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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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029. 闇に融け込む冷たい気配(後編)

 とっさに駆け入った、南ベンデノフ城の敷地内。

 その裏庭。


 素早く周囲を見渡す。

 飛び込んできたのは、近くに設置されている納屋だ。


「ワガハイ」

「ワガハイさん」


 アスティニとミロートさんが、緊張感を持った視線で呼びかけてきた。


 庭を整備する道具などが収納されているだろう場所から、ドンドンという、中から壁を叩くような音が聞こえてくる。

 まるで誰かが、周囲に助けを求めているかのごとく。


 すぐに駆け寄るが、外からは開かない。

 鍵がかけられている。


「僕がやります」


 言うやいなや、剣を抜いたミロートさん。

 素早く走った刃が、納屋の壁に、閉まらない扉を作り出した。


 すぐにアスティニが飛び込み、吾輩とミロートさんが続く。


 園芸用具が保管されている中、床に横たわる人影。


「大丈夫か?」


 アスティニが、近づいて声をかける。


「あぐぁ……うぐぅ、んぐぁ」


 倒れていた人物は、頭に、い目の粗い袋を被せられていた。

 両手首と両足首の部分を、それぞれ縄で縛られている。

 服装は、非常に簡易なシャツスタイルの町着まちぎ

 男性だ。

 苦しそうではあるが、とりあえず生きてはいる様子。

 よかった。


 倒れていた彼の頭から、アスティニが袋をはぎ取る。

 ごていねいに、口には布まで巻き付けられていた。


「あ、ありがとう、ごさいます……た、助かりました」


 解放された男性から、感謝の言葉が。


 薄明かりで判別しづらかったが、声を聞いて理解する。


 ミロートさんも、拘束されていた相手が誰なのか、ここでわかったみたいだ。


「エルマーさん?」


 そう。

 自由を奪われていた人物は、城の侍従官であるエルマーさんだった。


「どうしたんですか、いったい?」


 今度はミロートさんが駆け寄り、手足の拘束を解く。


「知り合いか?」


 アスティニが聞いてきた。


「吾輩たちに対応してくれた、城の侍従官だよ。これを預けてくれたのも彼なんだ」


 トゥエンティン大公の金貨を示しながら、彼女に伝えた。


「なるほど、侍従官の一人か」


 つぶやいて、アスティニが立ち上がる。


「ワガハイ、私は敷地内を見てくる。何か事が起きていれば、面倒な話になりかねない」

「うん、頼んだ」


 納屋を後にしたアスティニ。


 入れ替わるように、クーリアとキューイがやってきた。


「もう、どうしたの? みんなで急に」

「キュイ、キューイ?」

「それに今、アスティニさんが怖い顔して――って、え、ええ、エルマーさん!?」

「キュイ!?」

 

 現在のエルマーさんは、ほこりと土で汚れた外見。

 拘束は解かれたものの、あの整えられた黒のセットアップ姿からはほど遠い。

 クーリアとキューイが驚くのも無理はなかった。


「ワガハイくん、どういうことなの?」

「いや、吾輩にもまだ」


 相棒に対して、今は頭を振ることしかできない。

 

「けがはないですか?」

「問題ありません」


 ミロートさんからの問いかけにも、エルマーさんの答えは明瞭めいりょう

 心配はなさそうだ。


「状況が状況です。ゆっくりお休みいただきたいですが、確認しておかないわけにはいきません」


 断りを入れつつ、吾輩はエルマーさんに尋ねる。


「覚えている限りで構いません。どうしてこうなったのか、教えてください」

「は、はい……」


 戸惑いながらも、エルマーさんが口を開く。


「今朝のことです。いつものように、私は庭の見回りを」


 侍従官として、敷地内の点検。

 どうやら、それが彼のモーニングルーティーンらしい。


 しかし、聞きたいのはそこじゃない。

 吾輩たちを町へ送り出してからのことだ。


 記憶が混濁こんだくしているのだろうか?


「それで、庭師の方とあいさつをして……あれ?」


 目を閉じ、しばらく考えたような時間の後、


「申し訳ありません。そこからのことは、なぜか……まったく覚えていないんです」


 エルマーさんは、不安そうな声で、そう言った。


 ミロートさんが、吾輩に視線を向けてくる。

 それだけで、言わんとすることが伝わってきた。


「ど、どうしたんですか、エルマーさん? 今朝の出来事から、ここまで全部忘れちゃってるなんて……」


 クーリアが、心配そうに続ける。


「だって、ほんの数時間前に、私たちと――」

「あの」


 エルマーさんが、彼女の言葉をさえぎる。


「皆さんは、国境なき騎士団の方ですか?」

「えっ……」


 クーリアは、エルマーさんの質問に絶句した。


「大公閣下から、お話はうかがっています。もう、お会いになったのでしょうか?」


 首筋の辺りに、冷たい気配を感じた。


「でもどうして、皆さんは私の名前を?」


 まるで『初めて顔を合わせた城への来客』に対するような目で、エルマーさんはこちらを見ていた。


 すべてを悟ったであろうミロートさんが、重く口にする。


「……これは、かなりまずいですよ、ワガハイさん」

「ええ、そうみたいですね」


 彷徨さまよえる大罪人、怪盗ジフォン。


 この町の夜が生み出す、生活の呼吸を含んだ静かな闇。

 そのすべてに、くだんの大盗賊がけ込んでいるのかもしれないと、そんな気にさせられる。


 今、この瞬間、吾輩の背後にさえ――。

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