039. 広く大きな展示室にて(3)
気分が盛り上がってきたところで、いよいよ核心へ。
ステレッサの粘土板。
果たして、その中身とは――。
「俺は、当然ながら古書も集めている。古代文字についても、かなり勉強した。好きこそものの上手なれ。そこらの学者にも負けないくらいの、高い読解力があると自負している。だから、現代語に翻訳することなど朝飯前なのさ」
「すごい、トゥエンティンさま。賢い、かっこいい」
意外にも――というのは失礼だけど、閣下はかなりの知識人。
クーリアの称賛は、決してお世辞なんかじゃない。
「耳の穴をかっぽじって、よく聞けよ」
もっともらしく咳払いをした大公が、粘土板を示して、吾輩たちに伝えてくれる。
「『今日は、北部通りのお友だちから、お家ランチの招待を受けたの。すごくめずらしい料理をふるまってくれるんだって』」
…………。
ステレッサが女性、だからかな?
声を高くした閣下が、体を揺らしながら、古い文章を現代語訳(?)している。
正直、そこは普通でいいんだけど。
まぁ、みんなも我慢しているみたいだし、吾輩だけ取り乱すわけにはいかない。
つっこみたい気持ちをグッと抑えて、内容に集中しよう、うん。
「『出された料理に、とんでもなくびっくり。大きな器に注がれた熱々スープの中に、長くて細いパスタが入っている食べ物なのぉ。私たちの国でのパスタは、とろりとしたソースにからめるものが多いから、最初はパスタだってわからなかったくらい。みんなは私のことを、すごく優秀な賢者だって言ってくれてるけど、まだまだ知らないことばかりだよね。調子に乗っちゃダメだぞ、私』」
……………………。
「『一口食べて、またまたびっくり。つるつるのパスタが、しょっぱいスープと合わさって、超おいしいのぉ。どうやら、遠い遠い外国の「らうめん」っていう料理みたい。町の市場に来ていた、旅の方に教えてもらったんだって。彼女、料理上手だから、新しいレシピを聞くと、すぐに作りたくなっちゃうんだよね。もちろん私は、ぺろりと完食しちゃいましたぁ』」
………………………………。
「『いつか、その外国に行って、本場の「らうめん」を食べてみたいなぁ』――以上だ」
……………………………………………えっ、終わり?
やりきったような閣下の表情とは裏腹に、とんでもなく冷めた空気が、周囲に漂っている。
地獄のような沈黙を破ったのは、
「すこぶるしょうもないな」
「すこぶるしょうもないですね」
アスティニとクーリアの、気遣いのかけらもないストレートな感想だった。
「なっ!? し、しょうもないとは何だっ!!」
満足そうな雰囲気から一転、声を荒らげる大公。
しかし、彼女たちの『口撃』は止まらない。
「偽物ですね、この粘土板」
「確かに、疑わしい限りだ」
「何より、トゥエンティンさまの訳し方が気持ち悪いんですよ。おじさんが、変に声色を変えたりして――ですよね、アスティニさん?」
「ああ、否定はしない」
それは、単なる悪口では?
「だいたい、本物の等級六つ星だっていうから静かに聞いてましたけど、何なんですか、その内容。どこかの食いしん坊女子の日記ですか? 私だって、もうちょっとそれっぽい文章を書きますよ」
「その通りだ。もしもそれが、現代人でも読める文字で刻まれていたとすれば、露店で叩き売りされていたとしても、誰一人買うことはないだろう」
「欲しがるような人がいたら、顔を見てみたいくらいです」
「まったくだ」
クーリアとアスティニの二人、閣下の心をえぐる方向にだけ、妙に意見が合致しちゃったよ。
吾輩はもう、大公の顔を見れない。
「(わ、ワガハイさん)」
内容を理解しただろうミロートさんが、こっそり耳打ちをしてくる。
「(これ、クーリアさんが言うように、偽物だったりしませんかね?)」
「(吾輩には判断できませんが、この道に詳しい閣下が言うんですから、いくら何でも偽物だなんて……)」
「(王族貴族相手の、そういう詐欺もありますよ? 最終的には、売買で手に入れたみたいですし)」
確かに、その可能性もゼロじゃない。
かなりの大金を使ったらしいからね。
「(僕に、希少アイテムの真贋はわかりません。だから、閣下の話を素直に受け取っていました。けれど……)」
ミロートさんが、大公の方を見やる。
彼の思っていることが、何となく伝わってきた。
それを代弁するかのように、クーリアが切り込む。
「もしかしてトゥエンティンさま、レアだとされているものに飛びついているだけで、実はしっかり目利きできてないんじゃないですか?」
等級六つ星だという粘土板の文章が、失礼ながら薄っぺらい内容。
大賢者の遺物にしては、ずいぶんとお粗末だ。
そもそも、ステレッサの知識や哲学、魔法に関する研究結果などを記したもの――だったはずでは?
くせのある現代語訳を聞いた今となっては、この展示物が本物かどうか、正直なところ、かなり怪しい。
少なくとも、鵜呑みにはできない。
大公の『目』は確かだろうか?
誰もが抱く、当然の疑問かもしれない。
「俺が目利きできていない? 言うじゃないか、クーリア」
しかし、これには閣下も黙っていられない様子。
「いいだろう。俺が、真のコレクターであることを示してやる」




