037. 広く大きな展示室にて(1)
トゥエンティンさまに従いながら到着したのは、驚くほどに大きな空間。
どうやら、ここがメインホール。
博物館において、中心となる展示がなされている場所だろう。
「あらためて、ようこそ我が王弟大公博物館へ」
誇らしそうに、閣下が両腕を広げた。
「うわぁーっ」
声を上げるクーリア。
「確かに、すごいですね」
感心するミロートさん。
「……キュイ?」
一方でキューイは、ちょっと別の反応。
彼にしてみれば、何だかよくわからない部屋かもしれないね。
壁には、たくさんの絵画やオブジェ。
無造作のようだが、どこか整えられたように置かれる多数の台座。
衣服、書物、食器、武器や防具、果ては何だかよくわからないような工芸品までが、魔宝石の淡い明かりに照らされ、あちらこちらに飾られている。
見上げれば、大胆に広がる天井画。
雄々しい『虹』が、空に橋をかける風景――かと思いきや、注視してみると、それは巨大な『蛇』だった。
この国で、虹色の大蛇。
ならば、確認するまでもない。
あれは、守護精霊であるユルルングルをイメージして描かれたものだろう。
吾輩に、一つ一つの価値を判断することはできない。
だけどきっと、この場にあるすべてが、非常に重要な文化財。
それに伴う経済的な価値も、当然のように。
「私も、初めて入ったときは圧倒されたよ」
となりのアスティニが、吾輩に言う。
「ここにあるものは、あくまでコレクションの一部だそうだ」
「君は一度、案内を受けたんだよね?」
「展示室は他にもあるし、地下には倉庫もあるらしい。まったく、敬意を通り越してあきれてしまう」
いったい、どれだけの金貨を使ったのか――と、ずいぶん現実的なことを、旧友は口にした。
とんでもない額をつぎ込んだであろう張本人は、吾輩たちの言動に、かなりのご満悦。
「だっはっは! いい表情だ。招いた甲斐がある」
その様子を、横目でうかがう二つの視線。
「たぶん普段から、あんなふうに来館者の反応を見て、一人で喜んでいるんだろうな、トゥエンティンさま」
「違いない」
おお、クーリアとアスティニの意見が合った。
出会ってから初めてじゃないかな?
あふれ出る、閣下のコレクションを自慢したいオーラ、すごい。
「好きなだけ楽しんでもらって構わないぞ。君たちには特別に、俺の解説付きで案内してやる――とはいえ、まずは本題。ここまで、かなり時間を使ってしまったからな」
よかった。
さすがの大公も、大事なことを忘れてはいなかったようだ。
「予告状――そして、ステレッサの粘土板を見せてやる」
指で合図をして、閣下が進む。
部屋の中央にある、特徴的な台座。
派手ではないが、異様に目立つ。
魔宝石によるライティングも、他の展示物とは明らかに違う。
厳かで、重厚感のある雰囲気。
今日に至るまでの果てしない時間の流れが、ここに凝縮されているような印象を受けた。
台座の前に並んだ吾輩たち一行に、閣下が言う。
「見るがいい。これが等級六つ星の秘宝、ステレッサの粘土板だ」
一見すると、年季の入った土色の板。
ただ、想像していたより大きい。
片手で持ち運ぶのは難しそうだ。
少し近づいてみる。
はっきりしない部分もあるが、文章のようなものが刻まれていた。
おそらくは古代文字。
それほど分量は多くない。
ステレッサが書いたものだろうか?
粘土板の右上には、のぞき穴のような空洞がある。
こういうデザインなのかもしれないが、時間経過に耐えられず、残念ながら欠損してしまっただけかもしれない。
正直、人の目を惹きつけるような華やかさはないだろう。
この場に展示されている他の品々の方が何倍もきらびやかで、鑑賞物としての面白みがありそうだ。
けれど、この簡素な土のかたまりからは、言葉では言い表せない不思議な魅力を感じてしまう。
歴史的賢人の残した等級六つ星のアイテム。
門外漢の吾輩は、ただその情報に踊らされているだけかもしれないが、それでも――。
「……これが、ステレッサの粘土板ですか? よ、よくわかりませんけど、何かすごそうですね、何か」
難しい表情のクーリア。
彼女なりの、素直な感想を口にした。
閣下が尋ねる。
「ほう、わかるか?」
「ですから、わかるかと言われればわかりませんけど、すごいんですよね? だって、等級六つ星ですから」
「……まぁ、何となくでも、これの価値がわかればいい」
「いや、わからないんですよ。でも、すごいんですから、すごいんでしょう?」
「…………」
クーリアの反応が気に食わないのか、閣下は相手を変える。
「どうだ、ミロート。古代の香りが染み付いた遺物ゆえの特別な風情が、びんびん出ているのを感じないか?」
「そ、そうですねぇ……う、うーん」
「おいおい何だ、そろいもそろって」
こちらも、望んでいた言葉が得られなかったようで、トゥエンティンさまは不満顔だ。
とはいえ、一般的な旅人に、この手のたしなみがあるのはまれだ。
吾輩だってそう。
それらしい評価を求められても、普通は困ってしまう。
無理もない話だ。
「なら、アスティニ。君がこれを目にするのは二度目だ。先ほどは感想を聞けていなかったから、ぜひとも、大賢者が残した貴重な――」
「土の板です。それ以上、何の思いもありません」
「…………」
直球過ぎる発言に、閣下は次が続かなかった。




