008. 虹色うろこの蛇(後編)
さて。
通されたはいいが、クーリアとキューイは、やっぱり困惑している。
見知らぬ土地で、いきなりの展開だからね。
一方でミロートさん。
この妙な事態を、冷静に受け止めているようだ。
「すみません、ミロートさん。よくわからないことに付き合わせてしまって」
黙ってついてきてくれる彼に、歩きながら伝える。
この城の関係者――しかも、かなり上の立場にある人物が、吾輩を呼びつけたことに間違いはないだろう。
考えるまでもなく、その相手は貴族。
権力に媚びるつもりはない。
けれど、ここで逃げ出すわけにもいかない。
どうやら、国境なき騎士団員としての吾輩に用があるみたいだからね。
パーティーのふたりはともかく、ミロートさんはただ、ここまでの道中で偶然出会っただけの旅人だ。
内心、迷惑でしかないだろう。
「いいですよ、お気になさらず」
しかし彼は、興味深そうな表情を見せる。
「乗りかかった船です。別に牢獄に叩き込まれるわけでもなさそうですし、話くらい聞かせてもらいますよ」
なるほど。
やはり彼も旅人なんだな。
予定外の出来事を、楽しもうとする姿勢が染み着いている。
敷地内に建つ城は、とても美しかった。
庭との調和がとれている、という印象。
城閣が低いため、城それ自体に高さはない。
だからだろうか。
取って付けた雰囲気はなく、空間全体から浮いてしまうようなことがないんだ。
城には本来、平時の役所としての機能と、戦時の要塞としての機能がある。
この城からは、後者の部分はあまり感じられない。
平和であることを前提とした造りだ。
中央の城とは別の建物の姿も。
あちらの周囲には、白い石像が数体見られる。
警備をしているのだろうか。
集まっている憲兵が多い。
いったい、あれは?
そこに、
「あ、えっ……」
ちょっと驚いたようなクーリアの声。
「わ、ワガハイくん。向こうの、ほら」
クーリアが、少し離れた花壇付近を指差す。
彼女の示した場所にいたのは、虹色のうろこを持つ蛇らしき生き物だった。
「あ、あれじゃないかな? さっき、町の人が言ってた蛇って」
確認できるのは数匹。
一般的に蛇というと、きつく編み込まれた縄のような体を想像するが、ずいぶんと違う。
胴の部分がふくらんでいて、全体として丸みのあるフォルムだ。
三角形に近い形の頭部があり、人間の首に当たる部分がキュッと細く、腹部がまた太くなり、尾の部分で締まる――という、めずらしい風貌。
全身の長さによって個体差はありそうだが、サイズの違う数匹とも、おおむね似たような感じだった。
花壇では、庭師の男性が作業をしている。
すぐそこに虹うろこの蛇(?)がいるというのに、彼は特に気にすることもなく、平然と手を動かしていた。
対して蛇らしき生物も、庭師の男性を襲うような素振りは微塵もない。
あれが、この地域においてどのような存在なのか、まだわからない。
しかし、ベンデノフ国民の生活に、強く溶け込んでいることは間違いないだろう。
こだわりのありそうな貴族の敷地内で、当たり前のように『目』にすることができるくらいだからね。
気になりつつも、城の入り口へ。
こちらにも門番が立っていたが、もう呼び止められはしなかった。
扉から続く廊下。
壁には、いろいろなタッチの絵画が、吾輩たちを迎えるように飾られていた。
城主の趣味だろうか?
クーリアとキューイは、さながら美術館のような光景に、自然と注意を奪われていた。
「こちらに」
廊下を進んだ奥。
いくつかの扉が並ぶ中の一室に、吾輩たちは通された。
「ぉうわっ……」
先ほどとは違うテンションで、クーリアが口を開く。
「お城だし、それはそうだろうけど、やっぱり広い」
応接間らしき場所。
長い机、複数の椅子。
廊下同様の絵画に加え、陶器の置物まである。
そして、とにかく広い。
「すぐに『閣下』をお連れしますので、どうか、しばらくおくつろぎください」
一礼した男性は、この場を後にした。
閣下か。
まぁ、そうなるよね。
「く、くつろげって言われても……」
「キュイーッ♪」
「あっ、キューイ、ダメだよ。高そうな壷があるんだから、そっちに行ったりしたら」
「キュイ……」
クーリアに言われ、キューイがしゅんとなる。
広いとはいえ、飛び回るのに適した場所じゃない。
ドラゴンの彼には、これでも窮屈だろう。
「落ち着いていますよね、ワガハイさん」
と、ミロートさん。
「あなたこそ」
「僕は貴族の城に、先導を伴って入城した経験なんてありませんよ――こういうことは何度も?」
「初めてではありません」
「やっぱり、国境なき騎士団員だからですか?」
「いえ。吾輩は末席の銅の騎士。過去、このような事態に遭遇したのは、あくまで偶然が重なった結果です」
通常、王族貴族などが国境なき騎士団に助力を求める場合、組織の本部にコンタクトをとる。
個人的なつながりでもあれば別だが、流れ者の銅の騎士が、直接それに関わることはない。
しかし本部の指示を受けて、銅の騎士が動くことは少なくない。
組織の中にいない騎士ゆえ、世界各地で自由に働けるという利点があるんだ。
これこそ、銅の騎士が認められている大きな理由。
とはいえ本部の騎士ではない以上、原則、組織を構成する騎士――すなわち、銀の騎士以上の地位を持つ者の指揮下に入ることになる。
つまり、ここの城主が、銅の騎士である吾輩を招いたということは、おそらく誰かが、この地に――。




