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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第3章 第1節] ベンデノフ王国>南ベンデノフ城下町
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002. 扉の奥には進まない

 奇妙な大蛇に襲われそうになっていた吾輩たちパーティー。

 そこに現れたのは、水色の髪を持つ男性剣士。

 彼は一瞬のうちに、虹色うろこの獣を斬り捨てた。


 吾輩が礼を伝えると、彼もまた、ベンデノフ王国を目指しているという。


 というわけで現在、吾輩たちは彼と共に、まったく安心じゃなかった草原の道を進んでいた。


「僕もここまで、何度もエサにされかけまして」


 彼は困り顔。


「虹色の蛇をくわえた野犬に飛びつかれたり。そうかと思えば、野犬を飲み込んだ大蛇ににらまれて……とにかく、落ち着かない道中だったんです」


 蛇を狩る野犬に、野犬を喰らう大蛇か。

 どうやらこの地域は、虹うろこの蛇と獰猛どうもうな野犬が争っているらしい。

 互いに捕食者というわけだ。


「中には、蛇を食べている蛇や、野犬をあさっている野犬もいましたよ」

「うわぁ……」


 彼の言葉で想像してしまったのか、クーリアが表情を曇らせた。


「もしかして、あなたが遭遇した獣たちは皆、狂獣化バーサク状態ではありませんでしたか?」


 この男性が、吾輩たちと同種のモンスターに遭遇していたことは間違いない。

 気になった点を、彼に尋ねてみた。


「ええ、おそらく――そうか、だから共食いみたいなことに」


 吾輩の質問で、彼も納得したようだ。

 相手が狂獣化バーサク状態だったなら、旅人を襲うことはもちろん、同族で喰らい合うことさえ不自然じゃないからね。


「……ああ、すみません。出会ったばかりの方々に、こんな血生臭い話を」

「いえ、聞いたのは吾輩ですから」


 ゆっくりと歩みを進めていた吾輩たちだったけれど、そこで彼は、ぴたりと止まる。


「申し遅れました。僕は旅のエルフで、名前を『ミロート』と言います。どうぞ、よろしくお願いします」


 軽く胸に手を当てた彼――男性エルフのミロートさんは、さわやかな笑顔であいさつをしてきた。


「これはごていねいに。吾輩は、旅人ゴーストのワガハイです」

「私はクーリア。ハーフエルフで、ワガハイくんの相棒をやってます。それでこの子は、ドラゴンのキューイ」

「キュイキュイ」

 

 吾輩の自己紹介に、仲間のふたりが続いた。


「あらためて、先ほどはどうもありがとうございました」


 クーリアが、ミロートさんに頭を下げる。


「普段の私なら、あんなモンスターくらい、ちゃちゃっと追い払えるんですけど……予想外の展開に、少し驚いちゃって」

「ずいぶんと気を抜いてたみたいだからね、クーリア」

「じょ、城下町のおじさんが悪いのっ。安心だなんて、私にうそを教えるから」


 ちくりと刺してみた吾輩に、彼女は精一杯の自己弁護。


 まぁ、二つの安定した国を結ぶ平原に、狂獣化バーサク状態の獣がいるだなんて、普通は想像できない。

 安心だという情報を耳にしていたのなら、なおさらだ。


「それは仕方ないですよ」


 ミロートさんがフォローする。


「僕は、異大陸から海を渡り、西の港町からここまで来たんですけど」


 現状、ミロートさんは一人。

 パーティーは組んでいないようだけど、なかなかの長旅らしい。


「僕の聞いた話でも、この辺りは安心安全ということでした。でまかせを言われたわけじゃないと思いますが、実際は大きく違っていたみたいですね」


 だとすると、凶暴な野犬や、奇妙な虹うろこの蛇と遭遇するのは、かなりイレギュラーなことになるのだろうか?


「ベンデノフへの道中で剣を抜くだなんて、僕も思っていませんでした」

「あっ、剣と言えば、すごく強いですよね、ミロートさん」


 クーリアが、宙に剣筋を描いてみせる。


颯爽さっそうと現れて、一瞬のうちに大蛇を真っ二つ――ウチのワガハイくんも、こう見えて、そこそこできるゴーストなんですけど」

「はいはい、それはどうも」


 上から目線のクーリアに、合わせる吾輩。


「ミロートさんも、ぜったいにすごい剣士ですよね。イケメンだし、超かっこいい」

「や、やめてくださいよ、そんな」


 クーリアの率直な感想に、彼は戸惑っているようだ。


謙遜けんそんしなくていいですって――ねぇ、ワガハイくん。ミロートさん、すごくイケメンだよね?」


 彼女の言うように、ミロートさんの容姿は整っている。


 肩より少し上で切りそろえられた水色の髪は、男性としては長め。

 サイドからは、エルフらしく長い耳が飛び出している。

 直線的な前髪には独特の個性を感じるが、それ以上に、誠実さや品の良さが漂っていた。


 男らしいというよりは中性的。

 しかし鋭い凛々しさがあり、柔和なだけの印象にはならない。


 身長は吾輩とあまり変わらないが、引き締まった線の細い体は、武人としての高い実力をうかがわせた。


「そうですよ、ミロートさん。男性として、うらやましいかぎりです」


 顔なしゴーストの吾輩としては、二重の意味で。


「わ、ワガハイさんまで……もう、勘弁してくださいよ」


 ミロートさんは、困惑の度合いを深めていた。


「特に目がキレイなんだよね――ほら見て、ワガハイくん」

「クーリア、そんなにジロジロ見たら失礼にな――あ、本当だ」


 いさめるつもりが、確かにその通り過ぎて、思わず同意してしまう。

 その肌よりも、髪色よりも、はかなく透き通っていて。

 言うなれば――。


「透明なんですね、ミロートさんの瞳は」

「えっ……」

「美しいですよ」


 濁りのない、あるがままの輝き。


 他意のない素直な感想だったんだけど、吾輩は、彼を驚かせてしまったみたいで。


「…………」


 なぜかミロートさんは固まってしまい、数秒間見つめ合うようなことになってしまった。


「あの、ミロートさん?」

「……あ、いや、すみません」


「吾輩、何か気にさわることでも?」

「いえ、違うんです」


 照れたような素振りで、ミロートさんが続ける。


「ただ、男性に正面から『美しい』と言われたのは、さすがに初めてだったので」


 なるほど。

 きっと女性には何度も言われているだろうけど、男性ゴーストの吾輩から聞かされれば、ちょっと違和感を覚えるのかもしれない。


「は、恥ずかしいものですね、なかなか」


 とりあえず、気を悪くはしていない様子のミロートさん。

 よかった。


「な、何、この気持ちっ!?」


 そこに突然、クーリアの声。


「ワガハイくんがミロートさんと見つめ合って、瞳が透明で美しいとか……何か、今までに感じたことのないドキドキが!?」


 妙に興奮している彼女が、自分の胸を押さえていた。


「い、いけない扉が開きそう!?」

「……クーリア?」

「わ、私、これ以上は進まないようにするっ」


 吾輩の問いかけを無視して、彼女は一人、何かを決断していた。


「ギュイ!?」


 近くを羽ばたいていたキューイを、いきなりぎゅっと抱きしめて、そのままグイグイ先を急いでしまう。

 言っていることと、やっていることが、ちぐはぐだ。


「ちょっとクーリア、進まないんじゃなかったの?」

「と、扉の奥には進まないけど、ベンデノフには進むのっ!!」


 よくわからないけど、それなら安心。

 ここで立ち往生するわけにはいかないからね。


「僕らも行きましょう、おいていかれないように」


 遠くなるクーリアの背中を、ミロートさんが示す。


「すみません、騒がしいパーティーで」

「いえ、楽しくて素敵なパーティーですよ」


 微笑むミロートさんと共に、吾輩は再び歩き始める。


 ベンデノフ王国。

 いったい、どんなところなんだろう?

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