012. 大賢者の遺物と稀代の大盗賊(4)
彷徨える大罪人。
特定の国家や地域のみでは対応不可能になった、国境を超えた咎人たちの総称。
各地の王族貴族などによって指名され、その犯行を踏まえ、国境なき騎士団が組織として認定する。
それぞれの抱く欲望や業を胸に、世界を彷徨い、秩序と平穏を蹂躙する者たちだ。
認定にいたる経緯と、その行為から、彼らは国境なき騎士団の宿敵として広く知られている。
世界が恐れる存在。
それが、彷徨える大罪人――。
その名称が出された以上、確かめないわけにはいかない。
「それで、いったい誰が、ステレッサの粘土板を?」
吾輩は銅の騎士。
本部の騎士ではないが、もちろん彼らの中の何名かは記憶している。
とはいえ、彷徨える大罪人全員を把握しているわけじゃない。
捕縛された者もいれば、新しく認定された者もいるだろう。
果たして、見聞きしたことのある相手だろうか?
「まるで帯のような紫色の布を頭に巻き、獣の長い尾のようになびかせる。着込んだ上品なジャケットは、夜に溶け込むほどに深い黒。下半身は、非常に特徴的な衣装だ。極端に太く、足首に向かって強く狭まる、異様に股上の浅いシルエット。大きなマントをひるがえすその正体は、白い仮面によって覆われ、何者も知ることはできない――」
その外見を、滞ることなく口にした閣下が、一拍の間を置いて答える。
「彷徨える大罪人の名は『怪盗ジフォン』。世界のすべてを奪うと言われる、完全無欠の大盗賊だ」
怪盗ジフォン。
あのジフォンか!
だけど、その人物は確か――。
「えっ、怪盗ジフォン!?」
示された名前に、クーリアが反応する。
「おぉクーリア、ジフォンを知っていたか」
「知ってるも何も、世界的に有名ですよね?」
「確かに、その知名度は抜きん出ているからな」
なぜだろう?
自分の手に入れた宝を奪おうとしている盗賊――だというのに、閣下はどこか誇らしそうだ。
少し重苦しかった空気が、やや軽くなった。
ミロートさんが続く。
「それどころか、ジフォンは『民に愛されし彷徨える大罪人』じゃないですか」
世界が恐れる凶悪な咎人たち、彷徨える大罪人。
その一人が『民に愛され』ているだなんて、ずいぶん奇妙な話だ。
しかし、これは事実。
理由は、その咎人の『犯罪』にある。
「怪盗ジフォンは、いわゆる義賊。名に冠する『怪盗』とは、風のように現れ、煙のように消える、その鮮やかな手口への敬称。他の彷徨える大罪人とは、一線を画していますからね」
ミロートさんの言葉が、すべてを物語っている。
怪盗ジフォン。
世界のすべてを狩り場としている、神出鬼没の大盗賊。
仮面で顔を隠しているため、正体は不明。
年齢、性別、その種族さえ特定されていない。
いくつもの華麗な魔法を操り、騎士や憲兵を手玉に取るという。
「左様でございます」
しばらくは流れを見守っていたオリップさんが、口を開く。
「正体不明の大盗賊は、大きくわけて二種類の盗みを行っております。一つは、私腹を肥やす悪しき権力者から財産を奪い、貧しい民衆に与えるもの。もう一つは、世界に散らばる希少なアイテムを目的とするもの」
「……トゥエンティンさま、悪いことは言いません。今のうちに、悪事を白状した方がいいですよ。ちょうどここに、国境なき騎士団員のワガハイくんがいますし」
「俺は、私腹を肥やす悪しき権力者じゃない!!」
「坊ちゃん、私の知らぬ間に!?」
「お前も乗るな、オリップ!!」
クーリアの冗談(?)に、閣下は声を荒らげていた。
最初は緊張してた彼女だけど、大公を相手にイジるだなんて。
オリップさんまで巻き込んじゃってるし。
すごいな、まったく。
……いや、感心してていいのかな、これ?
「あはは……ま、まぁ、今回は後者。つまり、等級六つ星のステレッサの粘土板だから狙われた――ということになりますよね」
ミロートさんが、話の方向を正した。
義賊とは、弱きを助け強きをくじく盗賊を指す言葉。
不当な富を有する王族貴族たちから金品を盗み、それを民衆へ流す――この行いによって、ジフォンはそう呼ばれているんだ。
庶民から支持されている理由は、ここにある。
一方、正体不明の大盗賊は、もう一つの盗みにも余念がない。
それが、レアアイテムをターゲットとした犯行だ。
「しかし、どうして閣下がステレッサの粘土板を持っていることを、ジフォンは知ったのでしょう?」
ミロートさんから出た素朴な疑問に、オリップさんが答える。
「それは坊ちゃ――閣下が、王弟大公博物館に展示なされているからでしょう」
「えっ!? ぐ、等級六つ星の品を、一般に開放しているんですか!?」
「はい、左様でございます」
「す、すごい……」
何でもないようにうなずくオリップさんだけど、確かに驚くべきことだ。
等級六つ星のアイテムは、世界全体でも限られている。
所在が判明していないものだって多いはず。
その一つを、博物館で展示?
ミロートさんの反応は、世間の誰もが抱く感想だろう。
「……まったく、クーリアもオリップも、俺を何だと思っているんだ」
グチりつつ、閣下もトーンをあらためた。
感嘆するミロートさんの態度に、気分をよくしたのかもしれない。
「たとえ等級六つ星だとしても――いや、だからこそ、多くの人に見てもらうべきだろう?」
「……そ、それはすごく立派です」
「ふっ、勝ったな」
「う、うぅぅ……」
勝ち誇ったようなトゥエンティンさまに、なぜか悔しそうなクーリア。
いったい、いつから勝負に?
閣下が、ジフォンの活動に話を戻す。
「各国の特権階級、その一部に対しては、俺も思うところがある。これでも貴族の端くれだ。恵まれた立場にあるから余計にな。だから、ジフォンの義賊としての働きには、何とも言えない感情があるのが正直なところだ」
少なくともトゥエンティンさまは、自らの領民に恥じる行いをする為政者ではないだろう。
出会って間もないが、誠実な人物だと判断できる。
しかし世の中には、ほめられない権力者がいることも事実。
きっと閣下の立場なら、その手のうわさを聞くことも少なくないはず。
ジフォンを肯定できないまでも、単なる『悪』と見なすには抵抗がある――といったところか。
「俺としては、各地のレアアイテムを狙う方に興味がある」
前のめりになるトゥエンティンさま。
やっぱりだ。
どういうわけか閣下は、この話題を楽しんでいるように思える。
もしかして――。
「盗賊は犯罪者だが、世界的希少品にこだわりがある以上、ジフォンも俺と同じ情熱を持つ者だと考えられる」
「……ベンデノフの大公が、彷徨える大罪人と『同じ情熱を持つ者』だなんて、口にしていいんですかね?」
ミロートさんは心配しているが、当の本人は意に介していない。
「坊ちゃん」
「閣下だ」
「閣下、はっきり言ったらどうです? 怪盗ジフォンに狙われて、内心は鼻高々だと」
オリップさんが、あきれたように指摘する。
「えっ?」
クーリアは固まり、
「ん?」
ミロートさんは首をかしげた。
「そ、そんなこと、あ、ああ、あるわけないだろうが。お、おお、おかしなことを言うなよ、お、おお、オリップ、このぉ」
……うろたえ方が、ものすごい。
ああ、この人、ぜったいそうだ――って、ミロートさんの顔に書いてあった。




