003. 妙に厳しい入国審査(前編)
歩き続けて、さらに数時間。
あれから、奇妙な獣に襲われることはなかった。
早朝に出発したおかげか、まだ太陽も残っている。
「着いたぁ」
大きな柵門の前で、クーリアが言った。
右も左も、一面が石壁。
内に広がる集落を、ぐるりと囲っているようだ。
たとえ他の土地から訪れたとしても、この先に町が――さらには国があることは、誰の目にも明らかだった。
「旅の方ですか?」
鉄格子状の扉付近に、二人の男性が立っていた。
金属製の胸当てに、刃の小さな槍を装備。
たぶん、この国の憲兵だろう。
ズンズンと、こちらに接近してきた二人。
その一方が、吾輩たちに尋ねてくる。
「入国の目的は?」
「えっ、も、目的……ですか?」
困ったように、クーリアが吾輩に視線を向けてきた。
「吾輩たちは、このルドマ大陸を北上してきました。目的という目的はないのですが、こちらの国で過ごさせていただきたいのです」
入国審査ということだろうか?
彼らにしてみれば当然の職務ではあるけれど、風任せな旅人には、どうにも困ってしまう質問だ。
「うーむ、怪しいですね」
誠実に答えたつもりだが、彼らは満足していない。
「何かよからぬことを」
「たくらんでいるのでは?」
武器を向けてくることはなかった。
しかし彼らは、なぜか吾輩たちを疑っている様子。
とりあえず、すんなり通してはくれないみたいだ。
「(どういうことでしょうか?)」
状況を見守っていたミロートさんが、吾輩に耳打ちをしてくる。
「(ベンデノフへの入国は難しい――という話を、僕は聞いたことはありません。国内で、何か起こっているのでしょうか?)」
その手のうわさがあるなら、パジーロ城下町での情報収集で、クーリアが耳にしているはず。
あるとすれば、まだ他国にまでは伝わっていない、ごく最近の出来事に由来するものになるだろう。
一般論として、治安を害するような部外者を立ち入らせないのは、国として当たり前のこと。
それは理解できる。
とはいえ、いったい、吾輩たちのどこが怪しいんだ?
旅人ゴースト。
ハーフエルフの少女。
白い幼竜。
エルフの青年剣士。
ひょっとして、門番である彼らには、悪事を働く犯罪者パーティーにでも見えている?
だとすれば、その根拠くらいは示してもらわないと。
狂獣化状態の野犬といい、妙な虹うろこの蛇といい、おかしなことが続いているな。
「どうしましょうか?」
「どうしましょうかね?」
ミロートさんに聞かれたけれど、同じ言葉を返すことしかできない。
彼らが認めてくれない以上、入国は無理。
強引に門を走り抜けるわけにもいかないし。
さて、どうしたものか。
険しい表情の憲兵二人に耐えかねたのか、クーリアが詰め寄ってくる。
「ワガハイくんは、国境なき騎士団のメンバーなんだから、何とかならないの?」
「何とかって言われても……」
騎士団員の地位が役に立つことは少なくないけど、決して万能じゃない。
銅の騎士なら、なおさらだ。
「もうっ、ワガハイくんってば、使えない騎士団員っ!!」
「あのね、クーリア。国境なき騎士団の名前を出せば、何でもかんでも上手くいくわけじゃないんだよ。だから、そんなこと言われても困る――」
「ああ、国境なき騎士団員さんでしたか」
…………え?
クーリアと言い合っていたところに、あまりに予想外な男性憲兵の反応が。
「それならそうと早く教えてくださいよ。はいはい、大丈夫です。話はうかがってますから」
「念のため、見せてもらってもいいですか、あなたの徽章?」
「…………ええ、はい」
国境なき騎士団の名前がでたとたんに、流れが変わってしまった。
吾輩は言われるがまま、銅の騎士の徽章を、二人の憲兵に示す。
「はい、確かに」
一人は穏やかにうなずいたが、
「あれ、待てよ。来るのは『銀の騎士』の方じゃなかったか?」
もう一人は、なぜか首をかしげている。
「そうだったっけ?」
「そもそも、パジーロ側からの入国予定じゃなかったような……」
「おい、ちゃんと聞いておけよ」
「お前だって」
小さな争いを始めた二人。
それはそれとして、銀の騎士?
入国?
「あの、それはどういう――」
「あ、ああ、はいはい。あの、いろいろ予定が変わりましてぇ、何だかんだでこうなりましたぁ。だから、大丈夫でぇーす」
吾輩の質問をうやむやにして、クーリアが背中を押してくる。
「ああ、そうだったんですね」
「そういうことでしたら」
えっ、それでいいの?
門番なのに、それでいいんですか!?
吾輩の心のつっこみは、誰の耳にも届かない。
「お仕事、おつかれさまです。がんばってください」
「「はい、ありがとうございます」」
柵門が開かれた。
あの憲兵の二人、最後はクーリアに敬礼までする始末。
通してくれたことには感謝だけど、いろいろ心配になってしまう。
「(行くよ、ワガハイくん――ほら、キューイとミロートさんも)」
愛想笑いのクーリアに流される感じで、吾輩たちは無事に(?)ベンデノフ王国へ入った。
……うーん。
いいのかな、これで?
 




