表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
216/278

078. さよなら、パジーロ王国

 王家の親子へ出立しゅったつのあいさつを終え、パジーロ城を後にした吾輩たち一行。


 涼やかな朝の空気が、町の通りを優しくなでていく。


 吾輩たちが向かうのは、城下町の北門。


 北部地域は、ウィヌモーラ大教の教会堂が建つ場所。

 先日の一件で大きな被害を受けてしまったが、徐々じょじょに復興しつつある。


 道すがら、ちらほらと町民の姿を確認できた。

 おそらくは、大地の女神の信仰者だろう。

 もう二度と、このような悲劇が起こらないよう、パジーロの平和を祈りに訪れているのかもしれない。


 周囲を軽く見渡しながら、クーリアが言う。


「この国ともお別れなんだね……ちょっとだけ、さみしいな」

「……そうだね」


 思えば、流れるような日々だった。


 ニサの町でユッカちゃんに声をかけられてから、今日まで――本当につれづれならない毎日で。


 太古の巨大人タイタンと戦うことになるなんて想像もしていなかったが、それでも、決して忘れることのできない出会いが、この地にはあった。


 だから、クーリアが切なくなる気持ちも、吾輩にはよくわかるよ。


「あーあ……これで、お城や宿屋にタダで泊まれていた快適生活も終わっちゃうんだね」

「…………」


 どうやら吾輩は、クーリアの気持ちを、ものすごく美化してとらえてしまったのかもしれない――と、一瞬考えてしまったけれど、


「言っとくけど、城下町を出たら、また節約だからね、ワガハイくん。ぜいたくは禁止っ」


 これは彼女の思いやりなんだと、すぐに気づいた。


 自分の素直な想いの吐露とろが、吾輩をしんみりさせてしまったんじゃないかと、そう思って。

 だからクーリアは、あえて『彼女らしい』言動を重ねてきたんだ。


「……まったく、君って女の子は」


 本当に優しいなと、あらためて。


「大事なことだからね(ふんすっ)」

「はいはい、わかってますよ。何せ吾輩は、クーリアにやしなってもらってるんだからね」

「うん、従順でよろしい♪」


 吾輩は完全に、彼女の手のひらの上。


 まぁ、それも悪くないか。


「キュイ、キュイ、キューイ」


 キューイも『それでいいよ』って、元気に答えているみたいだしね。


 そんなこんなで歩いていると、いつの間にか、目指していた北の門が見えてきた。

 あそこを抜ければ、もう王都の外だ。


「……いいの、ワガハイくん?」

「キュイ、キューイ?」


 北の門を確認できたからか、クーリアとキューイが尋ねてくる。

 これで、パジーロ王国とは、本当にお別れだよ――と。


「……うん」


 ふたりの言いたいことは、ちゃんと伝わっている。


 でも……わがままかもしれないけど、何となくね。


 きっと、自分勝手な吾輩のことを、腹立たしく思うんだろうな、彼なら――。


「さぁ、いこうか」


 心残りがあるような仲間たちに小さく声をかけて、吾輩が進んでいくと、


「あいさつもなしで行くつもりかよ」


 門の陰から、大柄の男性が。


「いくらなんでも、水くさいんじゃないのか、ワガハイ」

「…………」


 彼だった。


 オトジャの村のトロールにして、パジーロ王国の騎士――現れたのは、ターボフさんだった。


「……あらたまって別れを告げるのは、やっぱり苦手なんですよ」


 本心だった。


 だから吾輩は何も言わずに、この地を出ようと思っていた。


「特に、あなたのような立派な武人との別れは、さみしさと気恥ずかしさが相まって、どうにも」


 けれど彼の姿に、どこかうれしくなっている自分を感じてもいた。


「陛下たちに筋を通したのなら、俺らにも通せよな。たまたま早朝から、教会堂での作業が入っていたからよかったものの、そうじゃなかったら、さすがに待ちせできなかったぜ――なぁ、親父?」


 すると、ターボフさんに続いて、モルコゴさんまで。

 どうやら、吾輩たちの旅立ちを聞きつけて、わざわざ足を運んでくれたらしい。


「偶然ではありますが、これもきっと、大地の女神さまのお導きかもしれませんよ、ワガハイさん」

「あはは……だとしたら、このまま王都を去るわけにはいきませんね、さすがに」


 登場したモルコゴさんに、吾輩は、少し申し訳ない気持ちで返した。


「ほらほら、ワガハイくん。だから、ちゃんと二人にもあいさつしようって言ったじゃん」

「キューイ、キュイキュイ」

「…………」


 仲間たちに責められる吾輩。


 そんな情けないゴーストのもとへ、ターボフさんとモルコゴさんが近づいてくる。


「相変わらず、尻に敷かれてるな、ワガハイ。とはいえ、黙って行こうとしたお前が悪い」

「ワガハイさんの味方をしたいところですが、今回は、クーリアさんとキューイくんに、私も賛同します。男の美学もわかりますが、残される者の気持ちも、どうかわかってください」


 パーティーメンバーのみならず、オトジャの村の親子にまでさとされた吾輩は、どうにも肩身がせまかった。


「……あの、モルコゴさん」


 礼儀のなっていない吾輩だが、ここで顔を合わせた以上、聞かないわけにはいかない。


「先ほど、陛下からうかがっ――」

「大丈夫ですよ、ワガハイさん」


 モルコゴさんは、吾輩の言いたいことを理解していたみたいに、優しく答える。


「不安がないわけではありません。けれどパジーロ王国は、未来を選択したのです。私は、悩みながらも決断した国王を――いや、かけがえのない友を信じてみたいのですよ」

「……モルコゴさん」


「あなた方の力を借りて、私たちは、あの巨大人タイタンの封印に成功しました――偉大なる先祖たちが、かつてそうしたように。だから、もしかしたら今こそ、新たなるパジーロを建国する機会なのかもしれません。その想いを強くして、前に進んでいかなければならないのです」

「……ええ、そうですね」


 未来のことなど、誰にもわからない。


 しかしパジーロ王国は、その不確かさの中に、確かな希望を見つけようと、大きく踏み出そうとしている。


 吾輩も信じてみよう、モルコゴさんのように。


 勇敢な英雄と聡明そうめいな聖職者が起こした、伝統ある国家を。


 その子孫たちが生きる、笑顔あふれる王国を。


「ずるいぞ、ワガハイ。お前、自分が責められてたから、それらしく話題を変えやがったな。ごまかされてたまるか。俺らにあいさつもしないで旅立とうとした罪、なかったことにはならないぜ」


 どことなく重くなりかけた空気を変えようとしたのか、ターボフさんが口を開く。

 おそらく彼も、この件について知らされているのだろうが、あとのことは俺たちに任せろ――と言わんばかり。

 心配させないよう吾輩を気遣ってくれているのが、手に取るようにわかった。


「まぁ、お前の気持ちも理解できる。こっぱずかしいしな、こういうのは」


 からかうように笑って、ターボフさんが言う。


「けれど、それでも俺は、お前とはしっかり別れておきたいんだ」


 そこで彼は、ゆっくりと右手を差し出してきた。


「巫女が、お前に伝えていたように。また、お互いの再会を約束するために」

「……ターボフさん」


「また会おう、ワガハイ。俺たちは、もう友だちだからな――なんて、やっぱりちょっと恥ずかしいな、これは」

「いいえ、恥ずかしいことなんかありません」


 何も言わず王都を出ようとしていた吾輩だけど、今なら素直に伝えられる。


「吾輩たちは友だちですよ、ターボフさん」


 はにかむ彼の右手と、吾輩の右手がつながれた。

 大きさの違う二つの手が、確かに。


「うん」

「キュイ、キュイ」

「ええ」


 クーリア、キューイ、モルコゴさん――みんなが、吾輩たちを温かい目で見つめていた。


「元気でな、ワガハイ」

「ターボフさんも」


 短く言葉を交わして、吾輩たちは手を離す。


 これで、本当に旅立ちだ。


 吾輩はそのまま、ゆっくりと北の門へ。


「ターボフさん、モルコゴさん、さようなら。また、きっとどこかで」

「キュイ、キューイ。キュイキュイ、キューイ」


 それぞれに別れを告げて、クーリアとキューイも吾輩に続いた。


「おう、またな」

「三人の旅の無事を、オトジャの村より祈っています」


 ターボフさんとモルコゴさんに見送られながら、吾輩たちは歩き出す。


 目指すは、ルドマ大陸最大の国家――ベンデノフ王国。



『私は、ガレッツを「世界で」一番の国家にするのですよ? だからベンデノフなど、あくまで通過点に過ぎません』



 動き出した青髪の姫君。


 狡猾こうかつな元汚職役人を側近に迎えた彼女は、今回の一件で、巨大人の心臓タイタンズハートを手に入れることになるだろう。


 あの美しき女性が、その頭の中と、あの部屋の地図の上で、いったい何を描いているのか――それはまだ、彼女にしかわからないことだ。


 そして何より、あの男――。



それがしの名は「ソレガシ」――このくだらない世界をたのしむためにさまよい歩く、しがない旅のゴーストさ』



『アンタの「自由」は、某が、この人生の愉しみとして、命尽きるまで蹂躙じゅうりんしてやる――じゃあな兄弟、また会おう』 



 望んでなどいない。


 こちらから願い下げだ。


 けれど彼と、これで終わるとは思えない。


 必ず、あの男は吾輩の前に現れる。


 もしかしたら、これは始まりなのかもしれない――吾輩と彼が、魂の決着をつけるその日まで続く、熾烈しれつな闘いの。


 その因縁が、この地で結ばれてしまったのだとしたら、笑うに笑えない。


 それでも、吾輩は進む。


 仲間たちと共に、この旅を、心から楽しむために。


 さぁ、行こう。


 歩みの先で吾輩たちを待つ、新たな出会いと風景を、大いに期待して――。

 つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ