007. 虹色うろこの蛇(前編)
身なりの整った男性に連れられて、詳細不明のまま、吾輩たちは大通りを直進。
事情を聞いても、彼は『とにかく、私についてきてください』と答えるだけ。
「(この町の役人の方かな? 何か悪いことでもしたの、ワガハイくん?)」
こっそりクーリアが尋ねてきたけど、そんなわけがない。
この町に着いたのは、ついさっきのこと。
ここまでにやったことといえば、露店のサンドイッチをいただいただけだ。
「(別に、ならず者扱いされているんじゃないと思うよ)」
前を行く男性は、強引だけど乱暴じゃない。
立ち振る舞いに関しては、むしろていねいだ。
仮に彼が役人だとして、吾輩たちを犯罪者だと誤解しているなら、町の憲兵を率いてくるだろう。
私についてきて――というような展開にはならないはずだ。
「(もしも吾輩たちに問題があるとすれば、本当は入国しちゃいけなかったのに入国しちゃった――とかじゃない?)」
厳しそうな審査があったけど、国境なき騎士団の名前を出したとたん、急に緩くなってたし。
「(えぇーっ! だって私たち、通されたから入国したんだよ。無理やり入ったわけじゃない。それに、ワガハイくんが銅の騎士なのは本当のことだもん)」
クーリアの主張は正しい。
通されたから通っただけだ。
まぁ、若干ごまかすように抜けてきた部分はあるけどね。
半ば巻き込まれる形になったミロートさんも、困惑しながら同行してくれている。
彼も当然、この状況を把握できていない。
「着きましたよ」
黒い服装の男性が立ち止まる。
何となくそうだろうなと予想していたけど、案の定、目的の場所はここだった。
「こちらは『南ベンデノフ城』です」
この町の中心地、南ベンデノフ城。
城の周囲には石壁が走っているが、それほど威圧感は受けない。
吾輩が見てきたものと比べると、あまり高さがない印象だ。
無骨さが少なく、上品な雰囲気。
本来は侵入者を拒むためのものではあるが、全体に統一感を持たせるための装飾――とさえ思えてくる。
正門なのだろう。
大きな二枚扉の前に、憲兵が二名立っていた。
「おお、その方が」
「確かに、ゴーストさんのようだ」
門番らしき二人。
吾輩の姿に、何か納得している様子。
「とはいえ、一応」
「ああ、素通りさせることはできない」
憲兵二人の言葉に、
「ええ、もちろん」
黒い衣装の男性がうなずいた。
この三人の間では、何かの共通認識があるらしい。
相変わらず詳細は不明。
わかったのは、身なりの整った男性が、どうやら城の関係者らしいということだけ。
クーリアが予想したように、彼は役人なんだろうか?
「ここまで従っていただき恐縮ですが、あらためて、しっかりと確認させていただきます」
役人かもしれない彼は、上着の中から、小さなナイフを取り出した。
「腕を」
目的はわからない。
しかし、何をしたいのかは理解できた。
吾輩は黙ってコートの袖を上げ、左腕を差し出した。
ナイフを構えた男性が、刃を高く掲げる。
「えっ!? ちょ、ちょっと何するのっ!?」
きょとんとしていたクーリアも、吾輩が何をされるのか、さすがに想像できたらしい。
「ワガハイくんが何をしたって言うの! 役人だからって、理由もなく――」
「ありがとう、クーリア。でも、大丈夫」
取り乱した彼女を落ち着かせる。
できるだけ、落ち着いた口調で。
「キュイ……」
「…………」
心配そうなキューイと、無言で見守っているミロートさん。
「どうぞ」
「……失礼します」
吾輩の許可を受けて、男性がナイフを振り下ろす。
「うっ……」
わかっているだろうに、クーリアは目を背ける。
鈍く光る短い刃は、吾輩の腕をするりと通り抜け、そのまま空を切る。
当の本人である男性は、自分の感覚が信じられない――というような表情をしていた。
「……なるほど」
しかし、それ以上の動揺を見せることはない。
まるで新たな学びを得たかのように、そっと一言つぶやいていた。
「おお!」
「まさに、この方はゴーストさんだ」
対して、門番の憲兵二名。
こちらは、明らかな驚きの声を上げる。
知識としては耳にしていても、実際に目撃したのは初めてなんだろう。
「……い、痛くない、ワガハイくん?」
「全然」
泣き出しそうなクーリアに答えて、吾輩はコートの袖を直した。
「ご無礼をお許しください」
ナイフを収めた男性が、吾輩に詫びた。
「重ね重ね申し訳ありませんが、ペンダントの方も、一応よろしいですか?」
「いいですよ」
言われるがまま、吾輩は銅の騎士の徽章を示す。
「はい、確かに」
黒い服装の男性が、大きくうなずく。
どうやらこれで、本当に審査が終了したみたいだ。
「お手数おかけして、申し訳ありません」
「では、どうぞ城内へ」
門番の二人が、吾輩たちをうながす。
「案内します」
吾輩をナイフで試した男性に先導され、開かれた大きな扉を抜けた。




