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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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018. 来訪、ベンデノフ国教会の聖職者たち(後編)

「おや、少し長くなりそうですね」


 正門付近の集団をながめながら、エルマーさんが言う。


「今回は、先方からの強い要望あっての会談のようですから、開口一番、さっそく話し始めてしまっているのかもしれません……うーん、困りましたね」


 つまり、あの聖職者一行は、特別なゲスト。

 閣下とオリップさんが、先ほどの部屋を慌てて飛び出していった理由は、彼らにあるようだ。


 確かに、立ち話が終わる様子はない。


 エルマーさんの推測通り、あの場で、もう本題に入っているのだとすれば、ずいぶんせっかちな気がする。

 教団の方々は、用意されているはずの正式な席に着くことさえ待てないほどに、大公へ伝えたい何かがあるのだろうか?

 

 「では、裏門へ回りましょう。さすがに、猊下げいかの前を通り過ぎるわけにはいきませんから」


 猊下というのは、最高位の聖職者に対する敬称。

 つまりあの中に、ベンデノフ国教会の長がいるということだ。


「さぁ、こちらへ」


 エルマーさんにうながされ、吾輩たちは正門の反対側へ。


 こちらの庭も、手入れが行き届いている印象。

 美術や工芸に造詣ぞうけいの深い閣下のことだ。

 細かなこだわりがあるんだろう。


「サンドイッチはおいしかったですか?」


 不意に、エルマーさんから。


「違いましたか? 先ほど、私が初めて皆さんに声をかけた時、通りの露店付近にいたものですから、てっきり召し上がったものかと」

「ええ、いただきましたよ」


 吾輩が答える。

 南ベンデノフ風のサンドイッチを食べた直後、エルマーさんが見つけてくれたんだ。


「お口に合いましたか?」

「はい、とても」


「私も好きなんですよ、あのサンドイッチ。一口食べてから、ずっととりこで」

「わかりますよ。豆自体は本来素朴ですが、あのソースとからむことで、とても満足感のある味になるんですよね」


「ワガハイさん、グルメですね」

「いえ、そんなことは」


「実は、おすすめの食べ方があります」

「おすすめの食べ方ですか?」


「隣国のパジーロには、グシカそうという食用の植物があるのですが、ご存知ですか?」

「ええ」


「グシカ草を知っているとは、やはりグルメじゃないですか」

「いえいえ、本当に違うんですよ」


「ほとんどは地元の方が料理に使うだけで、異国には出回りません。ですが、まれに外部でも手に入ることがあるのです。非常にめずらしいですけどね」

「それは知りませんでした」


「実は先日、町の市場で見つけまして。どうやら、通な行商人が流しているようです。思わず買ってしまいましたよ」

「……お好きなんですね、エルマーさん」


「あの苦み、くせになりますよね?」

「生で、ですか?」


「もちろん生です。あの手の植物にしては、かなり日持ちするので」

「加熱調理したものではなく?」


「それでは苦みが消えてしまいますよ」

「……本当に、生のグシカ草がお好き?」


「はい。くせになりますよね?」

「そう、です……ね?」


「よかった。苦手な方が多いようなので、仲間に出会えてうれしいです」

「……確かに、万人受けはしませんね」


「それで、おすすめの食べ方ですが」

「もう、何となく予想できてしまいましたが……」


「生のグシカ草を刻んで、薬味として少量トッピングするのです。これがもう絶品で」

「グシカ草を、生でトッピング……」


「機会があれば、ぜひ食べていただきたいです」

「そうですね……機会があれば」


「ぜったいですよ、ワガハイさん♪」

「…………」


 それとなく会話をしていると、小さな納屋が見えてきた。

 城で働く庭師の方が、道具などを収納しているんだろう。


 そして、敷地を囲む壁。

 表側と比べると、こちらはずいぶんな高さがある。

 まるで、城の背中を守っているみたいだ。


 その城壁の一部に、取って付けたような扉が設置されていた。

 あれが裏門か。

 当然ながら正門より小さい。

 それでも、一般的な出入り口よりは大きかった。


 扉の中央には、開閉を妨げるような木製の太い棒が、飛び出た金具を支えに横たわっている。

 防犯用の横木だ。

 侵入者を防ぐじょうの役割を果たしているんだろう。


 慣れた手つきで横木を外し、エルマーさんが扉を開けてくれる。


「表側は、何かと慌ただしいと思います。ですので、町での夕食がお済みになりましたら、この裏門へお越しください。とはいえ警備上の理由から、こちらは常時施錠しています。一度出れば、外からは入れないでしょう。扉をノックしていただければ、再び、私が皆さんをお迎えいたします。よき頃合いには待機していますので、そこはご安心を」


 すると彼は、胸から金貨を取り出した。


「こちらは、我がトゥエンティン大公閣下の肖像が掘られた特別なものでございます」


 クーリアが顔を近づける。


「どれどれ……うわっ、本当だ」


 示された金貨には、確かに閣下の横顔が。


「町でこれを提示すれば、皆さんが城のゲストであることが伝わります。お代は後日、私どもに回ってきますので、ご心配なく」


 どうぞ――と、エルマーさんが吾輩に、トゥエンティン大公の金貨を渡してくれた。


「同時にそれは、皆さんが、本当に皆さんであることを証明するものでもあります。数時間後、またここでお会いするときに、それを私にお返しくださいね」


 なるほど。

 怪盗ジフォンの存在を踏まえた、一種の通行手形というわけか。

 

「それでは、南ベンデノフ城下町の夜を、ゆっくりお過ごしください」


 エルマーさんが、ていねいに送り出してくれる。


 もしも予告通り、あの大盗賊が現れるなら、明日は騒がしい一日になる。

 せっかくの機会だ。

 ぜいたくにならない程度に楽しませてもらおう。


 ミロートさんを加えた吾輩たちパーティーは、一路、にぎやかな繁華街を目指す。


 さて、南ベンデノフでの食事、何をいただこうかな。

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