027. 穏やかじゃない帰り道
若干のいざこざはあったものの、一応は和やか(?)に夕食が終了。
エルマーさんから渡されていた金貨のおかげで、店から支払いを求められることもなかった。
もう一度、城を訪ねてくるように――トゥエンティン大公からは、そう指示を受けている。
来客との予定も、さすがに済んでいるだろう。
吾輩を探しに町へ出たというアスティニとも、意図せず合流できた。
ということで、彼女を含めて現在は五人。
まだまだにぎやかな夜の通りを、南ベンデノフ城へ向かって歩いていた。
「お腹いっぱぁーい」
「キュイ」
満足感を口にする、クーリアとキューイ。
「ふぅ、久しぶりに飲んでしまった」
「僕もです」
アスティニとミロートさんは、かすかに顔を赤らめている。
こちらも、楽しい時間を過ごせたみたいだ。
「……明日は大変なのに、ずいぶん進んでましたよね、お酒」
よせばいいのにクーリアが、それとなく攻撃を始める。
あーあ、せっかく平和な空気だったのに。
「酔いが残らなければいいですけどぉ」
暗にチクリと刺しているのが、吾輩にも伝わってきた。
一方のアスティニ。
そちらがその気なら受けて立つ――みたいな雰囲気はあるけれど、意外にも言動は冷静だ。
「ふっ、酒に飲まれるなど愚の骨頂。たしなみはするが、溺れはしない。私は、己の適量を心得ているんだ」
彼女は、自分を律することのできる女性。
しっかりと考えているんだろう。
下戸の吾輩から見た限り、その酒量は常識の範囲内。
この町に滞在しているのは、あくまで任務あってのこと。
銀の騎士としての責任を、忘れてはいないようだ。
「適度な飲酒は、大人の教養とさえ言える。まぁ、あなたのような小娘には、当分わからないだろうがな」
年上としての余裕だろうか。
食堂内のように、感情的な態度に出ることはなかった。
「く、くぅ……」
現に乱れてはいないアスティニの様子に、クーリアは次が続かない。
「ふふんっ♪」
吾輩の旧友は上機嫌だ。
これはきっと、飲酒による心地よさが理由じゃないだろう。
よかった、騒ぎにならなくて。
だけどこれが、変なところに飛び火する。
「ぼ、僕なんかが、ワイン飲んじゃって、すみません……」
クーリアの言葉、ミロートさんに刺さっちゃった。
「い、いや、僕も酔ってはいないつもりなんですけど、でも、確かに明日のことを考えれば、やっぱり飲まない方がよかったですよね……」
ミロートさん、ちょっと繊細みたいだから、気をつけてよね、クーリア。
「大公のご厚意に甘え、おいしいものをいただいたあげく、あろうことか、僕はお酒まで……す、すみません」
「大丈夫ですよ、ミロートさん。大公も、そのつもりで吾輩たちを送り出したんですから」
そうでないなら、自分の肖像画が彫られた金貨を、エルマーさん経由で預けてくれるはずがない。
その辺り、あの方は太っ腹のようだし。
「そうですよ。何なら、もっと値の張るレストランで食事したってよかったんですから。私たち、良心的だと思いますよ」
クーリアが、ミロートさんをフォロー。
そもそも、君のせいでへこんじゃってたんだよ、彼は。
「でも、人におごってもらう食事は、何でもうれしいですよね――無料は正義です」
すごい名言(?)が生まれた。
吾輩の相棒は、満面の笑みだ。
「とにかく、トゥエンティンさまには感謝ですよ」
「まったく、君らしいね、クーリア」
「……何よ、ワガハイくん。私のこと、がめついとでも言いたいの?」
「違うよ、尊敬してるのさ。長生きするよ、君は」
「何か、ほめれたような気がしない」
「本当さ。君がいなければ、吾輩が旅を続けることは、今より難しかっただろうからね」
贅沢はしなくとも、必要なものは必要だ。
クーリアの金銭感覚には、やっぱり助けられていると思う。
「……ワガハイは、お金に困っているのか?」
吾輩たちの会話で、それとなく察したんだろう。
アスティニが尋ねてきた。
「うーん、基本的には貧乏旅だからね。大公のご厚意がなければ、今日のような食事はできなかったと思うよ」
「か、かわいそうに……クーリアのせいで苦労しているんだな」
「いや、別に彼女のせいっていうわけじゃな――」
「何ですか、アスティニさん? 私が悪いみたいに」
「ふんっ。どうせあなたが、上手いことワガハイのお金を巻き上げているんだろう? そうに違いない」
「勝手なこと言わないでくださいぃーっ。無一文のワガハイくんを、私が養ってあげてるんですぅーっ」
「や、養って……ほ、本当なのか、ワガハイっ!?」
「まぁ、そういうことになるのかな」
すっからかんなのは事実だしね。
「わ、ワガハイがお金に無頓着だということに付け込んで、あなたは……盗賊だ、あなたは盗賊のような女だ、クーリアっ!!」
「はい、そうですけど?」
「……な、何?」
「だから、私は盗賊です。ワガハイくんと出会う前から、ずぅーっと」
その言葉に、きょとんとしてしまったアスティニが、目で確認してくる。
どうなんだ、ワガハイ――と。
本人が自称しているし、それを隠している様子もない。
それどころか出会った当初、彼女は自分が盗賊であることに、強い誇りを持っていたような部分もある。
だから吾輩は、無言のままうなずいた。
すると、
「わ、ワガハイ、今すぐパーティーを解消しろっ!! 誠実な国境なき騎士団員ともあろうあなたが、盗賊のハーフエルフなんかといっしょにいてはいけないっ!!」
クーリアの素性を知ったアスティニが、ぐいっと吾輩に詰め寄ってくる。
「安心しろ、ワガハイ。あなたはもちろんのこと、その幼いドラゴンのキューイも、私が面倒をみてやる。蓄えは、それなりにあるんだ。い、いい、一生をかけて幸せにしてやるぞっ!!」
「……うん?」
ありがたいけど、話が大きくなってるなぁ。
「ちょっとアスティニさん、お金で釣るなんて恥ずかしくないんですか!?」
「お金で釣っているのはクーリアの方だろうっ」
「私は、無一文になったワガハイくんを、結果的に養うことになっただけですぅ。そういうの関係なく、ワガハイくんは私を受け入れてくれましたぁ」
「盗賊のお金なんかで、ワガハイを生活させるわけにはいかないっ」
「ワガハイくんがやめろって言ったから、盗賊はもうしてません♪ どうぞ、ご安心を」
「そういう問題ではないっ!!」
「そういう問題だったじゃないですかっ!!」
穏やかな帰路になりそうだったのに、また始まっちゃったよ。
「よし、ワガハイ。とりあえず私が、当面の旅費を工面しよう。そうすれば、もう不本意なパーティーを組む必要はない」
「ダメだよ、ワガハイくん。こういう女の人は、男の人の役に立てたと思って、すぐにつけあがっちゃうんだから」
「うるさいぞ、盗賊ハーフエルフっ!!」
「そのままお返ししますよ、ストーカー騎士っ!!」
夜の通りに、
「……はぁ」
吾輩のため息が、力なく消えた。




