009. 白いドラゴンの親子(3)
しばらく、静かな時間が流れる。
話を黙って聞いていたクーリアとヒズリさんも、切なげに顔を見合わせていた。
白き幼竜さえ、鳴くことのない夜の森。
そんな空間を、強烈な敵意が――いや、殺意が一瞬にして包み込む。
すぐに反応したのは母竜。
さっきまでの雰囲気からは一変して、吾輩たちを威圧した時のそれになっていた。
大きな魔力が三つ――母竜から感じた気配と、同じではないが近い。
強大な力を持つドラゴンでも、当然、恐れるものはある。
例えば、竜を狩るほどの腕を持つ戦士。
例えば、多種多様な魔法を操る魔術師。
例えば、同族のドラゴン――。
なるほど。
これは、なかなか厄介だぞ。
「……クーリア、この子を頼むよ。それと、ヒズリさんもね」
吾輩は、肩に乗っていた幼竜を抱き、そのままクーリアに預けた。
「え、う、うん」
「キュイ……」
戸惑いながら受け取ったクーリアと、不安そうに身を縮めた幼竜。
「三体、ですよね?」
「……関わるなと言ったはずですが」
吾輩に伝えながらも、母竜は上空を見据えていた。
「相手にできますか、その体で?」
挑発に聞こえるだろうか。
詳しい事情は、正直よくわからない。
けれど今夜の吾輩は、ヒズリさんの護衛なんだ。
この森が焼け野原なってしまうような危険が迫っているのに、指を加えて見ているわけにはいかない。
「あなたは、息子さんを守りたいんじゃないんですか?」
「……わかりました、いいでしょう。しかし、どうなっても知りませんよ」
吾輩の言葉を受けて、母竜が翼を下ろす。
乗りなさい――と、そう言っているんだ。
母竜の背中に吾輩が上がると、彼女はちらりと、愛しの我が子に視線を向けた。
「キュイ……」
息子の声に、母親は何も答えない。
ただ、瞳に焼き付けるように見つめると、ばさりと大きく翼をはためかせた。
「行きますよ」
木々を揺らし、吾輩を乗せた白き竜が飛翔する。
すると、西の方角から迫る、怪しき影。
「ギャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャァオゥッ!!」
「ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォルグッ!!」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
殺意をあらわにする、三体の翼竜。
月の光に映る姿は、くすんだ深い緑色。
体格は母竜よりも小さいが、それでも吾輩からすれば、すべてが怪物サイズだった。
「グアォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
威嚇するように、母竜が咆える。
一瞬気圧されたような三体の翼竜だったが、すぐに陣形を組んで、吾輩たちの周囲を取り囲んでいた。
「大いに暴れますよ。あなたのことを気にしてはいられないので、ご自分の身は、どうかご自分でお守りください」
吾輩に忠告してくれた直後、母竜の口から、白い魔力光線が放たれる。
「ヴァファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
闇夜を貫く輝きの筋。
それは正面の翼竜の胸を貫き、相手をそのまま絶命させる。
「ガッ、アガッ……」
息を漏らして、ゆっくりと大地へ落ちていく翼竜。
母竜はたった一撃で、襲撃してきたドラゴン一体を退けてしまった。
「ギャャャャァオゥッ」
「ブォォォォォルグッ」
とはいえ、残りはまだ二体。
安心してはいられない。
二体のうち、その片方が、背後から母竜を狙う。
「〈火の飛礫〉」
死角からの攻撃には、吾輩が対処。
呪文で創り出した魔法の火球が、敵の翼を直撃した。
「ギャオゥ!?」
さすがに墜撃することはできなかったけれど、機動力は奪えたか。
吾輩の魔法を受けた翼竜は、バランスを崩して後退した。
「助かりました」
「いいえ――ほら、次が来ますよ」
短く言葉を交わしたのも束の間、すぐにもう一体が向かってきた。
母竜は体を倒して高度を下げ、それを回避。
しかし敵の翼竜は、強引に旋回して、大きく口を開いた。
「ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
吐き出されたのは、灼熱の火炎。
夜空を焦がすような赤い波が、吾輩たちを襲う。
直後、母竜は急激に上昇。
炎を眼下に、頭上から敵の翼竜を攻撃するつもりなんだろう。
だが、それに集中するあまり彼女は、自らの背後に意識が向いていなかった。
吾輩が気づいた時にはもう、翼に傷を負った翼竜が、母竜の尾に迫っていたんだ。
「グァッ!?」
翼竜の牙が、白き母竜のうろこに突き刺さった。
激痛からか、彼女は空中で巨体をよじる。
「くっ……〈火の飛礫〉」
振り落とされないようにしながら、吾輩は呪文を唱えて、翼竜をけん制。
敵の腹部側面に魔法を当て、母竜から遠ざけることに成功した。
しかし、
「ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
再び、もう一方からの火炎攻撃。
吾輩は背中に乗っているから直撃を避けられたものの、
「グァラッ!?」
母竜は、その吐息を、正面から受けてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「こ、高度を上げます……」
苦しそうにしながらも、母竜は翼をはばたかせる。
そもそも、彼女は体に傷を負っていた。
ドラゴンの上級種とはいえ、今はもう、精神力だけで持ちこたえている状態なのかもしれない。
「ギャオォォォッ」
「ブルフゥゥゥッ」
二体の翼竜と向き合いながら、しばしのこう着状態。
個体としての能力は母竜の方が高いだろうが、さすがに、簡単には退けられないか。
母竜が、吾輩に問う。
「……魔力は、まだ残っていますか?」
「ええ、いくらでもどうぞ」
「頼もしい答えです。ならば、火球を三発ほど散らしてください。視界の両端と、その中央に――あとは、私が仕留めます」
白き母竜の闘気が強くなる。
持久戦は不利。
次の接触で終わらせる――当然の判断だろう。
にらみ合う、固まった時間。
それを乱して動いたのは、二体の翼竜の方だった。
「ギャオォォォッ」
「ブルフゥゥゥッ」
体当たりでもしてくるのか、躊躇なく迫る二体のドラゴン。
同時に母竜も、迎え撃つがごとく前進する。
「〈火の飛礫〉」
吾輩は両手から、左右に魔法の火の玉を放つ。
すると翼に当たるのを避けるために、翼竜は互いに、内側へと接近した。
続けざまに吾輩は、再度呪文を唱える。
「〈火の飛礫〉」
次は、二つの巨体の真ん中へ。
すると翼竜たちは、三発目の火球をかわそうと、今度は外側に広がろうとした。
そこを、母竜は見逃さない。
「ヴァファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
吐き出した魔力光線の進行方向に、自ら入るような形になった右側の翼竜は、
「ガッ、アグッ……」
その半身を焼かれ、そのまま絶命して落ちていった。




