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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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004. 妙に厳しい入国審査(後編)

「あーっ、よかったぁ」


 門番である憲兵の二人から離れたところで、クーリアが両腕を伸ばした。


「よくわかんないけど、どうにかなったね。入っちゃえばこっちのものだもん♪」

「キュイ」


 喜ぶ彼女に、キューイも同意(?)していた。


「やっぱり、国境なき騎士団ってすごいんだね。ワガハイくんが銅の騎士ブロンズナイトだって知ったら、さっきの二人、急に態度が変わっちゃったし」

「まぁ、そうみたいだけど……」


 入国できたのはいいが、ちょっと引っかかる。


 銀の騎士シルバーナイト

 国境なき騎士団の本部に属する騎士。

 組織からは距離を保ち、その理念のみを胸に各地を流れる銅の騎士ブロンズナイトとは、かなり立場の違う存在。


 あの憲兵が言っていたことが事実なら、このベンデノフに、誰かが――。


「国境なき騎士団の騎士、だったんですね」


 考えにふけっていた吾輩は、ミロートさんの声で我に返る。


「驚きました。まさかワガハイさんのような方が、国境なき騎士団員だなんて」

「よく言われます」


 国境なき騎士団に対する世間一般の印象は、正義と秩序を守る者たちの集い――というものだろう。

 その構成員は、誠実で品格のある武人がイメージされがちだ。

 吾輩の地位が銅の騎士ブロンズナイトであることを差し引いても、根無し草の旅人ゴーストがそうだとは、普通思わない。


「何か勘違いさせてしまったようですね」


 吾輩の反応を訂正するように、ミロートさんが続ける。


「ワガハイさんのような物腰やわらかい方と、国境なき騎士団が、僕の中で結びつかなかったんです。もっと荒々しかったり、場合によっては冷徹な武人だったりするのかなと、それとなく想像していたので」

「なるほど、そうでしたか」


「どうですか、当たっています?」

「当たらずとも遠からず、といったところでしょうか」


 国境なき騎士団と一口に言っても、その構成員は多種多様。

 世間が抱くイメージ通りの騎士もいるだろうし、ミロートさんが考えるタイプの騎士もいるだろう。

 吾輩が直接知っている騎士団員の数は限られているが、その中でさえ、それぞれ個性の違う者たちばかりだ。


 はぐらかすような答えになってしまったが、こう返すことしかできないのが本音だった。


「おや、旅の人ですか?」


 そこへ、町の方が話しかけてきた。

 五十代くらいの男性だった。


「ようこそ、ここは『南ベンデノフ城下町』。ベンデノフ王国、南の玄関口でございます」


 やや大げさに手を広げた男性の奥に広がるのは、美しく整備された町の風景だった。


「(新しい集落に入った直後に出会う、こういう地元の方、旅のあるあるですよね)」


 ミロートさんが、いたずらっぽくつぶやいていた。


「別名は『王弟大公領おうていたいこうりょう』。国王陛下の弟君である『トゥエンティン』大公閣下が領する城下町ですよ」


 大公というのは、王族と強い血縁関係のある大貴族の称号。

 王弟大公領。

 つまり国王の実弟が、中央とは形式上独立して治めている地域ということだ。


 町を走る大通りの奥に、立派な城が建っている。

 あの場所に、領主である大公が住んでいるんだろう。


「安全で過ごしやすい町ですから、どうか素敵な時間をお楽しみください」


 一礼して去っていく――と思いきや、


「おっと、一つだけ注意を」


 指を立てて、男性が付け加える。


「この国には、虹色のうろこを持つ蛇が、いたるところにいます。もちろん、この町にも」 


 虹色のうろこを持つ蛇。

 それって――。


「旅人の皆さんは、きっと驚かれることでしょう。ですがどうか、襲われない限りは手を出したりしないでください。虹色の蛇は『大虹おおにじさま』の御使みつかいで、私たちを見守ってくれていますから」


 話を聞いていたクーリアが、その言葉を繰り返す。


「……大虹、さま?」

「この国の国民にとって、大虹さまは大切な存在ですからね」


 そう言い残して、地元の男性は去っていった。


 数秒の沈黙の後、


「僕、虹色の蛇、斬り捨てちゃいましたけど……」


 苦笑いで、ミロートさんが口を開いた。

 確認するまでもない。



『〈氷剣の斬撃ミュレ・フォル・パーザ〉』



 ここに来る道中、彼と出会うきっかけになった、あの時のことだ。


「まずかったですかね?」

「いやいや、あれは襲われてますから、私たち」


 申し訳なさそうなミロートさんを、クーリアが弁護する。


「大虹さま? が、いったいどういう存在なのかわかりませんけど、あんなのが町にいるなんて、どう考えてもおかしいですよ」


 クーリアの言う通り。

 あの奇怪な蛇が、さっきの男性が言っていた虹うろこの蛇かどうかはわからない。

 しかし、狂獣化バーサク状態の獣が、この整備された町に現れたりしたら、間違いなく大混乱になる。

 おそらくは、似て非なる何か――なんだろう。


「そうですよね。まぁ、あの方も『おとなしく食べられろ』とは言いませんでしたし、そもそも国の領土外での出来事。きっと大丈夫でしょう」


 ミロートさんの中で、自分なりに解決できたらしい。

 あの太刀筋には少しの迷いもなかったけれど、あんなことを聞かされれば、気になってしまうのも仕方がない。


 先ほどの男性の話から察するに、何か、宗教的な背景があるようだ。

 この地域固有の信仰が、住民の方々に根付いているのかもしれない。


「では、無事にベンデノフ王国に入れたということで、僕はここで」


 吾輩たちから一歩離れ、ミロートさんが言う。


「短い時間でしたが、皆さんと出会えて――」


 そこに、特徴的な音が響く。

 誰かの空腹を知らせる、あの音だ。


「……ふふっ、おなか空いちゃったよね、キューイ」

「キュ、キュイ」


 クーリアが指摘すると、当の本人は、恥ずかしそうに翼を上下させていた。


「ミロートさん。よかったら、食事をごちそうさせていただけませんか? 先ほどのお礼を兼ねて」


 キューイを胸に引き寄せて、クーリアが伝える。


「と言っても、私たちは貧乏パーティー。通りでリーズナブルなものを買い食いするだけなので、豪華なものを期待しちゃダメですよ」

「キュイ、キュイ」


 クーリアの提案に、腹ぺこキューイも賛成のようだ。


「……い、いいんですか?」


 ミロートさんが、吾輩に聞いてきた。

 驚いたように。

 そして、少し戸惑っているように。


 彼にとって、まったく予期していない提案だったんだろう。

 けれどそんなこと、確認されるまでもない。


「ええ、もちろん」


 吾輩の言葉に、ミロートさんはうれしそうに笑った。

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