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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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017. 来訪、ベンデノフ国教会の聖職者たち(前編)

 エルマーさんの案内で廊下を進み、城の出入り口から庭へ。


 すると、正門付近に『目』を引く団体が。


「えっ……あ、わっ! い、いっぱい!?」


 その状況を前に、クーリアが驚いた。


 一人の男性を中心に、十名ほどの男女の姿が。

 その全員が、横に強く張り出た肩当てと、土色のローブを身に着けていた。

 遠目からは、半数ほどが人間で、半数ほどが別の種族のように思える。

 人間ではない方々は、総じて首が長く、蛇のような顔をしていた。


 しかしクーリアは、彼らのことを言ったわけじゃない。

 彼らの周りに集まっている、特徴的な生物に対してだ。


「さっきの虹色の蛇みたいなのが、あの人たちを囲んじゃってるよ、ワガハイくん」


 そう。

 この庭で確認できた虹うろこの蛇(?)が、ざっと数えて十数匹、あの集団と同化しているんだ。


 なかなかインパクトのある光景。


 けれど、虹色の蛇らしき生き物が、あの場の人々を威嚇するような素振りはない。

 だからなのか、ローブ姿の彼らが、現状を恐れている雰囲気もなかった。


「ど、どこにいたの、あんなに……」


 吾輩のコートをつかむクーリアは、ひどく戸惑っている様子。

 事情がわからない以上、彼女の反応も無理はなかった。


 近くには、閣下とオリップさんもいる。

 立ち話をしているようだが、二人もまた、虹色うろこの生き物を気にしてはいなかった。


「だ、大丈夫なのかな、あの人たち。それに、トゥエンティンさまとオリップさんも……足元の蛇みたいなのに、急に『シャー』って襲われたりしない?」

「あちらは『ベンデノフ国教会』の皆さまです」


 クーリアを安心させるためだろう。

 穏やかな口調で、エルマーさんが教えてくれる。

 

「別名は『ユルルングル教会』。その名が示すとおり、精霊獣である『ユルルングル』を崇める、ベンデノフ特有の民族宗教です」


 民族宗教は、ある地域や民族と関係の深い、限られた範囲でのみ信仰されている宗教のこと。

 地域や民族を超えて、世界中で広く信仰されているウィヌモーラ大教のような世界宗教とは、種類の異なるものだ。


「『国教会』ということは、王国が公式に関与を?」

「はい。我が国の歴史や文化とは、ぜったいに切り離せない宗教となっています」


 吾輩の質問に、エルマーさんが端的に答えた。


 どうやらベンデノフ王国では、王族と教団の結びつきが強いみたいだ。

 国の正式な宗教として、保護や援助をしているんだろう。


「その、ゆ、ゆるるんぐる――って、いったい、どういう?」


 言い慣れない名称に苦戦するクーリアにも、エルマーさんは素早く応じる。


「ベンデノフの守り神と考えられています。まぁ、ユルルングルは精霊獣ですので、正しくは『守護精霊』とでもなるのでしょうが」


 国を守護する精霊獣、か。


「ユルルングルは、虹色のうろこを持つ、美しい大蛇です。国民の中には、親しみを込めて『大虹さま』と呼ぶ方もいますよ」

「虹色のうろこ、大蛇で『大虹さま』……もしかして、あの蛇みたいな生き物と関係ありますか?」


 エルマーさんの言葉で、いろいろとつながったんだろう。

 クーリアが尋ねた。


「ええ、その通りです。あの蛇は『虹蛇にじへび』。ユルルングルの『御使みつかい』であり、国中のいたるところに生息しています」

「うわっ、そのまんまの名前」


 クーリアが苦笑い。


 わかりやすいですよね――と、エルマーさんは続ける。


「蛇というには、いささか奇妙な姿をしていますが、それもそのはず。彼らは幻獣。いわば、ドラゴンであるキューイくんのような存在なのです」


 なるほど、幻獣か。

 それなら、一般的な蛇と外見的な差異があるのもうなずける。


「御使いということは、あの虹蛇たちは、ユルルングルから何か指示を受けているのでしょうか?」

「実は現在、ユルルングルは眠っているのです――と言うより、ユルルングルが目覚めた記録は、歴史上ほとんどありません」


 ミロートさんの疑問に、エルマーさんは興味深い返答をする。


「ユルルングルは今、王国内の集落――『タグセックの里』で眠りについています。ベンデノフ国教会における聖地であり、信仰対象である精霊獣の寝床というわけですね」


 国の守り神が、眠っている?


「ベンデノフ王国に危機が迫るとき、ユルルングルは目覚めるのです。それ以外、我らが御柱みはしらは夢の中。異国の方が聞けば、ずいぶんと怠惰な神霊だと思うかもしれませんね」


 国の平和が乱されるならば、その存在は動き出す。


 なるほど。

 確かに、ベンデノフの守護者だ。


「しかし眠っていても、意識の深いところで、ユルルングルは国中の虹蛇とつながっています。偉大なる精霊獣は、彼らを通して、私たちを見守っているのです。だから、虹蛇は御使い。御柱の目であり、耳であり、手足なのです」


 ユルルングルを信仰する国民にとって、虹蛇もまた、尊ぶべき対象というわけだ。


「そっか。だから町のおじさん、私たちにあんなことを」


 入国直後、すぐに話しかけてくれた男性のことだろう。

 クーリアが、納得したようにつぶやいた。


「じゃあ、あの人たちに虹蛇が集まっているのは、そういうことなのかな?」


 エルマーさんは、土色ローブの集団を『ベンデノフ国教会の皆さま』だと教えてくれた。

 つまり、ユルルングルに仕える聖職者の方々。

 守護精霊の御使いである虹蛇が、彼らに親しみを抱くのも当然だろう。


「ほとんどの虹蛇は、私たちに敵意や警戒心を持っていません。慣れないうちは驚かれるでしょうが、近くで見ると、意外とチャーミングなんですよ」

「う、うーん……一匹二匹くらいなら大丈夫かもしれないけど、あんなふうに囲まれちゃうと、ちょっとなぁ」


 距離はあるものの、この敷地内に、虹蛇が十数匹。

 穏やかな幻獣とはいえ、異国の者からすれば、身構えてしまうのも仕方がない。

 

 しかし吾輩は、クーリアとは別の点が気になった。


 エルマーさんは『ほとんどの虹蛇は』と表現した。

 文字通りに受け取れば、例外が存在するということ。

 道中で遭遇した、あの奇妙な虹うろこの獣の姿が、吾輩の頭に浮かんだ。

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