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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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009. 大賢者の遺物と稀代の大盗賊(1)

 十数分ほど経っただろうか。

 部屋の扉が、勢いよく開かれた。


 入ってきたのは二人。


「やぁやぁ、よく来てくれた」


 一人は、背の高い人間の中年男性。


 うねりのある茶色い髪。

 力強く割れたあご。

 まつげに特徴のある、印象的な目元。

 一度見たら、なかなか忘れないタイプの容姿だ。


 衣装は、やや主張のうるさい色使い。

 刺繍ししゅうや装飾の多い生地は、吾輩にもわかるくらいに上等なものだ。

 位の高い人物に間違いない。


「いきなりのことで、さぞ困惑されたことでしょう」


 もう一人は、白いひげをたくわえた老人。


 背中が曲がっているわけではないのに、かなり小柄だ。

 外見だけでは種族を判別できないが、おそらく人間やエルフではないだろう。


 背の高い人間の男性と比べると、服装は地味で落ち着いている。

 しかしながら、おそらくオーダーメイドの一級品。

 高貴な場でも恥ずかしくない、黒を基調とした礼服だ。

 こちらも、相応の地位にある方だと考えられる。


「無礼もあっただろうが、気を悪くしないでくれ。こちらも緊急事態なんだ」


 背の高い男性が言う。


「君たちの入国には、非常に感謝している。今の俺にとっては、まさに僥倖ぎょうこう。何より、君がゴーストなのがいい、最高だ」

「……そうですか」


 事態は、相変わらずさっぱり。

 だが、貴族だと思われるこちらの男性は、吾輩の来訪を、すこぶる喜んでいるようだ。


「坊ちゃん」


 白いひげの男性が、中年の男性に呼びかける。


「今日は予定が立て込んでおります。明日への備えもありますし、さっそく本題へ」

「わかっている、そう急かすな――それと、人前で『坊ちゃん』はやめろ。俺だって、もう三十代半ばを過ぎているんだからな」


「それは失礼しました、閣下」

「よろしい」

「……言い慣れませんなぁ」


 年齢差が見受けられる二人。

 だが、そのやり取りからして、若い男性の方が上の立場にあるようだ。


「コホン、まずはあいさつ」


 仕切り直しという雰囲気で、背の高い男性が口を開く。


「俺は、大公の『トゥエンティン』だ。この城のちょうであり、この南ベンデノフ城下町の領主でもある」


 大公で、領主。


 なるほど。

 入国直後、町の方が語ってくれた国王の弟君というのが、この方か。


「私は『オリップ』と申します。見ての通りの老いぼれ『ノッカー』ではございますが、長年、ベンデノフ王家に仕えてきた者でございます」


 歳を重ねた男性が続いた。


 ノッカーは、体の小さな種族の一つ。

 成人しても、人間やエルフの子供ほどの身長にしかならないのだとか。

 山岳地帯や、そのふもとで生活している者が多いと聞いている。

 実際に対面するのは、吾輩にも初めての経験だ。


「しかしながら、今は坊ちゃ――閣下のお世話をたまわる侍従長じじゅうちょう。この老体にむちを打ち、生涯最後の仕事だと思って取り組んでおります」


 侍従長。

 つまり、この城の雑務を取り仕切っている側用人そばようにん、そのまとめ役ということか。


 二人が、この城のあるじと、その最側近さいそっきんであることはわかった。


 吾輩も、彼らに応じる。


「吾輩は、ワガハイ。もうご存じかと思いますか、銅の騎士ブロンズナイトの地位を持つ、旅のゴーストです」


 仲間のふたりも、すぐに続く。


「私は、ハーフエルフのクーリアです。ワガハイくんとパーティーを組んでいます。そして、この子はキューイです」

「キュイ、キューイ」


 空気を呼んだミロートさんも、この流れに乗る。


「僕は、エルフのミロートと申します。ワガハイさんとは……まぁ、とりあえずご一緒させてもらっているという感じなんですが」


 歯切れが悪くなるのも仕方がない。

 確かに、どう説明したらいいのか、ちょっと難しいからね。


「ワガハイ、クーリア、キューイにミロート――よし、覚えた。よろしく頼む」

「私からも、どうぞよろしくお願いいたします」


 この町の領主である大公――トゥエンティンさまと、侍従長であるノッカーの男性――オリップさんが、それぞれにあいさつを返してくれた。


「さて、ワガハイ。君は、何も話を聞かされないまま、ここまで来ているな?」

「ええ、その通りです」


 尋ねてきたトゥエンティンさまに、ありのままを答えた。


「当然、まずは詳細を説明するのが道理なんだが、こちらにも、いろいろ事情があったんだ」

「事は、非常に複雑。皆さまには城にお越しいただき、落ち着いた時間をもうけるのが一番だと判断したのです」


「すまなかった」

「お許しください」


 大公と侍従長に謝罪されては、もう無碍むげにはできない。

 

「頭を上げてください」


 吾輩が伝える。


「この期に及んで帰るつもりはありません。吾輩に何を求めているのかわかりませんが、できる限りの協力はさせてもらおうと考えています」

「おお、ありがたい。では、適当な席に着いてくれ。聞いてもらいたい話がある」


 大公に言われるがまま、吾輩たちは着席。


 あちらの二人も、それぞれに腰を下ろした。


 トゥエンティンさまが口を開く。


「俺は、現ベンデノフ国王の弟で、大公の地位にある。この城下町は俺の領土だ。従って、この地においては、兄である国王陛下からも独立した、特別な権限を認められている」


 もちろん、ここも王国の一部には変わりないがな――と、閣下は付け加えた。


「大公だ、領主だと肩書きだけは立派だが、実のところ俺は、まつりごとの方はからっきしなのさ」


 初対面で聞かされるには、何とも反応に困る内容。

 しかし自虐じぎゃくというには、ずいぶんあっけらかんとしている。


「気なんか遣わなくていいぞ。才能がないのはもちろんだが、そもそも興味がないからな」


 閣下は数回、右手を軽く振った。


「こんな領主じゃ、町の住民は気の毒だが、この城の役人や憲兵は、皆よくやってくれている。俺はただ、彼らが働きやすい環境を整えてやればいいだけ。そのくらいのことは、俺にもできる。貴族としての、最低限の責任ってやつだ」


 ここまではっきりおっしゃるんだ。

 きっと、為政者としての自己評価は正しいものなんだろう。


 けれどこの人は、領地の民のことを軽んじてはいない。

 部下である者たちを信じ、託すことで、この町を治めているようだ。


「何せ、この国の国王は優秀だからな。兄貴が王位にある限り、こんな俺でも、城下町の一つや二つ、どうにか守っていける――なぁ、オリップ?」

「ええ。陛下は先王に、勝るとも劣らないお方ですから」


「……オリップ、兄貴のことは『坊ちゃん』って言わないな」

「そんなこと、恐れ多くて言えません」

「……おい」


 不満そうなトゥエンティンさまだが、オリップさんのまなざしは温かかった。


「ま、まぁいい」


 閣下が流れを戻す。


「つまり俺は、王国中央から独立して、好きなようにやらせてもらっている――ここまではいいな?」


 うなずく吾輩たち。


 どこに着地するのか見当もつかない。


 だが、大公と侍従長の関係と人となりは、十分に感じることができた。

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