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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第2節] ガレッツ公国>イダの森
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010. 白いドラゴンの親子(4)

 残り一体。


 母竜は飛行しながら、わずかに体を左へ倒し、もう一方の翼竜を狙う。


 翼と翼が、まるで剣のように交差して、互いのバランスが崩れた。


 それでも、強引に旋回する母竜。

 首を伸ばし、相手の喉元に、大きく開いた口で咬みついた。


「グァガッ!?」


 苦しそうにもがく敵の翼竜。

 だが、空いている尾を使い、母竜の体を鞭で打つように攻撃してくる。


 くっ、どうする。

 剣を抜き、吾輩が向こう側に移って――いや、ダメだ。

 絡み合っている今の状態では、援護のための攻撃が、母竜にまでダメージを与えてしまう可能性が高い。


 吾輩が考えあぐねているうちに、翼竜の爪が、母竜の翼に走った。

 赤いしぶきが、雨のように落ちていく。


 体勢が大きく崩れた。


 しかし、それでも、母竜は喉元を離そうとはしない。

 むしろ強く、より強く――その首を、咬みちぎるかのようにして。


「グブッ、ウッ……」


 暴れていた翼竜の動きが止まる。

 首を投げ出し、全身から力がなくなった。


 絶命したんだ。


 母竜はそっと、肉塊となった翼竜を解放した。

 そして自らも、ゆっくりと大地へ落ちていく。

 傷を負った翼では、もう自分を支えることができないんだ。


「しっかりしてくだ――」

「大丈夫です……ご心配には、及びませんよ」


 意識のはっきりしている母竜は、残った翼を器用に動かしながら、森の中に体を預けて着地した。


 彼女から降りた吾輩は、すぐに顔に近づき、その容態を確認する。


 翼竜の血が滴る口元は何とも荒々しいが、その目の輝きは、ずいぶんと弱くなっている。

 これは、危険な状態かもしれない。


「助かりましたよ……あなたがいなければ、あの者たちを退けることなどでき――」

「いいんです、そんなこと。それより今は、あなたの体を――」

「ワガハイくんっ」

「ワガハイさんっ」


 地上から様子をうかがっていたであろうクーリアとヒズリさんが、吾輩たちのところに駆け寄ってきた――もちろん、あの幼竜といっしょに。


「キュイ……キュイーッ」


 心配そうに鳴きながら、母竜へと飛んでいく白き幼竜。

 首もとに寄り添うと、小さな舌で、母親の傷口を必死で舐めていた。


 クーリアとヒズリさんは、


「「…………」」


 負傷した母竜の姿に、言葉を失っていた。


 とにかく治療をしないといけない。


 悔しいけれど、吾輩は回復魔法が苦手なんだ。

 物理攻撃を無効化できるゴーストということもあって、あまりお世話になる必要がないから。


 吾輩は、旅の相棒に尋ねる。


「クーリア、回復魔法の心得は?」

「き、基本的なものなら、少しは……だけど、こんな状態のドラゴンなんて、とても」


 確かに、これは、基礎魔法でどうにかできるレベルじゃない。


「あ、あのっ」


 ヒズリさんが口を開く。


「私、家に戻って、何か回復系の魔効巻スクロールを作ってくるわ。それを使えば、もしかしたら――」

「いいえ、その必要は……ありま、せんよ」


 やや言葉を途切れさせながら、母竜が言う。


「自分の体のことは、自分が、一番よく、わかっています……もう私は、ここで、終わりの、ようです」

「何を言ってるの!? あきらめちゃダメだよっ」


 クーリアが叫んだ。


「お母さんがいなくなっちゃったら、その子は、いったいどうしたらいいの? 事情はわからないけどさ、守るんでしょ、その子を? だったら、ずっといっしょにいてあげなくちゃダメじゃないっ!!」

「……優しい女の子、ですね、あなたは」


 声を荒らげたクーリアにも、母竜は穏やかに返す。


「私たちは、ドラゴン。強大な力を、持つ、種族は、そう生まれる代償として、戦いからは逃れられない……悲しいこと、ですが、この子も、きっと、理解できる時が、いつか、来ることでしょう」

「キュ、キュイ……」


 母竜は、ドラゴンとしての宿命と覚悟を語った。


 けれど、その目には涙が光っていた。


「……それでも、もしも願いが叶うなら、この子には、そんな世界で生きて、ほしくはなかったです」


 母親としての、うそ偽りのない本音だろう。


 吾輩にはわからない深い愛が、そこには、確かに存在していた。


「っ……」


 死を受け入れた母竜を前にして、クーリアは何も言わない。

 自分の無力さを、噛み殺しているみたいだった。


「キュイ、キュイ」


 時間は、もうあまり残されてはいない。

 そのことを、この幼竜も、本能的に理解しているようだ。


「……ごめん、なさいね。あなたをおいて、旅立つ私を、どうか、どうか、許して」

「キュイ、キューイッ」


 おそらく、親子で交わす最後の会話になる。


 吾輩たちに入り込む隙間なんてない。


「泣いては、いけま、せんよ。強く、強く生き、なさい。あなたは、私の、息子……自慢の、愛おしい、宝物、なのよ」

「キュイ……」

「運命に、負け、ないで……飛びなさい、あなたの翼で。どこ、までも、自由に、ね」


 呼吸が浅くなった。


 その体に宿していた膨大な魔力さえ、もう感じられないくらいになってしまっている。


「これだけは、忘れないで……私は、ずっと、あなたを、愛して、る――」


 クーリアが、口を覆った。


 ヒズリさんは、その場でうなだれた。


 ひとりの母親が、月の輝く森で召された瞬間、


「……キュイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」


 悲しみの鳴き声が、夜空に響いていた。

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