036. 入館、王弟大公博物館(トゥエンティンミュージアム)
ベンデノフ国教会の教長――ハウリアドさまの活躍(?)により、事実上トゥエンティンさまは、聖職者集団を追い返すことができなくなってしまった。
結果として閣下は、教団一行を受け入れた。
彼らに行われたのは、中身のない形式的な審査のみ。
警備の面からすれば頭の痛い話だけれど、ここまでの流れからして、これは仕方がない。
オリップさんが仲介人となって、吾輩たちは、ハウリアドさまをはじめとする聖職者の皆さんとあいさつを交わした。
申し訳ないけど、猊下とヤヌテさま以外の方の名前は、正直よく覚えられなかった。
妙な展開にはなったが、ようやく王弟大公博物館へ入館。
出入り口から、すぐにメインロビー。
そこから、いくつかの通路が、奥に向かって伸びている。
どうやら部屋ごとにテーマがあるらしく、一つひとつ特色の違う展示がなされているらしい。
「オリップ、悪いが猊下の方は頼む。エルマーも来てくれたようだから、いっしょに連れていけ」
「わかりました」
館内の様子に目を奪われている教団の皆さんに悟られないよう、大公が指示を出す。
「エルマー、体は問題ないな?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
「オリップをサポートしてやってくれ。猊下はとにかく、副教長はごねるだろうから」
「かしこまりました」
侍従長と侍従官が、互いにうなずき合う。
作戦開始、といった感じだ。
「では皆さま、私どもがご案内いたします」
「まずは、あちらのお部屋へ」
オリップさんとエルマーさんが、ていねいなホストとして、聖職者たちを誘導する。
「いやいや、私どもは、ぜひ閣下と――」
「案内していただける? それはありがたいことです」
「げ、猊下!? 私たちは、閣下と例の話をするために来たのですよ?」
「違うでしょう、ヤヌテさん。私たちは、この博物館の見学を――」
「そ、それは建前でございますっ。本題は、あくまで――」
「まぁ、いいじゃないですか。ご無理を言って通してもらったのですから、今は閣下のコレクションを拝見いたしましょう」
「げ、猊下ったら……」
ノリノリのハウリアドさまが、オリップさんとエルマーさんについていく。
ヤヌテさまは不本意そうに従い、残りの聖職者は戸惑いながら後を追った。
ロビーから教団関係者がいなくなったのを機に、トゥエンティンさまから大きなため息が。
「はぁ……とりあえず、向こうは彼らに任せよう」
疲れた様子で、閣下がつぶやいた。
「大変そうですね」
心中を思いやるように、ミロートさんが告げた。
「差し支えなければ、こうならざるを得なかった事情をうかがいたいのですが?」
と、アスティニが大公へ。
言いよどむオリップさん。
おかしな態度のヤヌテさま。
王国中央と国教会の間に、何かがあるのは明らかだ。
おそらく彼女は、今回の派遣を受けて、ジフォンのことのみならず、この国自体についても調べたはずだ。
その上で尋ねているのだとすれば、きっと表沙汰にはなっていない類の問題。
外部からではうかがいしれない、かなり微妙なものなんだろう。
「無論、語りたくないのなら構いませんが」
「俺としては、隠すような話ではないと思っている。時期が来れば、広く知られるようになることだ。場合によっては数日内……特に国境なき騎士団員の耳には、すぐ届く」
閣下の視線は、吾輩とアスティ二に向いていた。
「だが、タイミングというものがある。俺の口から言うのも始末が悪い。だから、ここで詳細は語れない。すまないな」
「…………」
アスティ二が、無言で疑問の態度を示す。
特に国境なき騎士団員の耳には、すぐ届く――確かに、今の閣下の表現には、素直に聞き流せないものがある。
「安心してくれ。俺も、この国も、国境なき騎士団に剣を抜かれるようなことはしていない」
こちらの内心を察したのか、閣下が弁解を付け加えた。
「……わかりました」
少しの間を置いて、アスティ二が了承する。
あくまで内政事情。
これ以上は踏み込むべきではないと判断したんだろう。
吾輩も、彼女に異論はなかった。
「では本題といこう。ジフォンに狙われている、ステレッサの粘土板だ」
「あっ、そうだよ! そうだった、そうだった」
「キュイ! キュイキュイ」
閣下の言葉に、クーリアとキューイが続く。
ショッキングにも思えた、先ほどの猊下の行動。
当然、ふたりも見ていたことだろう。
一騒動あったせいで、そもそもの目的を、ちょっと忘れていた(?)のかもしれない。
「ということで、さっそく君たちに、俺のコレクションを見せてやる。ついてこい、ついてこい」
トゥエンティンさまは、まるで、おもちゃを自慢する子供のよう。
メインロビーからつながる、ひときわ大きな通路。
この博物館の主を案内人として、吾輩たちは、ゆっくりと奥へ進んだ。




