019. そういうところがある
城を出て、町を散策。
気づけば日が落ちていて、煌々とした灯りが周囲を照らす。
南ベンデノフ城下町の夜。
通りの露店は、相変わらずにぎわっていた。
お酒を提供しているのか、顔を赤らめている人が目立つ。
みんな楽しそうだ。
驚いたことにあの虹蛇が、町でも数体、ちらほらと確認できた。
しかも、特に誰も気にしていない。
向こうも向こうで、隠れるでもなく堂々と往来している様子。
明るいうちは姿を見なかったけれど、確かにユルルングルの御使いがいる風景は、この国の当たり前らしい。
繁華街には、高級そうなレストランがたくさん。
大公のご厚意があるから、金額の心配はない。
けれど吾輩たちが選んだのは、路地を少し入った大衆食堂。
多くの人で込み合う店内には、温かな香りが漂っている。
小さな子供を連れた家族の姿もあるから、住民の方が日常使いできる場所なんだろう。
旅人が集まる酒場とは、やはり雰囲気が異なる。
吾輩としては、少し新鮮だった。
奥の席に案内され、丸テーブルに着く。
「何を食べようか、キューイ? 今日はね、何を食べてもいいんだよ」
「キュイ、キューイ♪」
「いっぱい食べようね」
キューイをひざにのせ、配られたメニューに目を落とすクーリア。
支払いを考えなくていいと、彼女も気が大きくなるみたい。
一方、ミロートさん。
店内の様子を、興味深そうにながめている。
いよいよ本格的に巻き込んでしまい、ついには夕食まで共にすることになった。
吾輩はもちろんだけど、彼にとっても予想外の展開だろう。
迷惑になっていなければいいが……。
どうか明日の夜までは、気兼ねなく過ごしてもらいたい。
この場では、ミロートさんがゲストのようなもの。
吾輩から、会話のきっかけを投げてみる。
「普段は、どういったところで食事を?」
「そうですね……」
ミロートさんは、少し考え込んだ。
「このように、食堂で席に着いて食べるなんて、数える程度しかないですね。せいぜい、通りの露店で何かを買うくらいなもので」
「今日のような感じで?」
「はい」
微笑んで、彼がうなずいた。
「わかります。旅をしていると、そうなりますよね」
「あとは、ほとんど山や森、荒野の中」
「あはは、すごくよくわかります」
野生の木の実や果物が主食、という旅人は多い。
吾輩も例外じゃない。
この『体』は、それらでできていると言っても言い過ぎじゃないほどに。
旅人同士、似たような日々を過ごしてきたのかもしれないな。
意外と、共通する話題もありそうだ。
「せっかくの機会です。今夜は、ゆっくりと夕食を楽しみましょう」
「……あの、ワガハイさん」
ほがらかだったミロートさんの顔が、急に引き締まる。
「信じてくれてありがとうございます、僕のこと」
大公に向けて、彼の信頼性を訴えた件を言っているんだろう。
「ここまでの経緯を踏まえると、あなたがジフォンであるわけがない――単純に、そう思ったまでですよ。疑わしい点が一つもないんですから、信じるのは当然です」
「では、どうして僕を推薦してくれたんですか?」
にぎやかな店内。
ミロートさんの声は、少し鋭く感じた。
「僕を大公に推薦する必要なんて、ワガハイさんにはなかったはずです」
「ご迷惑でしたか?」
「いえ、そうじゃないんです」
申し訳なさそうに、彼は否定した。
「うれしかったんですよ、本当に。だから、大公からの依頼を受けました。結果、夕食代が浮いて、ワガハイさんとテーブルを囲めましたしね」
一瞬おどけて見せたが、すぐに表情を戻す。
「けれど、やっぱり不思議で……」
ミロートさんが優秀な剣士だから――というのは、おそらく彼の求める答えじゃないだろう。
大公にも伝えたように、もちろんそれもある。
相手は彷徨える大罪人、怪盗ジフォン。
腕に覚えのない者を関わらせるほど、吾輩は脳天気じゃない。
ミロートさんの実力は大前提。
その上で、吾輩が彼を引き入れたのは――。
「剣を置くことはできなくても、その振るい方を見直すことはできるんじゃないかなって」
「えっ……」
吾輩の言葉に、ミロートさんが固まる。
「剣を手放す生き方はできない――あなたは、吾輩にそう言いました」
武人である以上、きっとミロートさんも、激しい過去を経験している。
別に知りたいとは思わない。
冷たい言い方になるが、それは彼の問題。
しっかりと向き合い、自分で消化すべきものだ。
「でも、何気なく立ち止まって、あらためて自分の剣を問いただす機会を持つことは、決して悪いことじゃないと思うんです」
出会ったばかりの吾輩に吐露した想い。
二度と会うことのない相手だからこそ話せた、いつからか晴れなくなった心の霧。
ミロートさんを救おうとか、導こうとか、そんなおこがましいことを考えたわけじゃない。
ただ、彼が背負っている重荷を軽くする手伝いができたらいいなと、ふと思ったんだ。
「吾輩は、偉そうなことを言えるゴーストではありません。それでも、剣を持つことで、誰かや何かを守ることができると知っています」
「……それが『誰かのために振るう剣』ですか?」
「きっと、ミロートさんの心が一番望んでいる剣ですよ。だからあなたは、大公の依頼を受けた。違いますか?」
血を見たくないと言った彼も、誰かを守るためならば、澄んだ気持ちで剣を扱えると口にしていた。
少なくとも今回の一件は、敵を倒すことを目的としていない。
大事なのは、ステレッサの粘土板を奪われないことだ。
だからミロートさんは、自分の嫌いな剣を振るう必要はない。
「…………」
答えは返ってこなかったけれど、何かを噛みしめるような彼の沈黙が、すべてを物語っているように思えた。
「ありがとうございます、ワガハイさん」
そこでやっとミロートさんは、まとっていた硬い雰囲気をゆるめた。
彼が、彼の中で、何か光を見つけられたのなら、吾輩はうれしい。
「お礼なんて、そんな。本音を言えば、吾輩はもっと、ミロートさんといっしょにいたかっただけなのかもしれません。今回の件にあなたを巻き込めば、まだお別れせずに済みますからね」
「わ、ワガハイさん、恥ずかしいこと言わないでくださいよ」
「あはは、すみません」
困惑するミロートさんに、軽く謝る。
すると、何かで床を叩いたような音が。
「あ、あわわわわっ!?」
どうやらクーリアが、プレート状のメニューを落としてしまったらしい。
あれ、何で顔が赤いんだ?
「わ、わわ、ワガハイくんが、ミロートさんといっしょにいたいって!? お、おお、お別れしたくないって!?」
興奮気味のクーリアが、手をわなわなさせている。
「……大丈夫?」
「キュイ?」
突然の行動に、吾輩とキューイは、ちょっと疑問符。
そういえば、入国前もこんなことがあったような。
「ど、どど、どうしてくれるの、ワガハイくん! わ、ワガハイくんのせいで、ま、また、へ、変な気持ちになっちゃったじゃない!?」
なぜか、ぴんと来ないことで責められた。
「そういうとこあるから! ワガハイくん、そういうところあるからぁーっ!!」
何だかよくわからないけど、とりあえずごめん。




