026. 大切な旧友との再会(5)
「落ち着いてよ、二人とも」
何でこんなことになってしまったのか。
吾輩はただ、お互いを紹介していただけなのに。
そこでふと、思い当たる節が。
クーリアとアスティニ。
吾輩の知る限り、どちらも、むやみにケンカを売るような女性じゃない。
けれど世の中には、具体的な理由もなく腹が立ってしまうこともあるんだ。
少し前、ガレッツ公国での出来事。
イダの森でお世話になった『ルワイト』のヒズリさんは、クーリアが『スケルトン』だと間違えたことに不快感を示していた。
『でも、立派ですね。スケルトンの女性が、優秀な魔効巻職人だなんて。魔法が苦手な方が多いって話も聞きますし』
『あのね、クーリアちゃん。私はルワイトだよ、ルワイトっ』
ああいうことは、他の種族にもあったりする。
エルフという種族を大きく二つに分ける『ライトエルフ』と『ダークエルフ』の間にも。
鋭く尖った耳、長寿、魔法に秀でていることが、エルフの基本的な特徴。
古い時代、狩りを生活の中心に置いていたなごりから、素早い動きも得意だ。
世界を占める人口の割合が高く、人間と同様、数の上で最も繁栄した種族の一つだと考えられている。
そんなエルフは、肌の色によって、一般的な呼称が異なる。
透き通った白い肌を持つ者が、ライトエルフ。
対して、光沢のある褐色の肌であれば、ダークエルフとされる。
クーリアは、人間との混血児であるハーフエルフだけれど、肌の色は、まるで雪のように白い。
間違いなく、ライトエルフの血を引いているんだ。
一方で、輝きさえ感じるアスティニの褐色の肌は、明らかにダークエルフのもの。
二人のルーツは、似ているようで、正確には別の流れを汲んでいる。
そもそも、吾輩たち種族は多種多様。
細かな違いはあるが、それぞれが個性だ。
学問上の分類は、もちろん必要。
しかし場合によっては、非常にデリケートな問題にも発展する。
考えてみよう。
例えばゴースト。
このゴーストは、ゴーストだけの集落で暮らしていて、他の種族が生きていることを知らない――と仮定する。
はたしてゴーストは、自分のことを『ゴースト』だと名乗るだろうか?
たぶん、このゴーストは、自分という種族を『命』とか『魂』とか『存在』という名前で理解していると思う。
ちょっとかっこよく『理性ある生命』とかね。
だってゴーストの特徴は、比較する対象がなければ、他にはない特別な性質とならないから。
のっぺらぼうであることも、物理攻撃無効化体質も、そうではない種族がいなければ、当たり前のこととして、まったく気にもされないだろう。
別の種族との違いを前提とした『ゴースト』という言葉を、わざわざ自分たちに張り付ける理由なんてないんだ。
つまりゴーストが『ゴースト』となるには、ゴーストではない誰かが、ゴーストを『ゴースト』だと呼ぶ必要が出てくる。
これは重要なことだと、吾輩は考える。
現在広く定着している種族の名称は、おそらく、その種族以外によって名付けられたものなんだ。
ルワイトとスケルトン、ライトエルフとダークエルフのように、似ているけど正確には違う種族が、世界には存在している。
想像するに、おそらく太古の時代、その各種族が争った事実があるんだろう。
同族嫌悪。
近しいからこそ、わずかに見える異点が許せなくなる感覚。
勝手に名付けて、勝手にいがみ合う。
種族差別なんて、本当にくだらないと、吾輩は思う。
冷静に事の経緯を推測すれば、他者を理解するための単なる分類に、ただ踊らされているだけだと気づくはずなのに。
もちろんクーリアとアスティニは、種族差別なんかしない女性だ。
とはいえ、やっぱり同じエルフだからこそ、ついつい言い合いになってしまうこともある。
うん。
たぶんこれは、そういうことなんだ。
「エルフ同士で、本能的にいろいろとあるのかもしれないけど、そういうの、吾輩たち個人には関係のないこと。だから、みんなで仲良くしようよ」
平和が一番。
二人なら、きっとわかってくれる。
もめている彼女たちを、ていねいになだめようとしたら、
「そういうんじゃないの、ワガハイくんっ!!」
「そういうのではないんだ、ワガハイっ!!」
「……そうなの?」
なぜか、がっつり怒られた。
「ワガハイさんは、何か勘違いをしてしまったようですね」
傍観を決め込んでいたミロートさんだけど、ここでは、あきれたように苦笑い。
「キュイ、キュイ」
なぐさめてくれるのは、もう彼だけだ。
「ありがとう。女性は怖いね、キューイ」
吾輩にはお手上げだ。
怒鳴られたからには、おとなしくしているしかない。
「とにかく、ワガハイくんは私の相棒ですからねっ!! 変なちょっかいは出してこないようにっ!!」
「あなたみたいなのが相棒だなんて、私は認めないぞ、クーリアっ!! 素直なワガハイは、あなたにだまされているだけなのだからなっ!!」
ヒートアップしていく二人。
活気ある会話が響く食堂だとはいえ、この勢いではさすがに目立つ。
店員や利用者から、いぶかしげな視線を感じるくらいだ。
このままではまずい。
そう思ったんだろう。
ミロートさんが、意を決したように呼びかける。
「ちゅ、注文しましょう、注文。あらためて、楽しい夕食の仕切り直しですよ――お酒はどうですか、アスティニさん?」
と、すぐに話を振った。
「……ま、まぁ、そうだな。ワガハイとの再会の夜だ。感情的になっていても仕方がない」
赤ワインはどうだろう――と、ミロートさんに尋ねたアスティニ。
よかった。
冷静な彼女に戻ってくれたみたい。
「あっ、ちょっと、まだ話は終わっ――」
「クーリア」
「……むぅ」
つっかかろうとした相棒を、吾輩が制する。
ミロートさんの活躍を、無にするわけにはいかないからね。
「いいですね、赤ワイン。ワガハイさんが下戸だと知って、落胆していたところなんです。お付き合いしますよ、アスティニさん」
「それはよかった。確かに、ワガハイは飲めないからな」
「料理も、何か追加しましょうね」
言いながら、ミロートさんが吾輩にウインク。
ああ、頼りになるな、ミロートさん。
吾輩もウインクで応じ――ることはできないから、心の中で感謝。
穏やかな気持ちで、しばし彼と見つめ合っていると、
「わ、ワガハイくん!? な、なな、何なのっ、それは!? い、今、視線で会話してたよね!?」
ここまでの威勢とは、また別の雰囲気で、クーリアが大声を出した。
「み、ミロートさんもミロートさんですっ!! そ、そんな、ワガハイくんを誘惑するようなことして!? は、はわわ……」
彼女の言っていることが、いまいちよくわからない吾輩。
どうやら、ミロートさんも同じみたいで。
「ゆう?」
「わく?」
二人して、首をかしげてしまった。
また、変な気持ちになっちゃうぅぅぅ――と、胸を押さえたクーリア。
まったく意味不明だけど、静かになってくれたから、まぁいいか。
「すみません、赤ワインを」
アスティニが挙手。
店員の方に、オーダーを伝えた。
「えーっと、あとは……やはり肉料理だろうか?」
メニューに目を落としている旧友。
「うぅぅ……ど、ドキドキしちゃうよぉ」
顔を赤くして、手をパタパタしている相棒。
それ以外の男子たちで、自然と言葉を交わしていた。
「とりあえず、僕たちの勝利です、ワガハイさん」
「ありがとうございます、ミロートさん」
「キュイ、キューイ、キュイ」
うん。
深い友情を、それぞれが感じているに違いない。
もしかしたら、男性だけのパーティーの方が、吾輩には向いているのかも。
そんなことを思った、南ベンデノフの夜だった。




