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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
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077. 父王は未来を選ぶ(後編)

「こういうことは、早い方がいい。あれからすぐ、モルコゴと話した上で、私が決断した。息子にも、昨晩のうちに伝えてある」


 ガレッツが提示した取引に応じる――あの日からの経緯と結末について、淡々と語るベテック陛下。


 なるほど。


 この国において、巨大人の心臓タイタンズハートの管理は最重要事項。

 今回の事件があろうとなかろうと、それは建国以来の伝統だ。


 あの禁忌物きんきぶつを他国に渡すなどと聞けば、取り乱すのが普通の反応だろう。

 王族ならば、特に。


 しかしハッシュ王子は、父親の宣言に対して、険しい表情ながら落ち着きを保っている。

 個人的な賛否はとにかく、前もって聞いていたということか。


「ワガハイどのには、事を焦っているような印象を与えてしまうかもしれない。何せ、ガレッツからの使者が来たのは、つい先日。まだそう日もっていない。思慮しりょにかける性急せいきゅうな判断だと思われても仕方のないことだ」


 自分の判断を、ある意味で客観的にとらえつつ、陛下は続ける。


「これでも私は、一国を治める王。ガレッツが、何らかの政治的な意図を持って巨大人の心臓タイタンズハートを求めてきたのだということも、当然わかっている……あれの使い道など、あまり喜ばしいものではないだろうがな」

「……それを理解した上で、巨大人の心臓タイタンズハートゆずり渡すのですか?」


 失礼ながら尋ねてしまった。

 しがない旅人の立場では、おこがましいとわかっていても。


「あの公国は、パジーロと友好的な、伝統ある真っ当な国家だ。しかも、即位した新君主は若い女性。過度に感情的なタイプだといううわさも、私の耳には届いていない。豊かで安定した国家である以上、おいそれとおかしな行動には出ないと、私は考えている」


 吾輩の知る限り、確かにあの青髪の姫君は、感情で何かを決めてしまう人間ではない。

 あらゆる物事を冷静に分析している。

 それは彼女自身、自分という存在についてさえ、例外ではなかった。


 けれど、だからこそ――。


葛藤かっとうも、もちろんあった。この決断に迷いがないと言えばうそになる……しかし、王である私に、立ち止まっている時間などないのだ」


 べテック陛下が、強く宣言する。

 それはまるで、おのれ鼓舞こぶするかのようだ。


「今なすべきは、何をおいても、この町の復興。日々をつつましく生きる国民たちが、平和に暮らしていける城下町を、一日も早く取り戻さなければならない――これは他の誰でもない、当代の王たる私に与えられた使命……しかし、そのためには莫大ばくだいな資金を要するのも、また事実なのだ」


 非常に現実的な話だ。


 ラフマンは先日、巨大人の心臓タイタンズハートの対価として、復興に必要な資金の全額を援助すると言っていた。

 陛下にしてみれば、魅力的な提案に違いない。


 やはり、そこは無視できないということか?


「今は、まだいい。この町の民はもちろん、パジーロ各地から国民が集まり、それぞれの立場で王都の再建に協力してくれている。だが、もしもこの状況が長引けば、間違いなく彼らは疲弊ひへいする。精神的にも、肉体的にも、必ず……そうなってしまうのなら、この城下町の復興に、いったい何の意味があるだろう?」


 そうか。


 べテック国王は、確かに経済的な不安を口にした。

 しかしそれは、王国の財政的基盤を憂慮ゆうりょしてのことではない。

 それに伴って、パジーロの国民から活力が失われてしまうことを、何よりも危惧きぐしているんだ。


 陛下が、この決断をした最大の理由は、常に国民のことを、最優先に考えているから――。


「パジーロは過去にとらわれていた。あの怪物の脅威におびえ、それが目覚めないことを祈りつつ、この国は歴史をつむいできたのだ。だが、選ぶべきは未来。この国の民の、笑顔あふれる未来なのだ。それを理解した瞬間、私は、自分の手で、その一歩を踏み出す決意を固めた。たとえそれが、偉大なる祖先たちとは別の道を進むことになろうとも、私は王として、今、まさに今、それをやらなければならないと」


 君主としての想いを口にした陛下を、ハッシュ王子はただ、無言のままで見つめている。

 自分の将来を、父親の姿に重ねているのかもしれない。


 賢王たる陛下のことだ。

 内外で起こるかもしれないさまざまな事情を十分に考え、この結論を導いたことだろう。

 素人の吾輩が想像するよりも、それは事細かに。


 けれど、それらをすべて飲み込んだ上で、民の先頭に立ち、力強く前を向く――それが君主だ。


 迷いもあるだろう。


 うれいもあるだろう。


 それでもベテック国王は、未来へ突き進む決断を下した。


 吾輩に、それを否定する権限はない。


「先日の使者の話によれば、近々、この地にイオレーヌ公が訪れるらしい。具体的な話は、その時にめることになるだろう」

「……わかりました」


 一言伝えて、吾輩は陛下の答えを受け入れた。


「…………」

「キュイ?」


 黙って聞いていたクーリアと、おそらくあまり理解できていないキューイ。

 ふたりは陛下の判断を、いったい、どう受け止めたのだろうか。


「ワガハイどの」


 やや重くなった雰囲気を変えるように、ベテック国王が言う。


「あなたは、この国を救ってくれた英雄だ。今後、あなたがパジーロ王国の力を必要とするとき、私は、いつ、いかなる場合でも、ワガハイどのの力になる――どうか、忘れないでいてほしい」

「僕もですよ、ワガハイさん」


 ベテック陛下とハッシュ王子。


 二人ははっきりと、身に余る光栄な言葉をかけてくれた。


「陛下、殿下――温かいそのお気持ちこそ、革袋いっぱいの金貨すらかすんでしまう、最高の報酬ですよ」


 だから、吾輩は伝える。


「心より感謝いたします」


 深く深く、仲間たちと頭を下げながら――。

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