004. 妙に厳しい入国審査(後編)
「あーっ、よかったぁ」
門番である憲兵の二人から離れたところで、クーリアが両腕を伸ばした。
「よくわかんないけど、どうにかなったね。入っちゃえばこっちのものだもん♪」
「キュイ」
喜ぶ彼女に、キューイも同意(?)していた。
「やっぱり、国境なき騎士団ってすごいんだね。ワガハイくんが銅の騎士だって知ったら、さっきの二人、急に態度が変わっちゃったし」
「まぁ、そうみたいだけど……」
入国できたのはいいが、ちょっと引っかかる。
銀の騎士。
国境なき騎士団の本部に属する騎士。
組織からは距離を保ち、その理念のみを胸に各地を流れる銅の騎士とは、かなり立場の違う存在。
あの憲兵が言っていたことが事実なら、このベンデノフに、誰かが――。
「国境なき騎士団の騎士、だったんですね」
考えにふけっていた吾輩は、ミロートさんの声で我に返る。
「驚きました。まさかワガハイさんのような方が、国境なき騎士団員だなんて」
「よく言われます」
国境なき騎士団に対する世間一般の印象は、正義と秩序を守る者たちの集い――というものだろう。
その構成員は、誠実で品格のある武人がイメージされがちだ。
吾輩の地位が銅の騎士であることを差し引いても、根無し草の旅人ゴーストがそうだとは、普通思わない。
「何か勘違いさせてしまったようですね」
吾輩の反応を訂正するように、ミロートさんが続ける。
「ワガハイさんのような物腰やわらかい方と、国境なき騎士団が、僕の中で結びつかなかったんです。もっと荒々しかったり、場合によっては冷徹な武人だったりするのかなと、それとなく想像していたので」
「なるほど、そうでしたか」
「どうですか、当たっています?」
「当たらずとも遠からず、といったところでしょうか」
国境なき騎士団と一口に言っても、その構成員は多種多様。
世間が抱くイメージ通りの騎士もいるだろうし、ミロートさんが考えるタイプの騎士もいるだろう。
吾輩が直接知っている騎士団員の数は限られているが、その中でさえ、それぞれ個性の違う者たちばかりだ。
はぐらかすような答えになってしまったが、こう返すことしかできないのが本音だった。
「おや、旅の人ですか?」
そこへ、町の方が話しかけてきた。
五十代くらいの男性だった。
「ようこそ、ここは『南ベンデノフ城下町』。ベンデノフ王国、南の玄関口でございます」
やや大げさに手を広げた男性の奥に広がるのは、美しく整備された町の風景だった。
「(新しい集落に入った直後に出会う、こういう地元の方、旅のあるあるですよね)」
ミロートさんが、いたずらっぽくつぶやいていた。
「別名は『王弟大公領』。国王陛下の弟君である『トゥエンティン』大公閣下が領する城下町ですよ」
大公というのは、王族と強い血縁関係のある大貴族の称号。
王弟大公領。
つまり国王の実弟が、中央とは形式上独立して治めている地域ということだ。
町を走る大通りの奥に、立派な城が建っている。
あの場所に、領主である大公が住んでいるんだろう。
「安全で過ごしやすい町ですから、どうか素敵な時間をお楽しみください」
一礼して去っていく――と思いきや、
「おっと、一つだけ注意を」
指を立てて、男性が付け加える。
「この国には、虹色のうろこを持つ蛇が、いたるところにいます。もちろん、この町にも」
虹色のうろこを持つ蛇。
それって――。
「旅人の皆さんは、きっと驚かれることでしょう。ですがどうか、襲われない限りは手を出したりしないでください。虹色の蛇は『大虹さま』の御使いで、私たちを見守ってくれていますから」
話を聞いていたクーリアが、その言葉を繰り返す。
「……大虹、さま?」
「この国の国民にとって、大虹さまは大切な存在ですからね」
そう言い残して、地元の男性は去っていった。
数秒の沈黙の後、
「僕、虹色の蛇、斬り捨てちゃいましたけど……」
苦笑いで、ミロートさんが口を開いた。
確認するまでもない。
『〈氷剣の斬撃〉』
ここに来る道中、彼と出会うきっかけになった、あの時のことだ。
「まずかったですかね?」
「いやいや、あれは襲われてますから、私たち」
申し訳なさそうなミロートさんを、クーリアが弁護する。
「大虹さま? が、いったいどういう存在なのかわかりませんけど、あんなのが町にいるなんて、どう考えてもおかしいですよ」
クーリアの言う通り。
あの奇怪な蛇が、さっきの男性が言っていた虹うろこの蛇かどうかはわからない。
しかし、狂獣化状態の獣が、この整備された町に現れたりしたら、間違いなく大混乱になる。
おそらくは、似て非なる何か――なんだろう。
「そうですよね。まぁ、あの方も『おとなしく食べられろ』とは言いませんでしたし、そもそも国の領土外での出来事。きっと大丈夫でしょう」
ミロートさんの中で、自分なりに解決できたらしい。
あの太刀筋には少しの迷いもなかったけれど、あんなことを聞かされれば、気になってしまうのも仕方がない。
先ほどの男性の話から察するに、何か、宗教的な背景があるようだ。
この地域固有の信仰が、住民の方々に根付いているのかもしれない。
「では、無事にベンデノフ王国に入れたということで、僕はここで」
吾輩たちから一歩離れ、ミロートさんが言う。
「短い時間でしたが、皆さんと出会えて――」
そこに、特徴的な音が響く。
誰かの空腹を知らせる、あの音だ。
「……ふふっ、おなか空いちゃったよね、キューイ」
「キュ、キュイ」
クーリアが指摘すると、当の本人は、恥ずかしそうに翼を上下させていた。
「ミロートさん。よかったら、食事をごちそうさせていただけませんか? 先ほどのお礼を兼ねて」
キューイを胸に引き寄せて、クーリアが伝える。
「と言っても、私たちは貧乏パーティー。通りでリーズナブルなものを買い食いするだけなので、豪華なものを期待しちゃダメですよ」
「キュイ、キュイ」
クーリアの提案に、腹ぺこキューイも賛成のようだ。
「……い、いいんですか?」
ミロートさんが、吾輩に聞いてきた。
驚いたように。
そして、少し戸惑っているように。
彼にとって、まったく予期していない提案だったんだろう。
けれどそんなこと、確認されるまでもない。
「ええ、もちろん」
吾輩の言葉に、ミロートさんはうれしそうに笑った。




