038. 広く大きな展示室にて(2)
「……もうちょっとマイルドに伝えようよ、アスティニ」
ステレッサの粘土板は、単なる土の板――と、彼女に言い切られたトゥエンティンさまが不憫で、それとなく注意したけれど、
「最初に見たときから、私には、ただの土の板でしかなかった。今、本音を言えてすっきりしている」
吾輩の旧友は、もはや一仕事やり終えた表情をしていた。
「等級六つ星ですよ、アスティニさん。よくわからない土の板でも、等級六つ星なんです」
「あなたは、さっきからそればかりだな、クーリア。真の価値は、そのような名目では決まらない。私は、私の自身の意見を述べたまでだ」
「そんなこと言われても、等級六つ星のアイテムなんて、ものすごく数が限られてるんですよ? レアなものは、とにかくレアなんです」
「では尋ねるが、あなたはあれが等級六つ星じゃなかったら、いったいどう思うんだ?」
「そ、それは……ただの土の板です」
「だろう?」
「まぁ……はい」
アスティニの説得(?)で、クーリアの感想も『ただの土の板』になっちゃったよ。
「たとえば純度の高い魔宝石、あるいは巨大な黄金像などなら、視覚情報と素材自体の希少性から、その経済的価値を、ある程度は素人でも判断することができる。しかし、これは粘土板。あくまで、古いだけの土だ。魔宝石や黄金像とは違う」
所有者を前にして、この旧友の物言いは、ずいぶん手厳しいように思えた。
自分のコレクションを否定されたと、トゥエンティンさまが受け取ったとしても仕方がない。
けれど彼女の真意は、当然そこにはなかった。
「大切なのは、ここに記されている内容だ。これが等級六つ星たるゆえんは、大賢者ステレッサが、ここに文章を残しているという事実にある。それを問題とせず、ただこの土の板をありがたがったところで意味はない――そうですよね、閣下?」
アスティ二が問いかける。
「私に、これを読み解く知識はありません。おそらく、ワガハイたちも同様でしょう。最初に拝見したとき、刻まれた文字の内容まではうかがえませんでした。ベンデノフの王弟大公である閣下が、やっと手に入れた秘宝。さぞ文化的に重要な何かが記されているはずですよね?」
ある種、挑発のようにも聞こえるけれど、大公はそれを望んでいたようで。
「私たちに、どうかご教授願いたい。件の大盗賊が狙う、この等級六つ星アイテムの真価を」
アスティニからの要望に、トゥエンティンさまはニヤリと笑った。
「さすがは、本部から来た銀の騎士。よくわかってるじゃないか」
確かに、注目すべきはその内容。
ジフォンがターゲットに選んだ理由も、きっとそこにある。
「見てわかるように、ここに記されているものは、現在使われている文字ではない。いわゆる古代文字というやつだな」
実物を示しながら、閣下の説明が始まった。
やはりこの文章は、非常に古い文字で書かれているようだ。
「文字によって思考や情報を残すという文化は、洞窟などの壁に原始的な記号を彫り込んだことから始まったと考えられている。その後、記録媒体は石板、粘土板、古代紙や獣皮紙などに変わっていった。一般的に石板のものが特に古く、次に粘土板、さらに古代紙、獣皮紙となるにしたがって、今の時代に近い文献アイテムとなる。地域によって違いはあるが、おおむねの理解としては、それで十分だ」
なるほど。
古代の文字資料と一口に言っても、その中における時代区分があるんだな。
「ステレッサが生きていた当時、もう古代紙が広く使われていた。実際に彼女は、哲学や魔法学に関する研究成果の多くを古代紙に記し、それが現代にまで伝わっている」
「古代紙って、つまりは紙ですよね? ステレッサは、たくさんのことを紙に書いていたのに、これは土の板……何でだろう?」
クーリアの何気ない疑問に、閣下が解説を加える。
「古代紙が普及していたのに、ステレッサはこれを、あえて粘土板として残した。そこに、彼女なりの意図を感じないか?」
「そう言われれば、そうなのかな?」
「ステレッサは歴史的賢人。コレクターの間では、彼女に関するアイテムが高値で取引されている。もちろん、市場に出回ればの話だが」
「まぁ、私でも知ってるくらいの大賢者ですからね」
「その中でも、ここにある粘土板は別格だ。何たって等級六つ星だからな」
「もしかして、古代紙じゃないことが、このアイテムのレアリティを高めているんですか?」
クーリアの指摘に、閣下は目を輝かせた。
「その通り。言っただろう、あえての粘土板なんだ。そこに、ステレッサのこだわりがある気がしてならない。俺たちのような者には、それがたまらないんだよ」
好事家の世界だと切り捨ててしまうのは簡単だ。
しかし、この粘土板が等級六つ星であることには、もっともな理由がある。
ステレッサに関する他の遺物との、細かいながら無視できない差異。
閣下が教えてくれたからこそわかる。
確かに、古代紙ではなく粘土板を使ったという点には、ステレッサの意思が読み取れる。
この手のコレクターの方々を、吾輩は少し誤解していた。
どうやら、盲目的にレアなアイテムを欲しがるだけの人種ではないらしい。
その品に宿る何者かの心、想い、感情――それらに触れることに、特別な意味を見出しているのかもしれない。
「素材としての希少性は低いが、それを選択したこと自体の思惑を認めることで、結果的に希少性が高まっているということか……なるほど、そこまで聞くと面白い。納得もできる」
理解した様子で、アスティ二がうなずいた。
「いいぞ、いいぞ。君たちも、このアイテムの価値がわかってきたようだな」
トゥエンティンさま、ご満悦。
ここぞとばかりに話を進める。
「では、粘土板に書かれている内容を話してやろう」
「うわぁ、すごく知りたくなってきた――ね、キューイ?」
「キュイ、キュイ」
「おいおい、焦るなクーリア。まったく仕方のないやつだな、だっはっは」
吾輩を含め、こういった分野の専門知識を、誰も持ち合わせてはいなかった。
けれど閣下のプレゼンで、この場の全員が興味を強めたことは明らかだ。
大賢者が残した文献にして、あの大盗賊が狙う等級六つ星のアイテムには、一体どのようなことが書かれているんだろう?
 




