002. 扉の奥には進まない
奇妙な大蛇に襲われそうになっていた吾輩たちパーティー。
そこに現れたのは、水色の髪を持つ男性剣士。
彼は一瞬のうちに、虹色うろこの獣を斬り捨てた。
吾輩が礼を伝えると、彼もまた、ベンデノフ王国を目指しているという。
というわけで現在、吾輩たちは彼と共に、まったく安心じゃなかった草原の道を進んでいた。
「僕もここまで、何度もエサにされかけまして」
彼は困り顔。
「虹色の蛇をくわえた野犬に飛びつかれたり。そうかと思えば、野犬を飲み込んだ大蛇ににらまれて……とにかく、落ち着かない道中だったんです」
蛇を狩る野犬に、野犬を喰らう大蛇か。
どうやらこの地域は、虹うろこの蛇と獰猛な野犬が争っているらしい。
互いに捕食者というわけだ。
「中には、蛇を食べている蛇や、野犬を漁っている野犬もいましたよ」
「うわぁ……」
彼の言葉で想像してしまったのか、クーリアが表情を曇らせた。
「もしかして、あなたが遭遇した獣たちは皆、狂獣化状態ではありませんでしたか?」
この男性が、吾輩たちと同種のモンスターに遭遇していたことは間違いない。
気になった点を、彼に尋ねてみた。
「ええ、おそらく――そうか、だから共食いみたいなことに」
吾輩の質問で、彼も納得したようだ。
相手が狂獣化状態だったなら、旅人を襲うことはもちろん、同族で喰らい合うことさえ不自然じゃないからね。
「……ああ、すみません。出会ったばかりの方々に、こんな血生臭い話を」
「いえ、聞いたのは吾輩ですから」
ゆっくりと歩みを進めていた吾輩たちだったけれど、そこで彼は、ぴたりと止まる。
「申し遅れました。僕は旅のエルフで、名前を『ミロート』と言います。どうぞ、よろしくお願いします」
軽く胸に手を当てた彼――男性エルフのミロートさんは、さわやかな笑顔であいさつをしてきた。
「これはごていねいに。吾輩は、旅人ゴーストのワガハイです」
「私はクーリア。ハーフエルフで、ワガハイくんの相棒をやってます。それでこの子は、ドラゴンのキューイ」
「キュイキュイ」
吾輩の自己紹介に、仲間のふたりが続いた。
「あらためて、先ほどはどうもありがとうございました」
クーリアが、ミロートさんに頭を下げる。
「普段の私なら、あんなモンスターくらい、ちゃちゃっと追い払えるんですけど……予想外の展開に、少し驚いちゃって」
「ずいぶんと気を抜いてたみたいだからね、クーリア」
「じょ、城下町のおじさんが悪いのっ。安心だなんて、私にうそを教えるから」
ちくりと刺してみた吾輩に、彼女は精一杯の自己弁護。
まぁ、二つの安定した国を結ぶ平原に、狂獣化状態の獣がいるだなんて、普通は想像できない。
安心だという情報を耳にしていたのなら、なおさらだ。
「それは仕方ないですよ」
ミロートさんがフォローする。
「僕は、異大陸から海を渡り、西の港町からここまで来たんですけど」
現状、ミロートさんは一人。
パーティーは組んでいないようだけど、なかなかの長旅らしい。
「僕の聞いた話でも、この辺りは安心安全ということでした。でまかせを言われたわけじゃないと思いますが、実際は大きく違っていたみたいですね」
だとすると、凶暴な野犬や、奇妙な虹うろこの蛇と遭遇するのは、かなりイレギュラーなことになるのだろうか?
「ベンデノフへの道中で剣を抜くだなんて、僕も思っていませんでした」
「あっ、剣と言えば、すごく強いですよね、ミロートさん」
クーリアが、宙に剣筋を描いてみせる。
「颯爽と現れて、一瞬のうちに大蛇を真っ二つ――ウチのワガハイくんも、こう見えて、そこそこできるゴーストなんですけど」
「はいはい、それはどうも」
上から目線のクーリアに、合わせる吾輩。
「ミロートさんも、ぜったいにすごい剣士ですよね。イケメンだし、超かっこいい」
「や、やめてくださいよ、そんな」
クーリアの率直な感想に、彼は戸惑っているようだ。
「謙遜しなくていいですって――ねぇ、ワガハイくん。ミロートさん、すごくイケメンだよね?」
彼女の言うように、ミロートさんの容姿は整っている。
肩より少し上で切りそろえられた水色の髪は、男性としては長め。
サイドからは、エルフらしく長い耳が飛び出している。
直線的な前髪には独特の個性を感じるが、それ以上に、誠実さや品の良さが漂っていた。
男らしいというよりは中性的。
しかし鋭い凛々しさがあり、柔和なだけの印象にはならない。
身長は吾輩とあまり変わらないが、引き締まった線の細い体は、武人としての高い実力をうかがわせた。
「そうですよ、ミロートさん。男性として、うらやましいかぎりです」
顔なしゴーストの吾輩としては、二重の意味で。
「わ、ワガハイさんまで……もう、勘弁してくださいよ」
ミロートさんは、困惑の度合いを深めていた。
「特に目がキレイなんだよね――ほら見て、ワガハイくん」
「クーリア、そんなにジロジロ見たら失礼にな――あ、本当だ」
いさめるつもりが、確かにその通り過ぎて、思わず同意してしまう。
その肌よりも、髪色よりも、はかなく透き通っていて。
言うなれば――。
「透明なんですね、ミロートさんの瞳は」
「えっ……」
「美しいですよ」
濁りのない、あるがままの輝き。
他意のない素直な感想だったんだけど、吾輩は、彼を驚かせてしまったみたいで。
「…………」
なぜかミロートさんは固まってしまい、数秒間見つめ合うようなことになってしまった。
「あの、ミロートさん?」
「……あ、いや、すみません」
「吾輩、何か気に障ることでも?」
「いえ、違うんです」
照れたような素振りで、ミロートさんが続ける。
「ただ、男性に正面から『美しい』と言われたのは、さすがに初めてだったので」
なるほど。
きっと女性には何度も言われているだろうけど、男性ゴーストの吾輩から聞かされれば、ちょっと違和感を覚えるのかもしれない。
「は、恥ずかしいものですね、なかなか」
とりあえず、気を悪くはしていない様子のミロートさん。
よかった。
「な、何、この気持ちっ!?」
そこに突然、クーリアの声。
「ワガハイくんがミロートさんと見つめ合って、瞳が透明で美しいとか……何か、今までに感じたことのないドキドキが!?」
妙に興奮している彼女が、自分の胸を押さえていた。
「い、いけない扉が開きそう!?」
「……クーリア?」
「わ、私、これ以上は進まないようにするっ」
吾輩の問いかけを無視して、彼女は一人、何かを決断していた。
「ギュイ!?」
近くを羽ばたいていたキューイを、いきなりぎゅっと抱きしめて、そのままグイグイ先を急いでしまう。
言っていることと、やっていることが、ちぐはぐだ。
「ちょっとクーリア、進まないんじゃなかったの?」
「と、扉の奥には進まないけど、ベンデノフには進むのっ!!」
よくわからないけど、それなら安心。
ここで立ち往生するわけにはいかないからね。
「僕らも行きましょう、おいていかれないように」
遠くなるクーリアの背中を、ミロートさんが示す。
「すみません、騒がしいパーティーで」
「いえ、楽しくて素敵なパーティーですよ」
微笑むミロートさんと共に、吾輩は再び歩き始める。
ベンデノフ王国。
いったい、どんなところなんだろう?
 




