009. 大賢者の遺物と稀代の大盗賊(1)
十数分ほど経っただろうか。
部屋の扉が、勢いよく開かれた。
入ってきたのは二人。
「やぁやぁ、よく来てくれた」
一人は、背の高い人間の中年男性。
うねりのある茶色い髪。
力強く割れたあご。
まつげに特徴のある、印象的な目元。
一度見たら、なかなか忘れないタイプの容姿だ。
衣装は、やや主張のうるさい色使い。
刺繍や装飾の多い生地は、吾輩にもわかるくらいに上等なものだ。
位の高い人物に間違いない。
「いきなりのことで、さぞ困惑されたことでしょう」
もう一人は、白いひげをたくわえた老人。
背中が曲がっているわけではないのに、かなり小柄だ。
外見だけでは種族を判別できないが、おそらく人間やエルフではないだろう。
背の高い人間の男性と比べると、服装は地味で落ち着いている。
しかしながら、おそらくオーダーメイドの一級品。
高貴な場でも恥ずかしくない、黒を基調とした礼服だ。
こちらも、相応の地位にある方だと考えられる。
「無礼もあっただろうが、気を悪くしないでくれ。こちらも緊急事態なんだ」
背の高い男性が言う。
「君たちの入国には、非常に感謝している。今の俺にとっては、まさに僥倖。何より、君がゴーストなのがいい、最高だ」
「……そうですか」
事態は、相変わらずさっぱり。
だが、貴族だと思われるこちらの男性は、吾輩の来訪を、すこぶる喜んでいるようだ。
「坊ちゃん」
白いひげの男性が、中年の男性に呼びかける。
「今日は予定が立て込んでおります。明日への備えもありますし、さっそく本題へ」
「わかっている、そう急かすな――それと、人前で『坊ちゃん』はやめろ。俺だって、もう三十代半ばを過ぎているんだからな」
「それは失礼しました、閣下」
「よろしい」
「……言い慣れませんなぁ」
年齢差が見受けられる二人。
だが、そのやり取りからして、若い男性の方が上の立場にあるようだ。
「コホン、まずはあいさつ」
仕切り直しという雰囲気で、背の高い男性が口を開く。
「俺は、大公の『トゥエンティン』だ。この城の長であり、この南ベンデノフ城下町の領主でもある」
大公で、領主。
なるほど。
入国直後、町の方が語ってくれた国王の弟君というのが、この方か。
「私は『オリップ』と申します。見ての通りの老いぼれ『ノッカー』ではございますが、長年、ベンデノフ王家に仕えてきた者でございます」
歳を重ねた男性が続いた。
ノッカーは、体の小さな種族の一つ。
成人しても、人間やエルフの子供ほどの身長にしかならないのだとか。
山岳地帯や、そのふもとで生活している者が多いと聞いている。
実際に対面するのは、吾輩にも初めての経験だ。
「しかしながら、今は坊ちゃ――閣下のお世話をたまわる侍従長。この老体にむちを打ち、生涯最後の仕事だと思って取り組んでおります」
侍従長。
つまり、この城の雑務を取り仕切っている側用人、そのまとめ役ということか。
二人が、この城の主と、その最側近であることはわかった。
吾輩も、彼らに応じる。
「吾輩は、ワガハイ。もうご存じかと思いますか、銅の騎士の地位を持つ、旅のゴーストです」
仲間のふたりも、すぐに続く。
「私は、ハーフエルフのクーリアです。ワガハイくんとパーティーを組んでいます。そして、この子はキューイです」
「キュイ、キューイ」
空気を呼んだミロートさんも、この流れに乗る。
「僕は、エルフのミロートと申します。ワガハイさんとは……まぁ、とりあえずご一緒させてもらっているという感じなんですが」
歯切れが悪くなるのも仕方がない。
確かに、どう説明したらいいのか、ちょっと難しいからね。
「ワガハイ、クーリア、キューイにミロート――よし、覚えた。よろしく頼む」
「私からも、どうぞよろしくお願いいたします」
この町の領主である大公――トゥエンティンさまと、侍従長であるノッカーの男性――オリップさんが、それぞれにあいさつを返してくれた。
「さて、ワガハイ。君は、何も話を聞かされないまま、ここまで来ているな?」
「ええ、その通りです」
尋ねてきたトゥエンティンさまに、ありのままを答えた。
「当然、まずは詳細を説明するのが道理なんだが、こちらにも、いろいろ事情があったんだ」
「事は、非常に複雑。皆さまには城にお越しいただき、落ち着いた時間をもうけるのが一番だと判断したのです」
「すまなかった」
「お許しください」
大公と侍従長に謝罪されては、もう無碍にはできない。
「頭を上げてください」
吾輩が伝える。
「この期に及んで帰るつもりはありません。吾輩に何を求めているのかわかりませんが、できる限りの協力はさせてもらおうと考えています」
「おお、ありがたい。では、適当な席に着いてくれ。聞いてもらいたい話がある」
大公に言われるがまま、吾輩たちは着席。
あちらの二人も、それぞれに腰を下ろした。
トゥエンティンさまが口を開く。
「俺は、現ベンデノフ国王の弟で、大公の地位にある。この城下町は俺の領土だ。従って、この地においては、兄である国王陛下からも独立した、特別な権限を認められている」
もちろん、ここも王国の一部には変わりないがな――と、閣下は付け加えた。
「大公だ、領主だと肩書きだけは立派だが、実のところ俺は、政の方はからっきしなのさ」
初対面で聞かされるには、何とも反応に困る内容。
しかし自虐というには、ずいぶんあっけらかんとしている。
「気なんか遣わなくていいぞ。才能がないのはもちろんだが、そもそも興味がないからな」
閣下は数回、右手を軽く振った。
「こんな領主じゃ、町の住民は気の毒だが、この城の役人や憲兵は、皆よくやってくれている。俺はただ、彼らが働きやすい環境を整えてやればいいだけ。そのくらいのことは、俺にもできる。貴族としての、最低限の責任ってやつだ」
ここまではっきりおっしゃるんだ。
きっと、為政者としての自己評価は正しいものなんだろう。
けれどこの人は、領地の民のことを軽んじてはいない。
部下である者たちを信じ、託すことで、この町を治めているようだ。
「何せ、この国の国王は優秀だからな。兄貴が王位にある限り、こんな俺でも、城下町の一つや二つ、どうにか守っていける――なぁ、オリップ?」
「ええ。陛下は先王に、勝るとも劣らないお方ですから」
「……オリップ、兄貴のことは『坊ちゃん』って言わないな」
「そんなこと、恐れ多くて言えません」
「……おい」
不満そうなトゥエンティンさまだが、オリップさんのまなざしは温かかった。
「ま、まぁいい」
閣下が流れを戻す。
「つまり俺は、王国中央から独立して、好きなようにやらせてもらっている――ここまではいいな?」
うなずく吾輩たち。
どこに着地するのか見当もつかない。
だが、大公と侍従長の関係と人となりは、十分に感じることができた。
 




