033. 青年猊下は帰らない(1)
王弟大公博物館。
南ベンデノフ城の敷地内に建つ、大公ご自慢の文化的建造物だ。
地面に埋められた魔宝石の淡い光に照らされ、幻想的な存在感を示している。
建物へと伸びる歩道には、均整のとれた美しい石像が数体。
来館者を出迎えるように、こちらに視線を向けていた。
トゥエンティンさまを先頭に、博物館の入り口付近までやってきた吾輩たち。
やはり、憲兵の姿が目立つ。
武装はしていないが、侍従官らしき衣服の男女も確認できる。
城の関係者が総出で、周囲の警戒をしているんだろう。
現状、これは当然のことだ。
しかしそこには、毛色を異にする集団も。
彼らのことは、数時間前に一度『目』にしている。
確か、この国の聖職者たちだ。
「あっ! こんばんは、閣下。ここです、私はここですよ」
大きな正面扉の前。
土色のローブと、主張の激しい肩当てを身に着けた男性が、好意的な表情で手を掲げている。
トゥエンティンさまへのアピールのようだ。
「はぁ……」
後ろを行く吾輩に、大公のため息が届いた。
心なしか、閣下の足取りが重くなったような気がする。
「いやはや、すみません。恥ずかしながら、また来てしまいました♪」
「そ、それはどうも」
吾輩たちを引き連れた、どんより背中のトゥエンティンさま。
気乗りしない様子で進み、笑顔の男性と対面する。
「せっかくの機会ですから、かの有名な王弟大公博物館を見学させていただこうと思いまして」
「な、なるほど」
妙に明るい男性は、同じ衣装を身にまとう十名ほどの男女の中心にいる。
他の者は皆、どことなく険しい表情。
一人だけ朗らかな彼は、少し浮いているように感じられた。
集団の近くには、例の虹蛇がちらほら。
守護精霊の御使いは、夜でも活発なようだ。
大公と距離を保ち、吾輩たちは待機。
そこでさりげなく、オリップさんがこちらへ。
「あの男性は、我が王国の現最高位聖職者――『ハウリアド』さまでございます」
異邦人である吾輩たちに、そっと教えてくれる。
「ベンデノフ王国は、ユルルングル教を国教と定め、その教会をベンデノフ国教会としています。あの方は、それを統べる『教長』なのです」
やはり、ベンデノフ国教会の一行か。
現在、敷地内への入場は厳しく制限されているはず。
しかし、相手が相手だ。
門番の方が通してしまうのも、さすがに仕方がない。
「伝統的に我が王国は、ユルルングルという精霊獣を崇めており、あちらの皆さまは、ハウリアド猊下を支える聖職者でありまして……おや、何ですか、その顔は?」
オリップさんが首をひねった。
吾輩はゴーストだから、あまり表情には出ていなかったと思う。
けれど、いっしょに聞いていたクーリアは、それを隠せなかったみたいで。
「い、言いにくいんですけど、その話、もう私たち……」
「おや、ご存じでしたか?」
「ゆ、夕食前に『エルマーさん』から」
「ああ、そうでしたか、エルマーが……んんっ!?」
そう。
吾輩たちは、エルマーさんに成り代わっていたジフォンから、国内宗教の概要を耳にしていたんだ。
「なので、だいたいのことは……あの虹蛇が、この国にとって大切な幻獣なんだってことも、一応」
「に、憎き盗賊が、まさかそんなことまで!?」
クーリアの回答に、オリップさんは悔しさを見せていた。
「つまりジフォンは、この国について十分に学んでいると考えられますね。犯行予告日前日の今日、エルマーさんに変装していた事実を踏まえると、相手はかなり用意周到な人物のようです」
「そのようだな」
ミロートさんの分析に、アスティニが同意する。
断るまでもなく、行き当たりばったりの強盗とは次元の異なる敵――ということだ。
こちらのやりとりとは無関係に、立場のある二人の会話が続く。
「失礼ながら、日をあらためられては? 実は、やや込み入った事情がありまして」
「おや、どのような?」
「まぁ、その……い、いろいろと」
「……そうですか」
遠回しに『帰れ』と言っている大公。
それとなく察したのか、国内最上級聖職者――ハウリアド猊下がテンションを下げる。
緑色の髪をした、優しい顔立ちの青年。
中肉中背の人間に見えるが、おそらくは混血児。
左ほほの一部に、うろこのような『皮膚』がある。
単一の種族にのみルーツを持つ人物ではなさそうだ。
「ご迷惑でしたか?」
「正直に言えば、そうなります。日も落ちていますしね」
今度は、直球で応じるトゥエンティンさま。
国内におけるパワーバランスはわからないが、いくら大公でも、簡単にあしらっていい相手ではないだろう。
明日の夜のことを考えれば、背に腹は代えられないということか。
「仕方ありません。それでは、またいつかの機会に――」
「いやいや猊下、そう言われますな。こちらまで足を運ぶのは、なかなか労力が要りますゆえ」
受け入れようとしたハウリアドさまに、意見をする者が一人。
聖職者の集団から前に出て、教長である彼を誘導する。
「この町は、王国の最南端。猊下は日々、信者とのふれあいや、お務めの儀式にご多忙な身。簡単に時間をつくることはできません」
「ええ、確かに」
「幸い今夜は、大公閣下のはからいで、町の高級な宿を押さえていただいております。帰路を急ぐ必要はありません」
「ああ、そうですね」
出てきたのは、蛇のような顔を持つ男性だ。
うろこで覆われた首は長く、そのため、身長も高い。
ローブの袖から見える腕もまた、うろこの『肌』。
指先は細く、枝のようになっている。
知的な言葉遣いではあるが、その中に、何か意図を含んでいるような印象を受けた。
国内最高位聖職者に対して、躊躇なく話しかけている雰囲気からすると、彼もまた、それなりの地位にあると思われるが。
「あちらの方は?」
「おお! あの盗賊も、一から十まで教授したわけではないようですな」
吾輩が尋ねると、オリップさんがうれしそうに語り出す。
「あの方は『ヤヌテ』さま。ベンデノフ国教会の『副教長』である『ダーナサパン』の聖職者です」
つまり、教長に次ぐ立場。
教団のナンバー2というわけだ。
ダーナサパンというのは、直立した蛇のような体を持つ種族。
もちろん四肢はあるが、一般的に細い。
そのため、他の種族と比べ、手脚の筋力は低いとされている。
逆に体幹部や尾は太く、鍛えている者ならば、しなやかに引き締まっているそうだ。
骨格上、肩が極端な『なで肩』となるため、礼儀やファッションとして、主張の強い肩当てを装備していることが多い。
ベンデノフ国教会の副教長――ヤヌテさまは、まさにダーナサパンの外見的特徴を備えている。
この場にいる聖職者集団の半数ほどは、彼と同様。
つまり、この国の教会関係者は、ダーナサパンの方が少なくないようだ。
一方で、残りの半数。
種族として人間――あるいは、人間に何らかのルーツがあると思われる皆さんも、目立つ肩当てを身に着けている。
そこから想像するに、たぶんあれが、この教団の正式なスタイルなんだろう。
ベンデノフ国教会。
人間とダーナサパンを中心とした、ユルルングルに仕える聖職者たち――か。




