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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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034. 青年猊下は帰らない(2)

 ハウリアドさまは、王弟大公博物館トゥエンティンミュージアムを見てみたいと言う。


 対して大公は、とにかく帰ってもらおうと、明に暗に出立しゅったつをうながす。


 一度は受け入れかけた猊下げいかだったけど、事は上手く運ばない。


「ということですので、ぜひ我々に、閣下のコレクションを拝見させていただきたい」


 教団の次席、ヤヌテさま。

 いきなり出てきた印象の彼は、べったりと張り付けたような笑みを浮かべ、やや強引に閣下へ迫った。


「……こちらの都合が悪いと、そう言ったはずですが?」

「お手間は取らせません。猊下も、強く興味を抱いていますゆえ――ですよね、猊下?」

「はい、それはもう♪」


 拒絶の意思を示した閣下だが、ヤヌテさまは退かない。

 ハウリアドさまを巻き込む形で、逃げられないような空気を作り出す。


「いかかでしょう、閣下? 我らが猊下も、こうおっしゃっておりますよ?」


 あの国内第二位の聖職者からは、この場にどうしても残りたいという意思を感じた。


「…………はぁ」


 ため息を吐いたトゥエンティンさまが、こちらを振り返る。

 その視線は、吾輩とアスティニへ。

 要は『どうしたらいいか?』と、言外に訴えているんだ。


 この状況においては、いろいろな可能性が考えられる。

 敷地内の警備を最優先事項とするなら、余計な来客などマイナス要因にしかならない。


 ただ、そんなことは、閣下もわかっている。


 来客が、それ相応の立場にあるから厄介なんだ。


 アスティニが尋ねてくる。


「意見を聞かせてくれ、ワガハイ」

「うーん……相手は、国内の高位聖職者たち。大公である閣下との会合は、別に不自然じゃないよね」


 とはいえ、この時期なのは少し気になる。

 仮に特段の前触れもなく、急ごしらえで場が整えられたとすれば、何かの罠である可能性が出てくる。

 細心さいしんの注意と、慎重な判断が求められるだろう。


 しかしながら、お互いの地位を考えれば、おそらく事前に予定を組んでいたはずだ。

 ジフォンと結びつけてしまうのは、ちょっと神経質すぎるか?


 ベンデノフ王家出身の大貴族と、国教会の幹部。

 両者が妙な駆け引きをしている、このおかしな状況。


 一連のやり取りは傍観ぼうかんしているものの、詳細な事情までは把握できていない。

 それとなくわかったのは、なぜか教団側が、この城に残りたいという意図を持っていることだけだ。


 その上で、吾輩が一番気になったのは――。


「でも、あちらの皆さんは、もう用事が済んで帰ったはずなんだ――そうですよね、オリップさん?」

「ええ。夕食のテーブルを囲みながら、現在の国内における……ちょっとした懸案事項けんあんじこうを」


 と、閣下を見守る侍従長が、吾輩に。


 そもそも、それを理由に、吾輩たちは一度、町へ出たんだ。

 夕食を済ませた後――つまり、予定されていた会合が終わった頃に、また来てくれと言われて。


「今オリップさんが答えてくれたことを前提とするなら、その夕食のテーブルを囲みながらの会合は、閣下の本日の予定として、あらかじめ組み込まれていたものになる。だけど、それ自体は無事に終わった。終わったのに、どういうわけか先方が戻ってきてしまったから、閣下は困っているんだと思う」


 推測を交えつつ、ここまでの流れを、吾輩なりにまとめる。


「要するに、現在この場に国教会の聖職者がいるのは、まったく想定外の事態――ということになるんだ」

「では今度は、あの中にジフォンがいると?」


 アスティニが、結論をいそがせてくる。


「そこまでは思ってないけど、調べたいところではあるね」

「しかしワガハイ、相手が相手だぞ」


 そう。

 向こうは、国王の弟である大公を困らせるような地位を持つ人物と、その関係者だ。

 のっぴきならない理由はあるにせよ、彼らの身ぐるみをはぐように、この城の憲兵に命じることは難しい。


 しかも、ゴーストである吾輩と違って、刃で切りつける――というような確認方法がない。


「や、やはり、事情を伝えて帰ってもらうしか……と、とはいえ、この時期に、あの怪盗の名前を出すというのは、どうにも」


 頭を抱えながら、オリップさんがつぶやく。


 当たり前だが、ジフォンのことを教団側には開示していないようだ。

 

 もちろん、理解して帰ってくれるのなら、それが最良。

 だけどあの方たちは、本当に受け入れてくれるだろうか?

 ジフォンがあの中にいるかどうかに関係なく、どうも退いてくれるような雰囲気がしないんだよな。


「教えてください、オリップさん」

「は、はい。何でしょう、ワガハイさん?」

「先ほど、今日の会合で『現在の国内における』『ちょっとした懸案事項』を話したとおっしゃいました。もしかして、王国中央と国教会の間に、何か問題でも?」

「そ、それは……」


 言いよどむ侍従長。

 これは、もう聞き返す必要もない。


「か、考え方の違い、立場による見解の齟齬そごなのです。今となってはもう、あちらにはただ、納得していただくしか……」


 吾輩の態度から察したんだろう。

 弁明するように付け加えた。


「ジフォンのことを知られると、閣下の不利益になりますか?」

「ぼ、坊ちゃんの不利益というより……ど、どうでしょうか?」


 断言はできない様子のオリップさん。


 まぁ、その懸案事項の内容がわからない以上、吾輩としては意見もできない。


「何か政治的な理由があるのなら、最終的には大公自らが判断しなくてはならないでしょう。無用の来客にはお帰り願いたいが、あくまで私は銀の騎士シルバーナイト。平和や秩序が乱されない限り、この国の内政に関わる権限はないので」


 アスティニが、国境なき騎士団員としての総括そうかつをした。


 クーリアとミロートさんは、口をつぐんでいる。


 キューイもおとなしくしていた。


「……わかりました。では、私から坊ちゃんに」


 オリップさんが、大公のところまで進んでいく。


 すると遠くから、こちらに迫ってくる足音が。

 小柄な侍従長と入れ替わるように、だんだんと近づいてくる。


「あれ、エルマーさん?」


 その人影に、いち早く気づいたのはクーリア。


 ジフォンによって監禁されていた、男性の侍従官。

 吾輩たちが救出した後、しばらく休んでいたはずの彼が、身なりを整えて戻ってきたんだ。


「皆さん、おそろいで」


 しわのない、洗練された黒い服。

 裏庭の小屋で、土とほこりに汚れていた姿は、もうない。 


 復活したエルマーさんが頭を下げる。 


「先ほどは、本当にありがとうございました」

「礼には及びません。それより、体は大丈夫なんですか?」

「もちろんです。ケガはありませんし、空腹も満たされました」


 尋ねる吾輩に、エルマーさんは力強く答えた。


「状況が状況です。私などがお役に立てるとは思いませんが、いとま頂戴ちょうだいしている場合ではありませんので」


 事情は理解しているようだ。

 もしかしたら、ジフォンが自分に成り代わっていたということに、エルマーさんは責任を感じているのかもしれない。


「あらためまして、私は人間のエルマー。トゥエンティン大公にお仕えする、この城の侍従官です」


 おそらく皆さんからすれば、聞き覚えのある自己紹介になると思いますが――と、彼は苦笑い。


「吾輩はワガハイ、銅の騎士ブロンズナイトのゴーストです」

「私は、ハーフエルフのクーリアです。この子は、ドラゴンのキューイ」

「キュイ」


 吾輩たちの後に、


「僕は、ライトエルフのミロートと申します……何だか、不思議な感じですね」

「私は、ダークエルフのアスティニ。国境なき騎士団から派遣されてきた、銀の騎士シルバーナイトだ。よろしく頼む」


 ミロートさんとアスティニが続いた。


「私には実感がないのですが……すみません、きっと二度手間でしたよね」


 エルマーさんは、どうにも決まりが悪そうだ。


「皆さんが今回、あの怪盗を捕まえてくださるのですよね? この城で働く者として、ご協力に感謝いたします」


 再度、彼は深く頭を下げた。


「それで……これはいったい、どういうことになっているのでしょう?」


 少し離れたところには、大公に耳打ちするオリップさんと、それをながめる聖職者集団。

 今、この場に来たばかりのエルマーさんには、詳細のわからない光景だろう。


「何か、あちらの偉い聖職者の方が、トゥエンティンさまのコレクションを見たいとかで、なかなか帰ってくれないんですよ」


 ものすごくざっくりと、クーリアがエルマーさんに説明。

 まぁ、城の侍従官なら、これでだいたいは察してくれるだろうけど。


「……ああ、そうでしたか」


 納得した様子のエルマーさんだが、どことなく含みのある感じ。

 やっぱり、王国中央と国教会には、少しデリケートな部分がありそうだな。

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