017. 来訪、ベンデノフ国教会の聖職者たち(前編)
エルマーさんの案内で廊下を進み、城の出入り口から庭へ。
すると、正門付近に『目』を引く団体が。
「えっ……あ、わっ! い、いっぱい!?」
その状況を前に、クーリアが驚いた。
一人の男性を中心に、十名ほどの男女の姿が。
その全員が、横に強く張り出た肩当てと、土色のローブを身に着けていた。
遠目からは、半数ほどが人間で、半数ほどが別の種族のように思える。
人間ではない方々は、総じて首が長く、蛇のような顔をしていた。
しかしクーリアは、彼らのことを言ったわけじゃない。
彼らの周りに集まっている、特徴的な生物に対してだ。
「さっきの虹色の蛇みたいなのが、あの人たちを囲んじゃってるよ、ワガハイくん」
そう。
この庭で確認できた虹うろこの蛇(?)が、ざっと数えて十数匹、あの集団と同化しているんだ。
なかなかインパクトのある光景。
けれど、虹色の蛇らしき生き物が、あの場の人々を威嚇するような素振りはない。
だからなのか、ローブ姿の彼らが、現状を恐れている雰囲気もなかった。
「ど、どこにいたの、あんなに……」
吾輩のコートをつかむクーリアは、ひどく戸惑っている様子。
事情がわからない以上、彼女の反応も無理はなかった。
近くには、閣下とオリップさんもいる。
立ち話をしているようだが、二人もまた、虹色うろこの生き物を気にしてはいなかった。
「だ、大丈夫なのかな、あの人たち。それに、トゥエンティンさまとオリップさんも……足元の蛇みたいなのに、急に『シャー』って襲われたりしない?」
「あちらは『ベンデノフ国教会』の皆さまです」
クーリアを安心させるためだろう。
穏やかな口調で、エルマーさんが教えてくれる。
「別名は『ユルルングル教会』。その名が示すとおり、精霊獣である『ユルルングル』を崇める、ベンデノフ特有の民族宗教です」
民族宗教は、ある地域や民族と関係の深い、限られた範囲でのみ信仰されている宗教のこと。
地域や民族を超えて、世界中で広く信仰されているウィヌモーラ大教のような世界宗教とは、種類の異なるものだ。
「『国教会』ということは、王国が公式に関与を?」
「はい。我が国の歴史や文化とは、ぜったいに切り離せない宗教となっています」
吾輩の質問に、エルマーさんが端的に答えた。
どうやらベンデノフ王国では、王族と教団の結びつきが強いみたいだ。
国の正式な宗教として、保護や援助をしているんだろう。
「その、ゆ、ゆるるんぐる――って、いったい、どういう?」
言い慣れない名称に苦戦するクーリアにも、エルマーさんは素早く応じる。
「ベンデノフの守り神と考えられています。まぁ、ユルルングルは精霊獣ですので、正しくは『守護精霊』とでもなるのでしょうが」
国を守護する精霊獣、か。
「ユルルングルは、虹色のうろこを持つ、美しい大蛇です。国民の中には、親しみを込めて『大虹さま』と呼ぶ方もいますよ」
「虹色のうろこ、大蛇で『大虹さま』……もしかして、あの蛇みたいな生き物と関係ありますか?」
エルマーさんの言葉で、いろいろとつながったんだろう。
クーリアが尋ねた。
「ええ、その通りです。あの蛇は『虹蛇』。ユルルングルの『御使い』であり、国中のいたるところに生息しています」
「うわっ、そのまんまの名前」
クーリアが苦笑い。
わかりやすいですよね――と、エルマーさんは続ける。
「蛇というには、いささか奇妙な姿をしていますが、それもそのはず。彼らは幻獣。いわば、ドラゴンであるキューイくんのような存在なのです」
なるほど、幻獣か。
それなら、一般的な蛇と外見的な差異があるのもうなずける。
「御使いということは、あの虹蛇たちは、ユルルングルから何か指示を受けているのでしょうか?」
「実は現在、ユルルングルは眠っているのです――と言うより、ユルルングルが目覚めた記録は、歴史上ほとんどありません」
ミロートさんの疑問に、エルマーさんは興味深い返答をする。
「ユルルングルは今、王国内の集落――『タグセックの里』で眠りについています。ベンデノフ国教会における聖地であり、信仰対象である精霊獣の寝床というわけですね」
国の守り神が、眠っている?
「ベンデノフ王国に危機が迫るとき、ユルルングルは目覚めるのです。それ以外、我らが御柱は夢の中。異国の方が聞けば、ずいぶんと怠惰な神霊だと思うかもしれませんね」
国の平和が乱されるならば、その存在は動き出す。
なるほど。
確かに、ベンデノフの守護者だ。
「しかし眠っていても、意識の深いところで、ユルルングルは国中の虹蛇とつながっています。偉大なる精霊獣は、彼らを通して、私たちを見守っているのです。だから、虹蛇は御使い。御柱の目であり、耳であり、手足なのです」
ユルルングルを信仰する国民にとって、虹蛇もまた、尊ぶべき対象というわけだ。
「そっか。だから町のおじさん、私たちにあんなことを」
入国直後、すぐに話しかけてくれた男性のことだろう。
クーリアが、納得したようにつぶやいた。
「じゃあ、あの人たちに虹蛇が集まっているのは、そういうことなのかな?」
エルマーさんは、土色ローブの集団を『ベンデノフ国教会の皆さま』だと教えてくれた。
つまり、ユルルングルに仕える聖職者の方々。
守護精霊の御使いである虹蛇が、彼らに親しみを抱くのも当然だろう。
「ほとんどの虹蛇は、私たちに敵意や警戒心を持っていません。慣れないうちは驚かれるでしょうが、近くで見ると、意外とチャーミングなんですよ」
「う、うーん……一匹二匹くらいなら大丈夫かもしれないけど、あんなふうに囲まれちゃうと、ちょっとなぁ」
距離はあるものの、この敷地内に、虹蛇が十数匹。
穏やかな幻獣とはいえ、異国の者からすれば、身構えてしまうのも仕方がない。
しかし吾輩は、クーリアとは別の点が気になった。
エルマーさんは『ほとんどの虹蛇は』と表現した。
文字通りに受け取れば、例外が存在するということ。
道中で遭遇した、あの奇妙な虹うろこの獣の姿が、吾輩の頭に浮かんだ。




