028. 闇に融け込む冷たい気配(前編)
クーリアとアスティニ。
騒がしい二人を引き連れて、何とか南ベンデノフ城に到着。
エルマーさんとの約束通り、吾輩たちは裏の扉へ回る。
「アスティニさんは、正門から入ればいいじゃないですか。騎士団本部から派遣されてきた銀の騎士なんですから」
「ワガハイがこちらから入るなら、私もそうする。目的は同じだ。あえて別れる必要なんてない」
「あえての裏口……うーん、怪しいですね。もしかして、あなたが怪盗ジフォンなんじゃないですか?」
「そんなわけあるかっ!!」
とにかくクーリアは、アスティニを追いやりたいらしい。
だけど、城の長である大公と面会しなくてはならないのは、吾輩の旧友も変わらない。
ここまでの経緯はどうあれ、今は対ジフォンにおける仲間だ。
何だかんだ合流できたのだから、いっしょにいる方がいいだろう。
「この『アスティニ』は、間違いなく、吾輩の大切な友人である女性――本物の彼女だよ。保証する」
「聞いたか、クーリア? 心でつながった強い絆があれば、真実は見抜けてしまうものなんだ」
「む、むぅ……」
「件の大盗賊も、私とワガハイの間を謀ることはできない」
口を尖らせたクーリアに、胸を張るアスティニ。
いくら変装が得意なジフォンでも、吾輩の知人になりすましていれば、十分に見抜くことができるだろう。
信頼している旧友なら、なおさらだ。
「まぁ、これでクーリアも理解しただろう。私とワガハイの関係の深さをな」
「はいはい、そうですね、わかりましたよ。ワガハイくんとアスティニさんの『友人』としての関係の深さが」
「そ、そこを強調するなっ」
「よかったですね、大切な『友人』のアスティニさん♪」
「…………」
今度はアスティニが、落ち込んだように黙ってしまう。
二人の情緒が、よくわからない。
「で、では、中への合図をしますよ」
へこみモードから回復したミロートさんが、それとなく呼びかける。
吾輩は、例の金貨を準備。
入るときに、これを示す約束になっているからだ。
裏口と言えど、そこは貴族の住まう城の敷地。
ノックのための金具さえ、豪華に装飾されていた。
ミロートさんが、扉の金属部分を叩き合わせる。
かんっ――という音が、二回響いた。
反応がない。
もう一度、ミロートさんが試みる。
強めに二回。
しかし、やはり梨の礫だった。
予定では、ここでエルマーさんが迎え入れてくれるはずなんだけど。
「どうした?」
事情を知らないアスティニが聞いてきた。
「この奥で、侍従官の方が待機している段取りになっていたんだ。城の仕事で、まだ来てないのかな?」
彼女に答えつつ、吾輩は前進。
扉に近づいていく。
「おかしいですね……あれ?」
ノックを続けていたミロートさんが、不意に固まった。
「……施錠、されていませんよ」
確かに、二枚扉の一方がズレている。
つまり、内側で錠の役割をしているはずの横木が、今は外されているということだ。
このまま押し込めば、敷地内に入れてしまう。
「どうします? 外に出た僕たちは、一応チェックを受けるべきですが」
ミロートさんの言う通り。
現状、変装が得意な怪盗ジフォン対策として、これは必須。
渡されたトゥエンティン大公の金貨が、その証明手段だった。
「そういうことなら、正門から行けばいい。さすがに向こうなら、憲兵がいるだろう」
アスティニが提案した。
「このまま入っても構わないが、おかしな勘繰りをされては困る。不毛な混乱にもつながるからな」
ついさっき、クーリアに疑われたから――というわけではないだろう。
銀の騎士としての、誠実な態度を示していた。
賛成。
吾輩は同意を伝える。
他のみんなも、それぞれにうなずいていた。
「それにしても、ずいぶん不用心だな。これは、大公に忠告を――」
アスティニの嘆きは、奇妙な音によってかき消された。
何かが暴れているような騒音。
加えて、うめいているような男性の声。
どちらも、なぜかくぐもっていて、はっきりはしていない。
何かに囲われていて、その中から伝わってくるような――。
誰からでもない。
吾輩、アスティニ、ミロートさんは、突き動かされるように扉を開いていた。




