きに関しては、俺にもプライドがある。いちコレクターとして、率直な意見を述べさせてもらうぞ」
立場が悪くなって言葉を重ねている、というわけではなさそうだ。
大公は自らの分析を、冷静かつ整然と語り出す。
「この世界には、聖剣、魔剣、業物から粗悪品まで、さまざまな種類の刀剣が存在している。俺のように、一つの芸術作品としてそれらを収集している者も少なくないだろう。しかし大半の刃は、君のような武人が、武器として実際に扱うために作られたものだ」
剣は己を守る相棒である一方、他者を傷つけることのできる凶器。
断るまでもなく、それが剣の本質だ。
「実戦における普遍的な有用性を最優先した場合、マイナス要素の少ない平均的な剣としての正解は、武器職人の間で、一応確立されている。適度な重さ、適切な攻撃力、さらには十分な耐久性――ある程度の腕を持つ武人が握ることを想定して、それらの条件を過不足なく満たそうとすれば、どんな剣匠が打ったとしても、すべて似たようなものになるってことだ」
吾輩たちが、町の武器屋で、上質で希少な一振りを『目』にすることは少ない。
しかし、戦いに耐えられないような品質では、誰も買い求めない。
つまり、世間一般で売られている剣は、使うには申し分ないレベルの刃ではある――ということか。
「剣を純粋な道具として考えれば、それは決して悪いことじゃない。極論、もっとも剣らしい剣だからな。そういう意味でワガハイのこれは、作りが非常にていねいなんだ」
「ていねい、ですか?」
「ああ。型に金属を流し込んで固めるだけの鋳造ではなく、金属を叩き刀身を強くする鍛造によって作られている。単純な量産品ではない。剣匠が自ら、己の手で打ったものだ。だからこの剣には、明確な製作者がいる。おそらく、その職人の頭にあったのは、ただ道具として有用なものを生み出すこと。結果として、その理想的な『正解』が、最大限忠実に再現されたような一振りになっている」
吾輩は、そこまで得物の選り好みをするタイプじゃない。
けれど今の剣は、手にした瞬間から、想像以上にしっくり来た記憶がある。
あの感覚には、そういう理由があったのかな?
「だが、俺のような人間には、正直つまらない。ある種の正解、つまり、過不足のない道具としての基本に忠実な剣には、製作者である職人の個性――いわば芸術性が宿らない。むしろ、その個性を殺してこそ、誰もが扱いやすい武器になるんだからな」
余計な何かが入ってしまえば、平均的に優れた道具としての剣からは離れてしまうんだな。
なるほど、奥が深い。
「そういうものに、コレクターは魅力を感じない。だから、ワガハイの剣に高値はつかない。一定の力量を備えた武人が握る手頃な一振りとして、あまりに完璧すぎるからだ」
ガレッツ公国、その都に建つガレッツ城にて。
吾輩は、国の副騎士団長だったサンドロさんと、望まないながら刃を交えることになってしまった。
結果として吾輩は、彼の剣を破壊した。
『……これでは、もう使い物になりませんね』
一方、吾輩の剣は無傷。
勝負はついた。
『私の負けです、ワガハイさん』
普通に考えれば、貧乏な旅人の武器なんかより、立場ある公国騎士の装備品の方が上質な物に決まっている。
もちろん、武人としての腕もあるだろう。
当時も、正直そう判断していた。
しかし吾輩の剣が、道具としての基本に忠実に作られていたとすれば、それも一つの要因だったと言えるのかもしれない。
「だが、この剣は、その上で少し妙なんだ」
閣下の表情は、どこかすっきりとしていない。
「刃の品質は中の上。使われる武器としての条件を一通り満たした、総じて優秀な『つまらない』剣。ほぼ欠点のない仕上がりで、簡素かつ堅実。言うなれば『最高級の没個性品』だ。良識的な剣士なら、これに不満をもらす者はいないんじゃないか?」
あくまで、武の道については素人の、いちコレクターとしての意見だがな――と、トゥエンティンさまは断りを加えた。
最高級の没個性品か。
声高に自慢できるような評価じゃないけど、ふところのさみしい吾輩の装備としては、うん、悪くない称号だと思う。
つまらなくて、簡素で、堅実な剣か。
あはは。
不思議と親近感が湧いてくるよ。
我ながら、少し笑ってしまう。
吾輩の剣が、コレクターの方から見て、どのように映るのか――それは何となく理解した。
でも閣下は、あまり高値はつかないような一振りに対して『妙なんだ』と口にした。
その意味は、いったい?




