表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
247/282

031. 大盗賊の流儀(2)

「……あの」


 短くはない沈黙を破ったのは、クーリアだった。 


「私の意見なんかで、オリップさんが納得できるとは思いませんが――」


 断りが入る。

 しかし、彼女が言いよどむようなことはなかった。


「やっぱりジフォンは、明日の夜まで、ステレッサの粘土板に手を出さないんじゃないですかね?」

「……あなたも、以前の犯行がすべてそうだから――と?」

「私は、ただワガハイくんとパーティーを組んでいるだけで、国境なき騎士団員とかじゃないし……アスティニさんみたいに、過去の正確な事実を知っているわけでもありません。だから、証拠や根拠みたいなものを示すことはできません。でも、そういうの関係なく、何となく伝わってきちゃうんです」


 オリップさんから投げかけられた問いに、クーリアは彼女なりの言葉で、誠実に答えていく。


「たぶんジフォンは、自分が悪いことをしてるって、ちゃんと理解できているんですよ。盗みがいけないことだと、十分にわかっている。もちろん彼――いや、彼女かな? どっちかわかんないけど、向こうは向こうで、それなりの理由があるんだと思います。けど、どんな理由があろうと、ダメなものはダメなんだろうなって……きっと本人に、その自覚があるんです」


 だってオリップさんは、トゥエンティンさまの大切なものが奪われたら、間違いなく悲しくなるはずですから――と、クーリアは続けた。


「自分の行いは、誰かの何かを傷つける。だから、その罪から逃げるつもりはない。捕まる覚悟、断罪される覚悟はできている――その証が、必ず出される予告状なんじゃないでしょうか?」

「予告状が?」


「考えてみたら、おかしいですよね、予告状って。欲しいものがあるなら、黙ってこっそり持ち出しちゃえばいいのに、あえて事前に伝えるなんて」

「……確かに」


 クーリアの話に、オリップさんは真剣に耳をかたむけていた。


「盗みは悪いことだけど、それでもフェアでありたい――たぶんジフォンなりに、やるなら正々堂々と勝負したいんですよ。いけないことをやるんです。負けたら牢獄行きっていうリスクがなければ、フェアな勝負にはなりませんから」


 フェアな勝負。

 おもしろい表現だな。


「それが、盗みという犯罪を行う上での自分へのかせ、絶対のルールなんです。もしも破れば、本当の悪にちてしまう。だから、それだけは守る。怪盗ジフォンという盗賊が、他と違う理由は、きっとそこにあるんじゃないでしょうか?」


 義賊であること。

 他者を刃や魔法で負傷させない、無血盗賊であること。

 この二つの特徴も、クーリアの意見を補強するものだと、吾輩は感じた。


 これらもまた、ジフォンにとってのしばり。

 盗むという行為以外、いかなる悪をも犯さないという、ある種の決意のような――。


 盗人の哲学を想像するのは簡単じゃない。

 想像できたとして、素直に納得できるとは思えない。


 それでも、ここまで名をせた相手だ。

 単なる欲望だけで、何年間も犯行を続けられるとは考えにくい。


 富が目的なら、今までに獲得したもので、もう十分な額になるはず。

 名声が目的なら、庶民に愛される彷徨さまよえる大罪人といういびつな称号は、間違いなく唯一無二の評価だ。

 もしもジフォンが、本当にクーリアの言うような盗賊であるなら、犯行動機はそこにないんだろう。


 自分は悪である。

 言い訳はしない。

 投獄も結構。

 だが、簡単に捕まるわけにはいかない。


 勝負しよう。

 一方的な不意打ちでは不公平だ。

 事前に通知することを約束する。

 勝負に際し、君たちが血を流すことはない。

 得た金銭は、すべて貧しい庶民へ。

 このおきては絶対だ。

 誓おう。

 怪盗ジフォンの名は、このルールが適用されることの証明だ――。


 もしもくだんの大盗賊の演説を聞けたなら、きっとこんな感じだろうな。


「変な話になっちゃうんですけど……信じていいと思うんです、ジフォンのことを」


 少し言葉を選びつつ、クーリアはオリップさんに伝えた。


 歳を重ねた侍従長は、何かを噛みしめるように黙っている。


「……あっ、す、すみません。私なんかが、偉そうなことを」

「いえ、そんあことはありませんよ」


 慌てる素振りを見せたクーリアへ、オリップさんが穏やかに返す。


「私は、やっと納得できました。黒い影のようにしか見えていなかった怪盗なる者の輪郭りんかくも、いささか濃くなってきたように感じます。あなたは、他者の内心に想いを寄せることができる方なのですね」

「そ、そんなことは」

「ありがとうございます、クーリアさん」


 表情を柔らかくした侍従長からの感謝に、彼女は戸惑いを示していた。


「取り乱したこと、お詫びいたします」


 アスティニに謝罪するオリップさん。


「あらためて、どうかよろしくお願いいたします」

「もちろんです、心配はいらない」


 アスティニは、はっきりと答えた。

 銀の騎士シルバーナイトとしての頼もしい姿が、そこにある。


「(わ、ワガハイくん。私、おかしなこと言っちゃったかな?)」


 急に不安になったのか、か細く、クーリアが尋ねてきた。


「(そんなことないよ。大丈夫。君の言葉は、しっかり届いたと思うよ)」

「(……そっか。なら、よかった)」


 吾輩が伝えると、彼女は、わずかにほほえんだ。

 オリップさんの心を軽くできたことに、ささやかながら満足しているようだった。


 そこに、アスティニの声。


「クーリア」

「何ですか?」

「あなたも『同じ』だから、理解できたのか?」


 吾輩の旧友は、それを言葉にはしていない。

 しかし、クーリアが自称した職業を指しているようにも聞こえてしまう。

 つまり、同じ盗賊だからわかるのかと。


「……それ、どういう意味ですか?」


 やや好戦的に、クーリアが問い返す。


 場の空気が、少しだけ鋭くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ