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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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012. 大賢者の遺物と稀代の大盗賊(4)

 彷徨さまよえる大罪人たいざいにん

 特定の国家や地域のみでは対応不可能になった、国境を超えた咎人とがびとたちの総称。

 各地の王族貴族などによって指名され、その犯行を踏まえ、国境なき騎士団が組織として認定する。

 それぞれの抱く欲望やごうを胸に、世界を彷徨い、秩序と平穏を蹂躙じゅうりんする者たちだ。


 認定にいたる経緯と、その行為から、彼らは国境なき騎士団の宿敵として広く知られている。

 世界が恐れる存在。

 それが、彷徨える大罪人――。


 その名称が出された以上、確かめないわけにはいかない。

 

「それで、いったい誰が、ステレッサの粘土板を?」


 吾輩は銅の騎士ブロンズナイト

 本部の騎士ではないが、もちろん彼らの中の何名かは記憶している。

 とはいえ、彷徨える大罪人全員を把握しているわけじゃない。

 捕縛された者もいれば、新しく認定された者もいるだろう。

 果たして、見聞きしたことのある相手だろうか?


「まるで帯のような紫色の布を頭に巻き、獣の長い尾のようになびかせる。着込んだ上品なジャケットは、夜に溶け込むほどに深い黒。下半身は、非常に特徴的な衣装だ。極端に太く、足首に向かって強くせばまる、異様に股上の浅いシルエット。大きなマントをひるがえすその正体は、白い仮面によって覆われ、何者も知ることはできない――」


 その外見を、とどこおることなく口にした閣下が、一拍の間を置いて答える。


「彷徨える大罪人の名は『怪盗ジフォン』。世界のすべてを奪うと言われる、完全無欠の大盗賊だ」


 怪盗ジフォン。

 あのジフォンか!


 だけど、その人物は確か――。


「えっ、怪盗ジフォン!?」


 示された名前に、クーリアが反応する。


「おぉクーリア、ジフォンを知っていたか」

「知ってるも何も、世界的に有名ですよね?」

「確かに、その知名度は抜きん出ているからな」


 なぜだろう?

 自分の手に入れた宝を奪おうとしている盗賊――だというのに、閣下はどこか誇らしそうだ。


 少し重苦しかった空気が、やや軽くなった。


 ミロートさんが続く。


「それどころか、ジフォンは『民に愛されし彷徨える大罪人』じゃないですか」


 世界が恐れる凶悪な咎人たち、彷徨える大罪人。

 その一人が『民に愛され』ているだなんて、ずいぶん奇妙な話だ。


 しかし、これは事実。

 理由は、その咎人の『犯罪』にある。


「怪盗ジフォンは、いわゆる義賊。名に冠する『怪盗』とは、風のように現れ、煙のように消える、その鮮やかな手口への敬称。他の彷徨える大罪人とは、一線を画していますからね」


 ミロートさんの言葉が、すべてを物語っている。


 怪盗ジフォン。

 世界のすべてを狩り場としている、神出鬼没の大盗賊。

 仮面で顔を隠しているため、正体は不明。

 年齢、性別、その種族さえ特定されていない。

 いくつもの華麗な魔法を操り、騎士や憲兵を手玉に取るという。


「左様でございます」


 しばらくは流れを見守っていたオリップさんが、口を開く。


「正体不明の大盗賊は、大きくわけて二種類の盗みを行っております。一つは、私腹を肥やす悪しき権力者から財産を奪い、貧しい民衆に与えるもの。もう一つは、世界に散らばる希少なアイテムを目的とするもの」

「……トゥエンティンさま、悪いことは言いません。今のうちに、悪事を白状した方がいいですよ。ちょうどここに、国境なき騎士団員のワガハイくんがいますし」

「俺は、私腹を肥やす悪しき権力者じゃない!!」


「坊ちゃん、私の知らぬ間に!?」

「お前も乗るな、オリップ!!」


 クーリアの冗談(?)に、閣下は声を荒らげていた。


 最初は緊張してた彼女だけど、大公を相手にイジるだなんて。

 オリップさんまで巻き込んじゃってるし。

 すごいな、まったく。

 ……いや、感心してていいのかな、これ?


「あはは……ま、まぁ、今回は後者。つまり、等級六つ星グレードシックスのステレッサの粘土板だから狙われた――ということになりますよね」


 ミロートさんが、話の方向を正した。


 義賊とは、弱きを助け強きをくじく盗賊を指す言葉。

 不当な富を有する王族貴族たちから金品を盗み、それを民衆へ流す――この行いによって、ジフォンはそう呼ばれているんだ。

 庶民から支持されている理由は、ここにある。


 一方、正体不明の大盗賊は、もう一つの盗みにも余念がない。

 それが、レアアイテムをターゲットとした犯行だ。


「しかし、どうして閣下がステレッサの粘土板を持っていることを、ジフォンは知ったのでしょう?」


 ミロートさんから出た素朴な疑問に、オリップさんが答える。


「それは坊ちゃ――閣下が、王弟大公博物館トゥエンティンミュージアムに展示なされているからでしょう」

「えっ!? ぐ、等級六つ星グレードシックスの品を、一般に開放しているんですか!?」


「はい、左様でございます」

「す、すごい……」


 何でもないようにうなずくオリップさんだけど、確かに驚くべきことだ。

 等級六つ星グレードシックスのアイテムは、世界全体でも限られている。

 所在が判明していないものだって多いはず。

 その一つを、博物館で展示?

 ミロートさんの反応は、世間の誰もが抱く感想だろう。


「……まったく、クーリアもオリップも、俺を何だと思っているんだ」


 グチりつつ、閣下もトーンをあらためた。

 感嘆するミロートさんの態度に、気分をよくしたのかもしれない。


「たとえ等級六つ星グレードシックスだとしても――いや、だからこそ、多くの人に見てもらうべきだろう?」

「……そ、それはすごく立派です」


「ふっ、勝ったな」

「う、うぅぅ……」


 勝ち誇ったようなトゥエンティンさまに、なぜか悔しそうなクーリア。

 いったい、いつから勝負に?


 閣下が、ジフォンの活動に話を戻す。


「各国の特権階級、その一部に対しては、俺も思うところがある。これでも貴族の端くれだ。恵まれた立場にあるから余計にな。だから、ジフォンの義賊としての働きには、何とも言えない感情があるのが正直なところだ」


 少なくともトゥエンティンさまは、自らの領民に恥じる行いをする為政者ではないだろう。

 出会って間もないが、誠実な人物だと判断できる。


 しかし世の中には、ほめられない権力者がいることも事実。

 きっと閣下の立場なら、その手のうわさを聞くことも少なくないはず。


 ジフォンを肯定できないまでも、単なる『悪』と見なすには抵抗がある――といったところか。


「俺としては、各地のレアアイテムを狙う方に興味がある」


 前のめりになるトゥエンティンさま。


 やっぱりだ。

 どういうわけか閣下は、この話題を楽しんでいるように思える。


 もしかして――。


「盗賊は犯罪者だが、世界的希少品にこだわりがある以上、ジフォンも俺と同じ情熱を持つ者だと考えられる」

「……ベンデノフの大公が、彷徨える大罪人と『同じ情熱を持つ者』だなんて、口にしていいんですかね?」


 ミロートさんは心配しているが、当の本人は意に介していない。


「坊ちゃん」

「閣下だ」

「閣下、はっきり言ったらどうです? 怪盗ジフォンに狙われて、内心は鼻高々だと」


 オリップさんが、あきれたように指摘する。


「えっ?」


 クーリアは固まり、


「ん?」


 ミロートさんは首をかしげた。


「そ、そんなこと、あ、ああ、あるわけないだろうが。お、おお、おかしなことを言うなよ、お、おお、オリップ、このぉ」


 ……うろたえ方が、ものすごい。


 ああ、この人、ぜったいそうだ――って、ミロートさんの顔に書いてあった。

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