011. 鎮魂の炎
夜が、次第に深くなる。
しばらく時間が過ぎてからも、吾輩たちは、その場を動くことができなかった。
「キュイ、キュイ……」
物言わなくなった母竜に、泣きながら体を擦り付ける幼竜。
野犬の気配はおろか、ついさっきまでドラゴン同士が死闘を繰り広げていたとは思えないほどの静けさだけれど、それゆえに、言いようのない悲しみが、吾輩たちを包み込んでいた。
傷だらけで、二度と目を開くことのない母竜――その白いうろこは確かに気品があり、死してなお、巨大な姿は見る者を圧倒する。
美しいと思った。
この母親ドラゴンの姿に――ではない。
愛する息子を守るために命を懸けた、彼女の生きざまにだ。
「このままじゃ、野犬の群れに……食べられちゃうだけだよ、ワガハイくん」
クーリアが、重い口を開く。
辱められる前に送ってやろうと、そう言いたいんだろう。
「……そう、だね」
つぶやいた吾輩は、ゆっくりと幼竜に近づいていく。
「お別れは、済んだかい?」
「……キュイ」
「君の気持ちはわかる――なんて言わない。君の悲しみは、君にしかわからないものだからね……けれど、いつまでも泣いていては、君のお母さんが旅立てないんだよ」
「キュイ、キューイ」
「だから、さよならを言おう。吾輩たちといっしょに、ここで、さよならを」
「キュイ……」
か細い鳴き声の後、幼竜はもう一度、強く母親に身を寄せた。
かすかに残っているであろう愛であふれた温もりを、全身で覚えようとしているみたいに。
そして幼き白い竜は、ふわりと翼を広げ、母親から離れた。
呪文を唱え、炎と共に天へと昇らせる――聖職者ではない吾輩にできるせめてもの鎮魂は、それくらいなものだ。
ゆっくりと、白く美しい巨体に手をかざした、その時、
「キュイ」
不意に幼竜が、強い視線を吾輩に向けてきた。
「キューイ、キュイ」
「……できるかい、君に?」
「キュイ、キュイ」
不思議と吾輩は、もう彼の言っていることがわかるようになっていた。
それは言葉としての理解じゃなくて、もっと本質的な気持ちの伝達だ。
吾輩は、地面に落ちていた枝を拾い、白い幼竜に示す。
「いいよ、いつでも」
「……キュイ」
すると彼は、小さな口から、実に頼りない――けれど、確かに強く熱を帯びた炎を吐き出した。
ヒズリさんの洋灯にも負けてしまいそうな赤い揺らめきが、たいまつのように波打つ。
「いくよ?」
「キューイ」
枝を燃やす小さな炎を、吾輩は母竜の遺体に投げ込んだ。
もちろん、息を引き取っているとはいえ、吹けば消えるような炎では、ドラゴンの全身を灰にすることなどできない。
これは儀式なんだ。
彼が――幼い白竜が母親に向けた、勇気と決意を示すための。
「……〈火の飛礫〉」
吾輩は、静かに魔法を放つ。
赤い火球が森を照らし、今日までを生き抜いた白い巨体を飲み込んでいく。
クーリアとヒズリさんは目を閉じ、鎮魂の礼として頭を下げる。
吾輩は、照り返る炎で赤く染まる幼竜をながめていた。
涙を浮かべながら、それでも前を見つめ続けている、小さくも強い瞳を――。




