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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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019. そういうところがある

 城を出て、町を散策。

 気づけば日が落ちていて、煌々こうこうとした灯りが周囲を照らす。


 南ベンデノフ城下町の夜。


 通りの露店は、相変わらずにぎわっていた。

 お酒を提供しているのか、顔を赤らめている人が目立つ。

 みんな楽しそうだ。


 驚いたことにあの虹蛇が、町でも数体、ちらほらと確認できた。

 しかも、特に誰も気にしていない。

 向こうも向こうで、隠れるでもなく堂々と往来している様子。

 明るいうちは姿を見なかったけれど、確かにユルルングルの御使みつかいがいる風景は、この国の当たり前らしい。

 

 繁華街には、高級そうなレストランがたくさん。

 大公のご厚意があるから、金額の心配はない。


 けれど吾輩たちが選んだのは、路地を少し入った大衆食堂。

 多くの人で込み合う店内には、温かな香りが漂っている。

 小さな子供を連れた家族の姿もあるから、住民の方が日常使いできる場所なんだろう。

 旅人が集まる酒場とは、やはり雰囲気が異なる。

 吾輩としては、少し新鮮だった。


 奥の席に案内され、丸テーブルに着く。


「何を食べようか、キューイ? 今日はね、何を食べてもいいんだよ」

「キュイ、キューイ♪」

「いっぱい食べようね」


 キューイをひざにのせ、配られたメニューに目を落とすクーリア。

 支払いを考えなくていいと、彼女も気が大きくなるみたい。


 一方、ミロートさん。

 店内の様子を、興味深そうにながめている。


 いよいよ本格的に巻き込んでしまい、ついには夕食まで共にすることになった。

 吾輩はもちろんだけど、彼にとっても予想外の展開だろう。

 迷惑になっていなければいいが……。

 どうか明日の夜までは、気兼ねなく過ごしてもらいたい。


 この場では、ミロートさんがゲストのようなもの。

 吾輩から、会話のきっかけを投げてみる。


「普段は、どういったところで食事を?」

「そうですね……」


 ミロートさんは、少し考え込んだ。


「このように、食堂で席に着いて食べるなんて、数える程度しかないですね。せいぜい、通りの露店で何かを買うくらいなもので」

「今日のような感じで?」

「はい」


 微笑んで、彼がうなずいた。


「わかります。旅をしていると、そうなりますよね」

「あとは、ほとんど山や森、荒野の中」

「あはは、すごくよくわかります」


 野生の木の実や果物が主食、という旅人は多い。

 吾輩も例外じゃない。

 この『体』は、それらでできていると言っても言い過ぎじゃないほどに。


 旅人同士、似たような日々を過ごしてきたのかもしれないな。

 意外と、共通する話題もありそうだ。


「せっかくの機会です。今夜は、ゆっくりと夕食を楽しみましょう」

「……あの、ワガハイさん」


 ほがらかだったミロートさんの顔が、急に引き締まる。


「信じてくれてありがとうございます、僕のこと」


 大公に向けて、彼の信頼性を訴えた件を言っているんだろう。 


「ここまでの経緯を踏まえると、あなたがジフォンであるわけがない――単純に、そう思ったまでですよ。疑わしい点が一つもないんですから、信じるのは当然です」

「では、どうして僕を推薦してくれたんですか?」


 にぎやかな店内。

 ミロートさんの声は、少し鋭く感じた。


「僕を大公に推薦する必要なんて、ワガハイさんにはなかったはずです」

「ご迷惑でしたか?」

「いえ、そうじゃないんです」


 申し訳なさそうに、彼は否定した。


「うれしかったんですよ、本当に。だから、大公からの依頼を受けました。結果、夕食代が浮いて、ワガハイさんとテーブルを囲めましたしね」


 一瞬おどけて見せたが、すぐに表情を戻す。


「けれど、やっぱり不思議で……」


 ミロートさんが優秀な剣士だから――というのは、おそらく彼の求める答えじゃないだろう。


 大公にも伝えたように、もちろんそれもある。

 相手は彷徨さまよえる大罪人、怪盗ジフォン。

 腕に覚えのない者を関わらせるほど、吾輩は脳天気じゃない。


 ミロートさんの実力は大前提。

 その上で、吾輩が彼を引き入れたのは――。


「剣を置くことはできなくても、その振るい方を見直すことはできるんじゃないかなって」

「えっ……」


 吾輩の言葉に、ミロートさんが固まる。


「剣を手放す生き方はできない――あなたは、吾輩にそう言いました」


 武人である以上、きっとミロートさんも、激しい過去を経験している。

 別に知りたいとは思わない。

 冷たい言い方になるが、それは彼の問題。

 しっかりと向き合い、自分で消化すべきものだ。


「でも、何気なく立ち止まって、あらためて自分の剣を問いただす機会を持つことは、決して悪いことじゃないと思うんです」


 出会ったばかりの吾輩に吐露した想い。

 二度と会うことのない相手だからこそ話せた、いつからか晴れなくなった心の霧。


 ミロートさんを救おうとか、導こうとか、そんなおこがましいことを考えたわけじゃない。

 ただ、彼が背負っている重荷を軽くする手伝いができたらいいなと、ふと思ったんだ。


「吾輩は、偉そうなことを言えるゴーストではありません。それでも、剣を持つことで、誰かや何かを守ることができると知っています」

「……それが『誰かのために振るう剣』ですか?」

「きっと、ミロートさんの心が一番望んでいる剣ですよ。だからあなたは、大公の依頼を受けた。違いますか?」


 血を見たくないと言った彼も、誰かを守るためならば、澄んだ気持ちで剣を扱えると口にしていた。

 少なくとも今回の一件は、敵を倒すことを目的としていない。

 大事なのは、ステレッサの粘土板を奪われないことだ。

 だからミロートさんは、自分の嫌いな剣を振るう必要はない。


「…………」


 答えは返ってこなかったけれど、何かを噛みしめるような彼の沈黙が、すべてを物語っているように思えた。


「ありがとうございます、ワガハイさん」


 そこでやっとミロートさんは、まとっていた硬い雰囲気をゆるめた。

 彼が、彼の中で、何か光を見つけられたのなら、吾輩はうれしい。


「お礼なんて、そんな。本音を言えば、吾輩はもっと、ミロートさんといっしょにいたかっただけなのかもしれません。今回の件にあなたを巻き込めば、まだお別れせずに済みますからね」

「わ、ワガハイさん、恥ずかしいこと言わないでくださいよ」

「あはは、すみません」


 困惑するミロートさんに、軽く謝る。


 すると、何かで床を叩いたような音が。


「あ、あわわわわっ!?」


 どうやらクーリアが、プレート状のメニューを落としてしまったらしい。


 あれ、何で顔が赤いんだ?


「わ、わわ、ワガハイくんが、ミロートさんといっしょにいたいって!? お、おお、お別れしたくないって!?」


 興奮気味のクーリアが、手をわなわなさせている。


「……大丈夫?」

「キュイ?」


 突然の行動に、吾輩とキューイは、ちょっと疑問符。

 そういえば、入国前もこんなことがあったような。


「ど、どど、どうしてくれるの、ワガハイくん! わ、ワガハイくんのせいで、ま、また、へ、変な気持ちになっちゃったじゃない!?」


 なぜか、ぴんと来ないことで責められた。


「そういうとこあるから! ワガハイくん、そういうところあるからぁーっ!!」


 何だかよくわからないけど、とりあえずごめん。

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